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魔王撲殺  作者: 小林晴幸
わらにんぎょうのぼうけん
20/20

解き放たれた藁人形

今年最後の投稿が、まさかのはじめ君。



 空に満ち満ちた月の光が、金色の恵みで地上を照らす。

 今夜は満月。

 夜には強くない人間達も、満月の夜ばかりは月の光に強く惹かれる。

 それでも今夜は夜も更けた。

 もう月を見ている者もいないだろう。

 誰もが寝静まる、そんなひっそりと息も潜めるような頃合いに。


 国王の部屋には、侵入者があった。


 人間たちの住む青首大陸にある、とある一国。

 勇者の名で栄誉を飾るセミトレヤ王家、現王ヘリオス・セミトレヤ。

 少し前まで当代の勇者として名を馳せた彼も、国家の暗部が謎の壊滅を遂げた影響を受けて今ではすっかり国王だ。王位継承権は低めな第三王子として生まれたにも関わらず、本人でさえ意図していなかった出世ぶりである。

 国王の居室は、当然ながら王城で最高の警備が敷かれている。

 だがそんなことは関係ないとばかり、侵入者はそこにいた。

 居室を囲む護衛達も、ほんの少し前まで勇者として魔物の討伐に精を出していた剣士である国王ですらも、まだ侵入者の存在に気付いていない。

 原因は、その特殊な気配のせいだろうか。

 侵入者の気配はあまりに希薄だった。

 ――まるで、無機物のように。

 生きているものの気配が、まるでしない。

 誰にも気付かれないまま、侵入者は国王に近づいていく。

 いつのまにか彼我の距離は、僅か10センチ。

 国王がちょっと頭を上げたらうっかりとある部位が接触してしまいそうな距離だ。

 とある部位がどことは言わない。――額かな。

 しかし流石にそこまで至近に寄られると、例え一般の非戦闘員ですら何かしらの気配には気付く。

 そう、目を閉じた眉間に徐々に近づいてくるシャーペンの圧を感じるかのように。

 国王も例にもれず、特殊な――無機質の如き気配を持つ侵入者の存在に不意に気付いた。

 ハッと目を開けた、その眼前に無機質な顔。

 目の前に黒い二つの点が見えた。


「おおふぉっおおおおおおおぉぉぉ!?」


 咄嗟に国王は転がった。

 机の上に転がした鉛筆かってくらい、転がった。

 ころりころげて侵入者がいる側とは反対側のベッドの端から転げ落ちる。

 王様仕様の無駄に広々とした文字通りキングサイズベッドの上を、転がり遠ざかって姿を消す国王。

 侵入者は感情の見えない顔でそれを見送る。

 転げ落ちた国王は焦った。

 すぐさま体制を整えようとするものの、驚きと焦りに距離を取ることを優先したせいで、剣—―枕元に置いてあった愛剣—―とまで距離が出来てしまった。

 自分よりよほど侵入者の方が剣には近い。

 こうなるともう、余程侵入者相手に上手く立ち回らないと剣の回収は難しい。

 咄嗟にベッドの下へ、手を伸ばす。

 何かこの状況で役立つアイテムがないだろうかと、無駄な足掻きだ。

 状況を好転させるものが見つかるまでと、時間を稼ぐためにも国王は誰何の声を上げた。


「き、貴様、何者っ!」


 改めて見つめた侵入者は、肌の露出が一切なかった。

 のっそり佇む体は、ぱっと見た限り細身で長身……その体に、分厚い布地で作られた前開きのローブを纏っている。手には手袋、目深にかぶったフードからは顔面を微かにしか確認できないが……その微かな見える部位からでも、侵入者がお面をつけていることがわかる。

 月明りに照らされた、白っぽい素焼きのお面だ。

 空気穴はおろか、視界を確保する為の穴すらない。

 ただ通常であれば目のある位置に、黒い点が描かれている。

 そして口が位置する場所に、下方に膨らんだアーチ形の黒い線が描かれていた。

 あまりにもシンプル過ぎて、異様さが際立つお面だった。

 見れば見る程、どこにも、肌の一片たりとも露出がない。

 見るからに怪しい人だ――昼間でさえ、道行けば通行人の10人に7人が治安維持部隊に通報するだろう。

 順当にいけば深夜の国王の部屋への侵入者だ――セオリー通りに行けば暗殺者という線が濃厚なはずだが、不審者は手ぶらでぼうっと立ったまま。

 ただ不気味に立ち尽くし、お面ごしの顔だけが国王の方へと向けられている。


「本当に何者!?」


 予想以上に不気味な不審者だった……。

 国王の顔は引きつり、何か武器になるものはないかとベッドの下を漁る手の動きは速度を増した。

 引きつれた国王の悲鳴を受けて、のっそり立ち尽くしていた不審者の手が動く。

 ぎくり、肩を跳ねさせて国王は身構えた。

 その手にはようやっとベッドの下から見つけ出した武器代わりの品を――誰が何の目的でそこに安置していたのかも謎な、怪しげな古代の女神像(実寸75センチ)を握っている。

 武器代わりに構えておいてなんだが、手に取った怪しげな女神像(ちなみに頭部は虎)が視界に入ってぎょっとしていることは言及しないでそっとしておいて差し上げよう。

 呪いのかかっていそうな女神像よりも、実害的な意味では今現在目の前にいる不審者の方が優先度は上だ。

 息をつめて動向を窺う、その警戒の視線の先で。

 不審者はローブの前合わせから懐に手を突っ込むと――おもむろに、80×60センチほどの、長方形の一片を簡単に紐で綴ったスケッチブック的な帳面を取り出した。

 サイズ的にも取り出した場所的にも、何故そこにそんなものがと国王は動揺が隠しきれない。

 てっきり武器を取り出すものと思ったのに、出てきたものはスケッチブック。

 怪訝な顔をする国王の前で、不審者はそれを一枚、ぺらりとめくった。


『おしずかに。あやしいものです』


 紙に大きく書かれた、その一文。

 夜の暗闇でも、満月の光に照らされてはっきりと目に写り込む。

 まるで子供のように歪な、だけど大きく書かれているので読みやすい文字。

 でかでかと書かれた文字を読みきり、国王は叫んだ。

「見ればわかるわ……! 一目瞭然なのに、わざわざ『あやしいものです』なんて自己申告いらんわ!」

 国王の叫びを受けて、不審者は更にぺらりと一枚紙をめくった。

『あやしいものではありません』

「そこで詐称する意味がわからん! さっき、思いっきり怪しい者だって申告したよな!?」

『ではあやしいけれどあやしくないものです』

「意味が分からん! 結局何者なんだよ、お前は!」

『一 一 ともうします』

「……? なに?」

『にのまえ はじめ ともうします』

「………………はじめ?」

『わたしの お頭 である お嬢様 につけてもらった名前です』

「いや、なにその相反しそうな二つの単語。お頭とお嬢様ってイメージが真逆だろ」

『みこん の わかい女の人 の 尊称 は お嬢様 だってききました』

「誰に聞いたんだよ、誰に……」

『まおう の さいしょう メルクリウス に』

「魔王の、宰相って………………ハッお前まさか、あの撲殺女の!!」

 ハッと、唐突に国王は思い至った。

 はじめ、という名前。そして魔王との繋がり。

 脳裏に浮かんだ、女の姿。

「お前、あの撲殺女の呪い人形か!!」

 より正確に言うのであれば、藁人形です。

「あの女の呪い人形が、何故ここに! なんだ、ついに殺しに来たのか!?」

 顔を青褪めさせ、色々とトラウマを抱えているらしくへたり込んだまま後ずさる国王。

 手に握っていた武器代わりの呪われていそうな女神像も、こうなると頼りない。

 相手はガチで呪われていそうなナニかだ。女神像ごときに対抗できるか。

 怯えを虚勢の下に隠し、せめてもの抵抗と必死に睨みつける国王に、藁人形はスケッチブックをぺらりとめくる。


『方向性のちがいで、お嬢様と いけん が たいりつ しました』

「……は?」

『しばらく、かくまってください』

「は、はぁぁああああああ!?」


 国王の叫びが、寝室の中に響く。

 それでも護衛はやってこない。

 これは護衛も制圧されているのでは……?

 疑念を抱きながらも、国王は思いがけない事態に頭を抱えた。


 

皆様、今年もご愛顧有難うございます。

そして来年もどうぞよろしく☆

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[一言] 何があった そしてなぜ転がり込む先がそこなのか
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