強化外骨格起動試験
アディン達がレヴァンダに呼び出され、新造艦を目の当たりにしていたのとほぼ同時刻。
クエルチア騎士学園の格納庫に、シプレースからの客人がやってきていた。
いや、正確には少し違う。
「久しぶりニャ」
「……ん」
「お待ちしてました。エルアさん、ムビリさん。妹さんは国王陛下に呼び出されてまして」
「いやーいーのいーのー。おねーさん達が来たのは、それのテストをするためだからニャー」
「でもそれなら実際に動かすエルアさんだけでも良いような」
確かにその通りだろう。ムビリは別に戦う人間ではないし、エルアのようにテストを頼まれていた訳でもない。
だがそれを訊ねると、ムビリは気まずそうな顔で視線をそらす。
「いや、その。わたしがいないとこの人、他人と喋ろうとしないんで……」
「……」
「あ、なるほど」
これ以上にない説得力である。
実際、何度か会っているが、エルアが会話しているところどころかちゃんと喋ったところすらほとんど見たことがない。
こんな人が一人でシプレースからここまで来れるだろうか。
馬車の手配までは他人に任せればいいが、そのあとの指示はどうなる。目的地の指示くらいはムビリが行えばいいだろう。だがその他の細かい指示はどうなる。
道中に御者から話しかけられた時、どう返す。
何より肌身離さず携帯しているカタナのせいでかなり警戒されるはずだ。
「とりあえず、マニュアルを用意したので目を通してください」
「ん」
アルツからマニュアルを受け取ると、すぐにエルアはそれを読み始める。
その横からムビリが覗き込む。
「レバーだけで操作するのニャ?」
「いや、それだと思ったように動けないんじゃないかと途中で気付きまして」
「身体に触れる位置にあるセンサーが動作を感知。動きを即座に電気信号に変換して機体を駆動させるという方式に変更したんですよ。まあレバーは物を握る為の圧力調整用ですかね」
「……大体わかった」
そう言うとエルアは用意された強化外骨格のほうへ向かい、それを装着していく。
まるで鎧を着込むように装着する方式に変更された強化外骨格は、初期のもの――トリアが操縦して派手に転倒したものとはもはや別物と言っていい。
何より軽量化にも成功しており、人間のシルエットを大きく崩すようなフォルムをしていない。
装甲の内側にある稼動フレームに使用された強獣の金属繊維が、稼動に必要なモーター数を大幅に減らした事が軽量化最大の理由である。
稼動フレーム装着し終え、外装を装備させていくが、今回はテストということで稼動部の様子が良く見えるように、と稼動部に関しては装甲を装備しない。
「どういう感じかニャ」
「……ん」
「ちょっと重いくらい、と言ってるニャ」
「何度見ても不思議な光景だなあ」
たった一言だけでも、彼女たち姉妹の間では会話が成立する。
エリマやアルツが身内との間にそれができるか、と言われるときっと無理だ。
「それじゃあ動いて貰えますか?」
「ん」
アルツに促され、エルアは身体を動かそうと試みる。
マニュアル通りならば、中に入った人間の動きに合わせて機体が動くはずである。
「お、おお」
「動いたぞ」
「すいません、エルアさん。軽い運動をしてみてください」
まずは軽い運動。その場での足踏みから、少し歩いてから両腕を回して肘を曲げる。
手首を動かす。手を開閉させる。屈伸。腰を捻る。
両腕での腕立てから、片手のみの腕立てへ。
実にスムーズに稼動する。ここまでは基本動作だ。
「走ったり跳んだり、ちょっと激しい動きをお願いできますか」
アルツの言葉に頷いて応えたエルアは、さらに激しく身体を動かしてみる。
その場で軽いジャンプ。からの思いっきり力を入れてのジャンプ。すると機体は凄まじい勢いで天井近くまで垂直に跳び上がってしまう。
さすがに周囲がぎょっとするが、エルアは落ち着いた様子で落下する機体を操作し、着地すると同時に前転して勢いを殺して着地する。
慣れた動きである。さらに着地すると同時に軽く跳んでその場でバク転。手をついてその力だけで跳ねあがり、着地すると即座に走り出して、強化外骨格装着前にテーブルに置いたカタナを手にとり、鞘に入れたままそれを振ってみせる。
「ん?」
しかししばらくして急に動かなくなる。
いや、動けなくなったのだ。
「あ、すいません。それ暴走事故が起きなようにあんまり充電してないんです」は
「なるほどニャ、ていうかそれ万が一さっき見たいく跳び上がった時にバッテリーが切れてたらヤバかったんじゃないかニャ?」
「いや、まさかあそこまで跳び上がるとは思わなかったんで。それに、多分その時にバッテリーを大量消費したんだと思いますよ。あれだけのパワーを出すには相応の電力が必要ですから」
「あ、つまり姉さんがやりすぎたってことニャ?」
「いえ。おかげでいいデータが取れましたよ。ついでにアレのテストもしましょうか」
「ああ、バッテリーのチャージだな」
最初からマナを用いる事なく運用するのが目的である強化外骨格の動力は、エアリアではほぼ使用される事のない電気である。
この強化外骨格を動かすためだけに、既に廃れてしまった技術である蓄電装置――所謂バッテリーを復活させたのだ。
ただしその電気の供給方法はどこかの設備で充電する、というものではなく電気を発生させる魔法を記述したスクロールを消費して電気エネルギーを補充する。
「エルアさんバッテリーのチャージをします。急に軽くなると思いますんで、転倒にだけは注意してください」
「ん」
外骨格の背中に装備されたバッテリーユニットに専用スクロールを投入する。
投入してすぐにスクロールが発動したのか、エルアが前のめりになって転倒しかかるも、数歩前に歩くうちに直立していた。
「自動充電機能は正常に動いているみたいだな」
「ああ。運動テストとしたらこんなものか。あとは、実際にテストした本人の意見がどうか、だな」
実際に強獣と戦っているエルアのお眼鏡にかなうものであるならば、性能面では十分と言えるだろう。
「で、姉さん。どうかニャ、それ」
「……んふー」
見るからに満足そうな顔をしていた。ムビリの翻訳を聞くまでもなく、満足してもらえたようだ。
「基礎性能はこのくらいで、これをベースに開発を続けるって方針で良さそうだな」
「ニャ? これで完成じゃないのニャ?」
「だってこれ、全部の装甲はつけてないんですよ。フレーム丸出しだし、実戦において求められる稼動時間ってのがあたしたちは理解してないんで」
「正直、造ったはいいけれど、スクロールを限界まで積んだ状態での稼動時間とかいろいろテストしてみないとわかんないんですよ」
「そんなものなのかニャ」
「勿論、計算上このくらいは稼動するだろうな、というのはありますが。たださっきのハイジャンプみたいな動きをするとどうなるか、という保証がないので」
「なるほどニャ。じゃあ今後もそういったテストを繰り返すのニャ?」
「ええ。できれば引き続き協力をお願いしたいのですが」
アルツの言葉に、エルアがサムズアップして応えた。
これでテスターは確保できた。今後はもっと戦闘用に最適化した改良を繰り返して行けるはずだ。
「あ、これ一応陸専用ですから、間違っても空に出ないでくださいね。飛行能力なんてないんですから」
「まあ、その辺は大丈夫だと思うニャ。流石に強獣と戦ってて陸から落ちるなんて事、まずないニャ」
第一、内陸どころか森の中である。まず落下するという心配はない。
「装備も一緒に作っちゃおうと思いますけど、どういうのがいいとかあります?」
「装備? そうニャー。姉さんにはカタナがあるから必要はないけど」
「今までよりも大型で破壊力のある武器だって持ち運べるようになるんです。やってみる価値はありますよ。プレスガンの小型化も試してますし、それを使ってみるというのもどうかと」
ヘクスイェーガー用の武器であるプレスガンの小型化。それが本当にできるならそれは対強獣戦においては大きなアドバンテージになる。
何せ遠距離攻撃をしてくる強獣も決して少なくはないが、大抵のものは真っ直ぐ突っ込んでくる。それを迎え撃つ武器としてプレスガンは最適と言える。
無論、火薬を使う銃がない訳ではないが、火薬を使うとどうしても音がする。その音を聞きつけて交戦状態にない他の強獣すら引き寄せる可能性があるため、強獣狩りの際に銃を使う人間はまずいない。弓矢などでは素早く動きまわる強獣相手では当て辛いだけでなく、曲射意外では強固な外殻に阻まれるので論外だ。
「確かにプレスガンがあると便利かもしれないけど、それってコレを使う人たちに扱えるものなのかニャ?」
「……あ」
そう、エリマ達は肝心なことを忘れていた。
この戦闘用の強化外骨格はあくまでも、マナを使えない人間でも使える、というコンセプトの元に開発が進められていたもの。
発射の際にマナを使用するプレスガンの装備はコンセプトと矛盾する。
「ええっと、どうしようか」
困ったように笑いながらアルツがエリマに訊ねる。
そんなアルツに対し、エリマも笑い返した。かなり引きつった笑顔だった。
「フフフ、フハハハハハハハっはうぇっふぉ、ちょ、むせた。超むせ、うぉっふぉ。……こほん。今こそ吾輩の出番であるな!!」
「仕切り直せてねえぞ、変態」
かなり締まりのない搭乗の仕方をしたシュデムだが、ポーズを決めてみせている。やりきった、という顔をしている。
「何か妙に静かだと思ったらシュデムが黙ってたからか。ズワウルのほうはいいのか?」
「とっくに終わったのである! クハハ。ハーッハッハ! それはそうと。貴様らは馬鹿であるか。なぜそこにきて発想の転換をしないのである」
「は? 発想の転換?」
「そもそも。この強化外骨格は最初はマナを使って動かしていたのである。無論テスト用で、実際に組み上がったものは全く違う動力を使って動いているではないか! ならば、同様にプレスガンも可能なはずである。具体的に言うと電気を使った発射方式に変更するのである!」
「お、おう。確かにそれならば出来る、かもしれないが」
「そうなると完全新規の開発になるぞ。使えるのはプレスガンのガワだけか」
「実は基礎設計は既に書き起こしてあるのである。これもイスナイン邸から送られてきた資料のおかげであるな」
「ニャ? ウチの書斎にあった本がかニャ?」
シュデムは高笑いに夢中でムビリに気付いていない。
「フハハ、ハハハハハハ!」
「うるせえ」
「どわっじ!? 流石に全力で振りかぶったレンチは危ねえのである!」
「で、その資料ってのはバッテリーの製造法が書いてあったとかいう奴か?」
「む、まあ。そうである。ただちょいとばかり厄介な問題が付きまとうのであるな」
「何だよ」
「本に載っていた通りに造ると一射するたびに馬鹿ほど電気を食うのである。増設バッテリーが必要不可欠であり、バッテリー無しでもくっそ重たいのであるな。はっはっは。まあ大した問題ではないのである」
否。大した問題である。
本体重量の増加はそのまま装備すれば、当然その分パワーが必要となり強化外骨格のバッテリー消費を激しくさせる。そしてバッテリー消費が激しいと言う事はそのまま活動時間の短縮へと繋がる。
バッテリーを追加すれば射撃に関しての問題は解決するかもしれないが、そのバッテリーの重量分さらに持ち運ぶために外骨格本体のバッテリー消費は激しくなり活動時間が更に経る。これが問題でないはずがない。
流石にエリマもアルツもキレた。
「欠陥兵器じゃねえかああっ!」
「じゅあっぐ?!」
エリマの拳がシュデムの顎を捉え穿つ。それはもう綺麗なアッパーカットであった。




