Ep17
授業が終わり、空が剛毅の教室へと向かう。
「剛毅君!」
剛毅は椅子に座り、退屈そうに手を頭の後ろをに置く。
「何だよ」
「昨日、影人君の家に行ったんですよね、何か言ってましたか?」
昨日、本来なら空も影人の家に行く筈だったが、急に塾から連絡がありそちらに行かなければならなくなった。
「あぁ……どうもこうもねーけど」
そう言いつつも、剛毅は昨日の出来事を話す。
「あいつは逃げたんだよ、サイテーな奴だ」
「な……でも……」
「何だよ?」
「僕も……僕も能力使えないからこそ分かる……影人君は自分を無力だと感じてる、でも……影人君はそれでも戦ってた」
「だから何だよ? 結局あいつは逃げたんだろうが」
「そうですけど、誰だって逃げたくなる時はある! 第一影人君にしてみればお兄さんも亡くしてるんですよ? 確かに影人君の言い方も良くないですけど、その時になんで剛毅君が影人君を見捨てるんですか! その……困ってる時に助け合うのが友達じゃないですか……それを教えてくれたのは剛毅君じゃないですか!」
「くッ……」
「僕、今度会ってきます、影人君に……」
そう言って、空は教室を後にする。
そろそろ日が暮れてくる。
カーテンの閉まった部屋からでは外の様子など分からないが、今頃赤い夕陽が地平線の彼方へ消えていくのだろう。
俺はいったい何をしているのだろうか。
考えることは放棄した。
光司のフリをするのももうやめだ。
ただ、食って寝てを繰り返すだけ。
そして金が無くなったら……それはその時に考えればいいか……。
時計の秒針が一秒一秒を刻む。
今日はその間隔がなぜか遅いと感じる。
退屈しているのだろうか。
自分自身を全て否定され、何もすることがなくなった。
いや、する気になれないで…………。
物音。
玄関の方。
続いて響くドアベルの音。
「小鳥遊くん、……いや影人くん、開けてください」
「…………開いてる」
空か。
「影人くん、学校来ないんですか?」
「……行かない」
「なんでですか?」
「……いや、なんとなく」
一呼吸。
空には珍しい大きな静寂。
限界まで大きく広がった静寂はやがて崩壊する。
「影人くん! ぼくは影人くんに言われたんです! 強さとは何か、弱さとは何か。ぼくはまだ納得できていません! でも、今の影人くんは弱いです。本当に弱いです。自分に向き合える強さはどこにいったんですか! 上を目指す強さって何だったんですか! 影人くんが一番気にしてたんじゃないんですか? だったらなんで立ち止まってるんですか!」
「………………」
俺はどこまでも聞く側だった。
それは教師と生徒のように、師と弟子のように。
「影人くんが目指していた強さってなんですか? それも全て偽りだったんですか? 影人くんが今まで紡いできた想いや友情を全て偽りだったって言うんですか? 全部人のせいにして!」
再び静寂。
しかし今度は破裂せずに流れ続ける。
静かな一呼吸。
「明日、ぼくがコロシアムをやります。だから来てください。そして見ててください」
静かな、しかし強さを感じる一言。
空はおじゃましました、と言って帰っていった。
再び一人。
食って寝る……ただそれだけの時間。
だが、時計の秒針は再び正常に動き出した……ように感じる。
数時間後、また太陽は昇る。
「あー……」
小鳥遊影人はリビングのソファーに寝転がる。
時刻は十二時を差し、家は閑散としている。
机にはカップラーメンのゴミとコンビニで買ったおにぎりのゴミが置かれたままだ。
「……やる事ねぇな……」
目を瞑る。
少しして眠りに入る。
――――。
小学校の頃、四年の頃だったか……。
組対抗のリレー。
俺は赤組のアンカーで、光司は白組のアンカーだった。
ほぼ同時に渡されたバトン。
同時に走り出す二人。
結果は赤組の負け。
皆がつないだバトンを俺は一位に繋げなかった。
兄貴を見る目。
俺を見る目。
いつもそうだった。
勝てない。
どんなに頑張っても勝てなかった。
他の誰に勝っても、兄貴にだけは勝てなかった。
いつからか負けるのが普通になっていた。
誰も表に出しては言わないが、俺は完全に負け組だった。
「お、影人じゃねーか!」
『劣等』高校に入って数週間、俺は道端で中学の頃の旧友にあった。
「ん……久しぶりだな」
「おう、そういやお前、清槍院に行ったんだっけ?」
「いや、それは兄貴だな」
「ふーん……確か古海もだったよな?」
旧友は尋ねる。
「ん? ああ、そうだよ」
と、答える。
が、内心はかなり厳しい心持ちだ。
俺も清槍院受けといても良かったんじゃねーか……?
「あ、そうだ、光司と古海が付き合ってるって聞いたけどマジなの?」
「え……?」
……あぁ、そうなのか……。
知らなかった。
まぁ、けど……確かにな、お似合いっちゃお似合いだな。
……何故だか分からないが心がすごい重くなる。
いつもそうだ。
別にルックスは変わらないのに、選ばれるのは兄貴。
それもいつもの事だから慣れてるが、幼馴染にとってもそうなんだな……そりゃあそうか……。
あぁ、なんで俺だけが……。
クソ……。
――――。
目を覚ます。
「っ……クソ……ッ」
何でだろうか……思い出すのは昔の事。
もう全てが嫌になってくる。
寝るのも落ち着かない。
寝たら、思い出す。
起きてても考える。
「俺を逃げさせてくれよ……」
時刻は三時を指す。
「あぁ……そうだ、空が言ってたな……」
ここに居ても、どうせやることもなく、精々自分の弱さを噛み締めることしかできなかった。
「……行ってみるか」
そうして、影人は腰を上げ学校へと向かった。
――――。
「…………」
控え室。
漂う沈黙。
ついに試合が迫る。
初めての試合だな……。
影人君についての事を思い出す……。
今日も雪乃さんは元気無かったな……。
結局影人君も学校に来てないし……。
「まあ、けど……今は僕にできることをやるしかない!」
そう言って、僕は控え室を出て、コロシアムのステージへ向かった。
――コロシアム、レディーファイト
戦いが始まる。
試合を眺める、剛毅と雪乃。
二人は無言だった。
交わす言葉が無いというより、交わす気力が無かった。
ステージは『ゴーストタウン』。
勿論、先日に対策済みだが……。
「よし……」
廃墟ステージと一緒で、最初は敵の姿が見えないのがこのステージの特徴だ。
ステージは朽ちた小さな家々が並んでいるだけで、他に目立った建物は無い。
「ふぅ……でも、まあよかった」
雲海ステージとかだったらいきなり戦いだし、もしそうだったら緊張が確実に出ていた。
だが、このステージは敵が最初にいない分、心にワンクッション余裕ができる。
「とりあえず、このステージでやれることは……」
空はアウェイク・コアが使えない為、武器の確保が必須であった。
「とりあえず、家に入るか……」
そうして、空は一番近くにあった、家に入る。
「ヒィィッ!」
家の中には、机と椅子とキッチンと……死体。
いや、ステージの置物であって、本物ではないとは分かっているのだが……それでも中々にリアリティがあり、恐ろしい。
「失礼しまー……す」
そう言って、キッチンの方へ入る空。
キッチンに行けば、ナイフだか何だか戦いに使える武器があるかなという予想だ。
「あ、あった……」
そして、ナイフを取り出す空。
だが……。
「グルルルルルアアアッ」
背後からの強襲。
その強襲は決して、今回の空の敵である良和ではなく、先程の死体と思われていた人間だ。
そう、このゴーストタウンステージの最大の特徴はゾンビの出現。
これは他のステージには中々見られない特徴で、敵との戦い以外でも、体力ゲージを削られる場面が沢山あるということだ。
勿論、事前に研究していて分かってはいたが、場数の少ない、空にはかなり焦るものだった。
「うぅっ……!」
ゾンビの攻撃をギリギリに避ける。
そして、ゾンビの脇腹にナイフを突き刺す。
所詮、朽ち者だからか、このコロシアムの本質が敵との戦いだからかは分からないがゾンビはあっけなく倒れた。
「ハァ……ハァ……」
だが、空に休むタイミングは存在しなかった。
ギリリリリリリリ。
ドアを切り刻む音。
空の前に、さらなる刺客が現れた。
今度は先程のゾンビとは違い、武器持ち。
それもチェーンソー。
ひっそりと近づくゾンビ。
忍び足、鉄の爪を持った精神異常者。
そう言った所か。
「くっ……」
歩幅を広げるゾンビ。
振りかざされる金切り音。
その攻撃が空に当たる。
「がああああっ……」
死への招待の一撃。
だが、勿論これは所詮コロシアムなので、体力ゲージが減るだけだが……。
それでも、戦い慣れしていない空の精神力を削るに充分なはず……だが、空の目には諦めも絶望も微塵も見えない。
「うおおおっ」
空はすでにチェーンソーによって壊されたドアを超え、外に出る。
勿論、それを追うゾンビ。
だが、空は突如止まり、ゾンビの足元へと入った。
……このゾンビ達の弱点は反応の鈍さ。
僕の運動神経でも、十二分に不意を付ける!
そして先程と同じく、脇腹にナイフを突き刺す。
ゾンビはまたしても崩れ落ちる。
「よし……」
この戦いは空にとってとても大きな物であった。
何せ、空にとっては良和と当たる前への大事なクッションとなった上……。
「チェーンソー、ちょっと重たいけど、悪く無い……! ……ん? 待てよ……?」
そうか……もしかしたら……このステージは……!
もしそうなら、気付いた僕が有利だ……!
強力な武器の獲得。
空の戦いの準備はしっかりと整った。
「くそっ!」
空の対戦相手、良和は空を探す為にしらみ潰しに家に入る。
だが、中にいるのはゾンビだけで、空は見つからない。
「おりゃあっ!」
良和のアウェイク・コアの能力、メリケンサックでゾンビを倒す。
ゾンビ単体のパワーは低いのだが……。
「ヤバイ……」
そう、しらみ潰しに入ったはいいが、少しずつ体力が削られていく。
つまり、このまま空を見つけられないとタイムアップになり、体力ゲージの差で判定負けする可能性があるのだ。
「この家にもいないか……外にいるのか?」
そう言って家を出ると、既に家の中以外にもゾンビが徘徊していた。
「ったく……タチ悪りぃな……」
そう言って良和は周りを見渡すが、空は見つからない。
上空には体力ゲージが表示されているが、空の方がわずかに残りゲージが余っていた。
「ッ……まぁ視力には自信あるしな……いないってことはやっぱどっかの家の中か」
そうして、また違う家に入る。
だが、その家にも空はいない。
ガチャリ……。
ドアを開ける音。
またしても侵入してくるゾンビ。
「フンッ!」
ゾンビを倒し、ドアから出て行こうとするが次々と家の中に入ってくる。
「なっ……何なんだよ! いくら何でも多すぎだろっ!」
だが……空は能力が使えないはず。
この数のゾンビ軍団に襲われたら一たまりもないはずだ……。
だったらサシで戦うまでもなく俺が勝てるはず!
大量のゾンビに苛立ちながらも勝ちを確信していく良和。
ついに、ゾンビの集団を押しのけ、家の外に出る。
「な……」
空の体力ゲージが減っていない……!
「な、なぜ……ッ!」
気付けば家のドアの周りには大量のゾンビ。
「クソやろっ……」
それらをなぎ倒していく良和。
「この雑魚が! 動きが遅いんだよっ!」
……だが、その集団の中に一人だけ過敏な動きをするゾンビが……。
「何ッ……!」
すぐさまそのゾンビは良和の近くに着く。
そのゾンビの手に握られているのはチェーンソー。
「んなっ……」
この動きでこの武器……。
動きが早すぎる訳ではねーが、いくら何でも……。
だが、その理由はすぐに判明が付いた。
「そ、空!?」
そう、そのチェーンソーを持ったゾンビは間違いなく空だった。
成る程……ゾンビの格好だったから気付かなかったのか……!
そう、空は最初に戦ったゾンビの服を剥ぎ取り、それを着ることによって、ゾンビに成りすましていたのだ。
そして、空が持つチェーンソーが振りかざされる。
「ぐぅっ……!」
わずかに掠り、良和の体力ゲージが削られる。
「……のヤロッ……!」
チェーンソーを振りかざし、ガードがなくなった空のボディにストレートを殴り込む。
だが、空は予想していたかの様にそれを避けた。
「クソがっ……!」
そして、空はその場を立ち去る。
一方、依然として他のゾンビ達は良和を襲いに来る。
「どういう事だっ……!」
そう、良和は襲われているのに空は襲われていない。
「やっぱ服の問題か……?」
良和は一旦ゾンビと距離を置き、ドアを開け家に戻る。
そして、先程倒したゾンビから服を剥ぎ取りそれを着る。
「よし……これで……!」
だが、ゾンビ達は家の中に侵入し良和を襲う。
「んな……なんで!?」
――――。
「ふぅ……」
先程、良和に強襲を仕掛けそのまま逃げる空。
「やっぱりそうだ……成功した!」
ゾンビから武器を奪い武器を調達。
そして、ゾンビから服を取り良和君にバレないで良和君の位置を把握。
さらに……アウェイク・コアを捨てることでゾンビの攻撃を回避。
そう、ゾンビは所詮コロシアムのシステム。
つまり空や良和を襲うシステムが必要。
そのシステムは大まかに分けて、二つの可能性があった。
一つは最初に自身達のデータをインプットさせている。
もう一つは自身達が持っている特徴で、襲う相手を判定している。
そして、もしそうだった場合、コロシアムに出場する人の特徴の共通点は一つしかなかった。
アウェイク・コア。
それを持っているかどうかで敵を判断する。
それに気付いた空はいち早く、それを確かめる為自身のアウェイク・コアを捨てた。
その予想は見事的中し、空はゾンビに襲われずにすんでいる。
アウェイク・コアを捨てる。
本来悪手でしかない選択だが、このステージでは別。
基本アウェイク・コアを捨てるなんて発想には至らない為、システムの穴と言える。
というよりアウェイク・コアがなければ戦えないのが通常であろう。
さらに言えば空は能力が使えない。
「そう、だから空君にとっては一番相性の良いステージなのかもね」
試合を観戦していた雪乃は剛毅に向かって、空の作戦を説明した。
「成る程……、あいつも熱くなったな」
「このままなら逃げ切れるんじゃねーか?」
剛毅が試合の残り時間を見る。
「あと、十分……逃げ切れれば空の勝ちだ」
剛毅は試合中の空を見てニヤける。
「えぇ……でもそんな上手く行くかしら……」
「あと少しかっ!」
目の前に群がるゾンビ共を前に良和は両手を高く構えた。
今、良和の視界には三体のゾンビ、そして良和の両拳にはメリケンサックが装着されていた。
ふらふらと近づいてくる化け物達を、威力の乗った突きで後ろに吹き飛ばす。
三体いるうちの一体にしか攻撃していないのにも関わらず、三体全員が吹き飛ばされたのは、良和の付けているメリケンサックの付加能力によるものだ。
アウェイク・コアによって生成されたこのメリケンサックは、十分の一の確率で、突きと共に強烈な風圧を発生させるのだ。
直接突きを受けたゾンビは機械的な消滅音とともに光エフェクトと化し、衣服だけがその場に残る。
だが、まだ二体残っているゾンビが立ち上がって良和の方へと進んできた。
「ちっ! もうすぐなんだ! 覚悟しとけよ空の奴!」
――その頃、フィールド内、一軒の壊れかけた廃屋の中。
空は腐敗臭の漂うその部屋の片隅で、身を潜めるように縮こまっていた。
視界上方に浮かぶ体力ゲージを確認する。
現在の空のゲージはまだ九割。
一方の良和はと言えば、既に六割近くになっていた。
このままタイムアップになればその時点で空の勝ちが決まる。
「でも……」
今度は二人の体力ゲージの間にある残り時間に目をやる。
――残り九分三十秒――
一見、残り十分未満の間、今と同じように隠れていればいいように思えるかもしれない。
だが、そもそも隠れていて見つからないのは対戦相手が空を探す余裕がないからであり、その探しに来られない理由は、大量のゾンビに囲まれて身動きが取れなくなっていたからであった。
しかし、このステージには、大事な一つの設定があった。
『残り時間が十分を切った時、ゾンビモンスターのポップが終了する』という設定が。
つまり。
既に残り十分を切った今現在、新たなゾンビモンスターは出現せず、湧出済みのゾンビモンスターを全て倒せば、このフィールドは何の障害物もない更地と化すのだ。
そして、ゾンビモンスターの戦闘力は限りなく低い。
だから空は薄々気づいていた。
「そろそろ、良和君が来る……」