繰り上げられた予定
オウカ国の飛燕小隊がクエルチア騎士学園に来た翌日。
アディンを始め、第十二班の面々はレヴァンダに連れられてウィスティリア工廠へとやってきていた。
この工廠はウィスタリア王国では最大規模の工廠であり、同時に王国最大の兵器技術の総合研究機関でもある。
アマティスタとの戦闘で大破したアルトエミスの一号機や、アストライアとの戦闘で四肢を欠損した五号機もここへと運ばれて、どのような構造をしているのかなどを徹底的に調べ上げている。
まあいろいろやってはいるが二ヶ月もの間進展はなく、担当職員の士気は落ち込んでいるようにも見える。
「全く。とんでもない機体を作り上げてくれたな」
「うわ。改めてみると、二つとも酷い有様ですねこれ」
大破した二機のアルトエミスを見上げながら、壊した張本人がそんな事を言うので、レヴァンダは大声で笑いだす。
「お前がそれを言うか」
レヴァンダはそう言いつつも、実に楽しそうであった。
流石に初対面の時とは異なり、ある程度は落ち着いているが国王自らの呼び出しを受けたという事で、アルの緊張はかなりのものだ。
一方でトリアとヴィールは落ち着いている。尤もアルよりは、であるが。
「あの。私達はどうしてここに呼ばれたんですか?」
「アル・イスナイン。君は私が君たちと初めて会った時に言った言葉を覚えているか?」
「えっ。たしか私達を中心とした特殊部隊を発足する、とか」
「アディンが蹴った時は肝が冷えたな……」
思い返すだけで恐ろしい光景だった。レヴァンダの性格上、多少の無礼があったとしても軽く流してくれるだろう、と言う事は今ならば解るがあの当時のアル達は死すら覚悟した。
「その通りだ。そして拠点を最低限稼働させる状態にするのには一年近くはかかるとも言ったのは覚えているか」
「はい。でも、ただ……」
そこまで時間がかかるものなのか、という疑問はあった。
ただの拠点ならば数ヶ月――長くても半年もあれば最低限の機能の確立は出来る筈だ。だがそれが一年ともなると異様に長いと思える。
「言わずとも解るさ。ただの拠点を建てるだけならばそこまで時間はかからんよ。特に、小隊規模の戦力を運用する拠点ならば一年は掛け過ぎだ。だが、今日でその疑問も解決する。そのために、君たちを連れて来た。その前に、お前達に頼みたい事が出来たのでその話だな。まあ、歩きながらになるが」
広い工廠の中を国王が学生を引き連れて歩く。少しばかり異様な光景である。流石に手の空いている職員達は何やらひそひそとこちらに聞こえないように会話しているが、その態度からしてあまり良い話ではなさそうだ。
そちらを一瞥し、レヴァンダは話を再開する。
「お前達四人には、直近で二つの任務が与えられる。これは決定事項だ」
「決定事項、ですか」
「一つは、飛燕小隊の任務に随伴して彼等の支援を行う事だ。使用する機体はアルトエミスの二号機から四号機。そしてアストライアだ。予備機についてはお前達の判断に任せる。機体について指定した理由は、解るな?」
四人は無言で頷く。
言うまでもない。データ収集である。
現在この工廠に存在している二機のアルトエミスとほぼ同一仕様の四号機の稼動データは、アルトエミスが正式に量産化される場合には有用なものとなる。
また改造された二号機と、三号機――ヘカティアは今までにないコンセプトと装備の機体であり、その新装備が実際に稼動した際にどうなるのか、というデータは、レヴァンダ個人の興味も多分にあるが、ウィスティリア工廠としては喉から手が出るほど欲しいものである。
そして改修されたアストライアについては、その稼動データ全てが貴重な研究資料となる。
「陛下は、また来ると御思いで?」
「来るだろうな。彼女たちの運んでいるものがものだけに、その価値は計り知れない」
「聞いたんですか?」
「ああ。だからこそ彼等の機体を使わせるような状況は好ましくない。輸送機を破壊され、彼等の装備も多くが失われたと聞く。実際この国にズワウルの規格にあう装備がない以上、戦闘は無理だろう」
確かに、ズワウルを回収した際に装備らしい装備は全くなく、キャストブレードすら装備していなかった。そんな状態で戦闘になったとしてまともに戦える訳がない。
「その為の護衛、という訳ですね。了解しました」
「期待しているよ。アル・イスナイン。ああ、それと伝えておくべき事があったな。サギール・カタンの件だ」
「……」
アディンの表情が変わった。先ほどまでのリラックスしたような雰囲気は全くなく、張りつめたような顔をしている。
ヴィールはそんなアディンの頭を鷲掴みにし、わしゃわしゃと撫でくり回す。
「気を抜けって。思い詰め過ぎだ」
「あ、ああ。そうだな」
アディンにとってサギールはまだ割り切れるような問題ではない。故に、こういう反応をしてしまうのは仕方のないことではある。
「……続けるぞ。問題のある生徒であったとは聞いていたが、私は彼が自分の意思で行動を起こしたとは思ってはいない。故に、調べさせた。徹底的にな。結果、相当数の人間を摘発することができた。まあ、出来ただけでそのあとで全部無駄になったのだがな」
「無駄になった……?」
「口を割る前に全員死んだよ。何をどうやったのか判らんが、取り調べの最中に当然発火。跡形もなく燃え尽きたよ」
「燃え尽きた……? 口封じにしては妙な死に方なような。自殺だとしてももっと楽な手段があるはず」
そうトリアが呟く。その言葉はアディン達四人の総意でもある。
何らかの機密を握った人間の口封じをするだけならば、もっと直接的な方法での殺害だってあったはずだ。
自殺だとすれば、自傷のほかに服毒という手段がある。わざわざ苦痛の続く焼身自殺を、しかも人体が跡形もなく焼失するほどの火力での自殺をする必要性はないだろう。
「全員が同じように焼身自殺。この際なぜそんな事をしたのかは重要ではない。むしろ重要なのは全員が同じ手段で自殺した、と言うことだ。つまりは、そういう手段を用意した存在がいると言う事だ」
「しかも組織的な活動をしている、と」
アディンの言葉を、レヴァンダは頷いて肯定する。
「組織の規模は不明。さらに言えば国内から関係者を一掃できたかどうかも判らん。徹底的に潰すつもりではあるがな。証拠はつかめていないが、恐らく飛燕小隊を襲ったのも奴等の組織の機体だろう」
「そこまでして欲しい、あるいは抹消したい物ってなんなんですか? 陛下は、知っているんですよね」
「ああ。私としては伝えておく事もやぶさかではない。が、お前達の口から余所に漏れてもかなわん。何せ国家機密だ。不用意に漏らしていいものではないよ」
「え、でもそれだと陛下が知っているのは……」
「まあ、少し脅したからな。少なくとも毒ガスや大量破壊兵器のような類ではないよ。それに、現在も彼等の任務は続いている。だが万が一のことを考え、彼等の輸送任務の護衛であると言う事はお前達だけの内にとどめておいてくれ」
その言葉で、アディンは、輸送機が破壊されたレンナ達がさほど気落ちしていない様子に納得が行った。そして彼等の運んでいるものが、どんなに大きくてもヘクスイェーガーの中に収容できる程度の大きさの物であると言う事も理解した。
そしてこの時点でアディンは、飛燕小隊が運んでいる物について二つの仮説を立てる。
一つは、整備をするに当たって触るなと言っていたブラックボックスに収納されている物品。
それならば触るな、とレンナが言っていた理由も理解できる。
そしてもう一つは、『物』ではなく『者』であるという可能性だ。
どちらの仮説であっても、彼等が輸送機を破壊されてなお気落ちしていない事の裏付けとしては十分だ。
(しかし……)
(一国の王に脅されるって)
(気が気じゃなかっただろうな、レンナさん)
この場に居ない、歳の近い他国の小隊長の当時の心情を思うと、同情もしたくなる。
「さて。次の話をしよう。まあ、こちらは予定の繰り上げなんだがな」
「繰り上げ、ですか」
「アルトエミスの強奪。実際に国外あるいは、敵対勢力の手に渡るのは阻止できた。が、今後学園の施設を使い続けるのは無理があるだろう。何せサギールという学園関係者を狙って来たのだ。どこで何をしているか、というのも筒抜けだと考えるのが妥当だ。だからこそ、予定を繰り上げて自衛できる工廠を用意させた」
レヴァンダが巨大な扉の前で足を止める。
その扉の前に立っている職員に指示を出すと、扉はゆっくりと動き出す。
「これが特殊部隊を結成するのに合わせて建造していた新造艦。増えすぎた人口問題を解決する為の計画――コスモス計画の要たるコスモス級戦艦一番艦。バトルコスモスだ」
コスモス計画。
それを端的に言い表すと、高い戦闘力を持つ戦艦と、複数の随伴艦を連結し巨大な移動拠点としての運用する計画である。
計画の要たるコスモス級戦艦の一番艦バトルコスモスは、それ単体でも高い戦闘能力を持つ。
主砲として搭載されている魔導砲――マナをマナバースト寸前の状態にまで圧縮したまま投射す戦艦用の大出力砲は、旋回式二連装のものを上面・下面問わず装備。
戦艦用に用意された大型のエーテルコバーターと大出力のエーテルリバウンダーの他、プレスマシンガンを発展させた対空砲を全体にくまなく配備し、計算上の威力では使い魔程度ならばそれだけで迎撃出来てしまう。
そこまではいい。
単体でも高い戦闘力をもつ戦艦によって戦闘力を持たない他の随伴艦を守るという役割があるのだろう。だが、その戦艦のサイズがおかしい。
「あの、国王陛下。この全長1キロメートルっていうのは冗談ですか?」
実物を見た途端、アディンまでもがその大きさに圧倒されてしまった。
「いや、冗談ではないぞ。元々この戦艦だけでも長期間の任務ができるようにコスモス級戦艦は高いヘクスイェーガー運用能力を持たせてある。小規模な工廠としても活動可能だ。あとは小規模だが魚の養殖場と野菜の生産プラントもあるな」
「だからといってこれだけ巨大だと目立ちすぎますよ」
「だが、お前達のやっている事をここでやろうと思えばこれくらいの大きさは必要になるだろう?」
「えっ、じゃあまさか……」
「そうだ。アル・イスナイン。私はこの戦艦を、お前達に預けると決めた。いや、決めていた。だが、待っている場合ではなくなった。近々、正式にアルトエミス開発に関わった者全員が招集される。これはお前達の身を守るという意味もあるな」
サギールが強奪した件が本当にアルトエミスを狙って行ったものなのかは不明であるが、今後もアルトエミスが狙われるという可能性は十分にある。
無論機体のほうではなくそれを造った人間を狙ってくる可能性すらある。
ならばその両方を一か所に集めてしまったほうが守り易い、と言うことだろう。それに戦艦であるため移動している限り場所の特定は困難、あるいは不可能だろう。
尤も、相手の索敵範囲に入らないという大前提のもとであるが。
「飛燕小隊の支援および目的地までの移動はバトルコスモスを使う。無論、お前達以外にはただの習熟飛行だと伝えてくれ。いずれ結成される特殊部隊の予行演習でもあるからな。ああ。データを取ることも忘れずに頼む」
そうレヴァンダは笑いながら言うが、正直な話荷が重い。
ヘクスイェーガーや輸送機ならまだしも、その何倍もの大きさの艦体を扱う技術など彼等は持っていない。
「そうだな。あとはこの艦はお前達の好きなように改造してもらって構わない。まあ、本来のコンセプトを阻害しない範囲でな」
「あ、それなら大丈夫そうですね」
アルがそう真っ先に答えた。
普通、こう言う事を真っ先に言い出すのはアディンだ。アルはいつも驚く側。そのアルがまさか、とアディン達は眼を見開きアルのほうを向いた。
「え、だって。改造していいなら徹底的に使いやすくしてくれる人、いるじゃないですか」
「……あー」
「あの人ね」
その時、全員の脳裏にはモノクルと眼帯をつけた機械工学科所属のハイテンションな先輩の姿が浮かんでいた。




