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Ep15

――――。


「次は……雲海ステージか……雲海ステージは酸素薄いからな……」

「それだと体力減りそうですね……」

「ああ、だからもし雲海ステージならあんまり動かないのが鉄則かもな」

剛毅と空は図書室で、明後日の戦いに向けての対策を練る。


「あれ? 剛毅くん? 空くん?」

「ん?」

剛毅と空が顔を上げるとそこには、雪乃がいた。

雪乃が、剛毅達が座っている机に置いてある大量の本を見て言う。

「えーと……何してるの……?」

「え? あ、ああ、明後日よ、空がコロシアム出るんだよ」

そう言って剛毅は空の肩を叩く。

「いやー……自信まったく無いんですけど……」

空は目線を斜め下に向ける。

「へー! 明後日に試合があるんだ」

「おう、だから明後日の戦いを中心にコロシアムで戦いの対策をだな……」

そう言って剛毅は本の方へ目線を戻す。


「へぇー……」

雪乃は空と剛毅が座っている席の向かいに座る。

「えー……で、次は? 廃墟ステージ……か」

「廃墟ステージと言えば、杉崎さんが光司君と戦ったステージですよね」

「あー、うん! と言っても途中でステージ変えしちゃったけど……」

「なあ雪乃、俺このステージで戦ったことないんだけど、なんかコツとかある? このステージ」

「あー……なんだろ、ただ、廃墟ステージは最初相手の位置が分からないから、やっぱり全体の状況を把握できる様にする為にできるだけ高い所に行くっていうのはありだと思うけど……」

「なるほどね」

「ただ……空くんが誰と戦うのかは知らないけど、もし格上と戦うならやめた方がいいかも……建物の中だと逃げ場が無いしね……」


今度は雪乃も加わって、コロシアムの対策を練る。

そうこうしている内に、太陽が沈みかけ、下校の時間が少しずつ近づいてくる。

「よし、取り敢えず、ステージはざっと見通せたかな……あとはまあなんだ、コンディション整えるぐらいかね、できるのは」

「ありがとうございます! 剛毅君、杉崎さん」

「良いって事よ! 困った時はお互い様だしな……ってどうした雪乃?」

雪乃は急に下を向き、俯く。

「大丈夫ですか? 杉崎さん?」

空も声をかけるが、返事をしない。

「お、おーい? 雪乃ー?」


「……ねぇ、剛毅君」

雪乃がやっと声を発する。

「お、やっと反応したか、調子悪いのか?」

「いや……あのさ……」

そう言って、雪乃は一つのカードを見せる。

「それは……?」

「これは……こうじくんの上位者専用ルームの鍵よ」

「な、なんで、そんな物を!?」

「昨日よ……ほら、あの後にね、落ちてたのよ」

「あ、あの時の……」

「あのー、あの時って言うのは……」

空が二人に尋ねる。


「え? あ、ああ……」

そう言って、雪乃と剛毅は昨日の事の説明をする。

「成る程……光司君が……」

「ああ、しかも出てくる時水無月もいたよな?」

「うん……」

そう言うと、雪乃はまた俯く。

「ねぇ……」

「な、なんだよ?」

「実はさ……私、見たんだよね、昨日」



――――。


「あれ? 財布どこだろ?」

うーん……お昼ご飯の時に屋上に置いてきちゃったかな……。

階段を上がり、屋上へ向かう。

そして屋上に繋がるドアを空ける。

五月だが、だいぶ気温は上がり、ほのかに温かい風が吹いた。


「えーと……」

ご飯を食べていた場所へ向かう。

屋上の中でもさらに少し高くなっている場所。

そこは雪乃の特等席でもあった。

「あ、あった!」

ポツリと置いてある花柄のサイフを見つけて雪乃は喜ぶ。


ガチャリ。


ドアの開く音。

「あれ……誰だろ、もう放課後なのに」

下を見ると、黒髪の少年と金髪の美少女がいた。

「あ……こうじくんに……琴子ちゃん?」

雪乃にとって琴子は初めてコロシアムで戦った仲でもあり、数回も戦った。

声を掛けようとしたが、二人の表情は周りを近寄らせない深刻さがあった。


「……な……だよ……なにを…………んだ……」

「……ア……、ユズカの……頼ま……ん……て?」


距離もあまり近くなく、声も小さいのであまり聞こえない。

「ユズカ……って言ってた? そういえば今日休みだったな……」

その後も話を続ける二人、だがあまり良く聞こえない。


でも、あの深刻そうな表情……。

その後も断片的に単語が聞こえる。

双子、組織、最初の能力者、上位者専用ルーム……。

私には理解できない単語ばかり……こうじくんと琴子ちゃんは何を話してるの……?

この時間のこの場所を選んだって事は明らかに秘匿な内容な筈だ……。



――――。


「そうか……」

剛毅は紙とペンをしまいながら話す。

「うん……柚香ちゃん今日も学校来てなかったし……もしかしたらだけど……」

「もしかしたらだけど?」

剛毅と空が雪乃の顔を見る。

「こうじくんも琴子ちゃんも柚香ちゃんも私達が分からない戦いに巻き込まれてる」

「戦い?」

剛毅と空はお互いの顔を見る。


「分からないけど……ほら? 入学した時に言われたじゃん? 他の組織の事とか」

「成る程な、んーでも、それにしても分からない事が多すぎだろ」

「そうですよね、だって光司君は、今は上位者じゃないのにわざわざバイトをサボってまで部屋に入るなんてのもおかしいですし」

「……あの、上位者ルームに何かがあるはず……だから……」

雪乃が顔を上げる。

だが、それより先に剛毅が言葉を発した。

「そのカード使って見に行くってか?」

「え! で、でも、それってあんまり良くないんじゃ……」

空が驚いた顔で尋ねる。

「そりゃ良くないけど……まあ、確かめたさはある」

そう言うと、剛毅は本を持って、元の場所にしまいに行く。

「これが終わったら行こうぜ、上位者専用ルームって奴に」



――――。


「ぐ…………ッ」

意識が戻る。

霞む視界。

その先に見える見慣れた後姿。

「か、かげと……くん?」

自分から離れたところへ。

遠く、遥か遠く、徐々に小さくなっていくシルエット。

何があったのだろう。

そもそもなんでこんなところに? 

スペリオルに行ってたはずなのに。

く…………ッ、頭が軋む。

そうか……、また暴走状態に入っちゃったんですね。

それで何を影人くんに言っちゃったのでしょう。

走り去っていった男の子。

その姿を思い出して視界がぼやける。


「もう、何も見えません……」

地に膝をついて、俯く。

自分に何ができるのだろうか。

誰も傷つけたくなかった。

皆と仲良く、平穏な日々を過ごしたかった。

ただ二人、自分を信じてくれた人を失いたくなかった。

なのに、光司くんだけじゃなくて、影人くんも自分から去って行った。

遠く、遥か遠く。

今はもうその姿は地平線も向こう。

何も見えない。


「どう……、どうすればいいの?」

身体を覆っていた言葉遣いも剥がれていく。

最後の柱だった『影人くん』を失った今、何を装う必要があるのだろうか。

弱く、儚い自分の姿が浮き出てくる。


なんで、なんで自分だけ……。

なんで自分の周りの人は次々消えていくの? 

不幸になるの? 

どうして……。

 

ううん、違う。

ずっと前から自分に言い続けてきたこと『そうなってしまうなら一人になればいい』――口調まで変えて、人と距離を置いて実践してきたこと。

そして最後の二人……いや、もう……。

最後の一人を残して、途絶えたままの決意。

こんな辛い思いをするなら、その一人の男の子にさえ辛い思いをさせてしまうなら……ッ!


「こんな自分はとうの昔、ずっと後ろの方に置いてきたはずなんですけどね」

目を覆っていた水滴を拭う。

さっき影人くんが向かっていた方向。

彼の自宅だろう。

まだ霞む視界の中、柚香はその方向へ、しっかりと自分の足跡を残して歩き出した。



ギシギシと軋むフローリング。

誰かが歩いているのだろうか。

夕飯時に人の家を訪ねてくるなんて迷惑極まりないな…………ッ! 

いやいや、ちょっと待てい! 

普通に不法侵入だから! 

自分の脳が何を思考しているのかもわからない。

脳の発声を聞いている第三者的感覚。

俺は虚ろな目でリビングと玄関をつなぐ扉を見つめる。


「柚香……か」

見慣れた亜麻色の髪が部屋へと入ってくる。

「…………」

柚香は何も言わずに俺の座っているソファーの隣に腰を下ろす。

流れる沈黙。

聞こえないはずの声が聞こえる――こいつが兄貴を殺したんだ。

しかも俺まで巻き込もうとしてる。

毒舌で、でもどこか優しくて、たまに見せる女の子らしさが愛おしい……『嘘つき』――。


「俺をスペリオルとやらに連れていくのか?」

無心のまま言葉を発する。

もうどうでもいいや。

兄貴は最後まで柚香を信じぬいたのかもしれないけど……その結果が『死』だったんだろ? 

ふっ、兄貴ってのもおかしいのか? 

俺はクローンだもんな。

元から家族も何もなかったんだよな。


柚香に裏切られたという事象が俺の心を上書きしていく。

あぁ、全てが偽りだったんだよな。

全ての思い出も柚香が作った偽のアルバム。()()の部屋にあった写真も何もかも……。

思考が不可測になっていく。


柚香は沈黙を保っている。

今更、儚げな表情してんじゃねえよ。

同情誘ってんのか? 

はっ、くだらない。

『嘘つき』の何を信じろっていうんだよ。


「もういいよ。どこへだって連れてけよ」

「そう……ですか。私が光司くんを殺したんですよ? 責めないんですか?」

にやけたようにこちらを見てくる。

いつもの柚香だ。

『嘘つき』の。

俺はどこか引きつっていたその表情には気付かない。


「責める? はっ、光司がなんだってんだ。俺とアイツの関係なんて所詮、複製元と複製体でしか…………ッ!」

 

バチィイイイイン!

 

頬を弾く衝撃。

どこか懐かしい。

前にもこんなことあったっけ? 

あぁ、あの時か。

どうでもいい思考しか出来ない。

 

ビンタをし終わった姿勢でいる柚香が荒い息のまま語り掛けてくる。


「私のことはいくらでも責めてもらって構いません。だけど、でも、光司くんと自分自身のことをそんな風に言わないでください!」

柚香の本気で怒った表情。

見るのはいつぶりだろうか。

確か、昔、光司と喧嘩した時…………ッ! 

だからなんだよ……。

全部お前のせいだろ? 

柚香……。

 

柚香が一呼吸置く。


「私は光司くんを殺しました。()()()()()から。そしてこれから影人くんも利用します。だからついてきてください。私はあなた達に()()()()()()()()()()……」

「うるせえよ! ったく、今更だろうが……。俺を散々騙しといて」

『嘘つき』の最後の『嘘』には気付かぬまま、そして全ての責任をその小さな身体に押し付けて、俺はスペリオルへと連れていかれた。



薄暗い日差しが幾つかの小さな窓に反射して俺と柚香を照らす。


「ここがスペリオル…………か……」

目の前にあるのは地下へと通じる階段。

町外れの路地裏に蓋をして隠されていたそれを眼前にして、俺は呟いた。


柚香に裏切られた、その気持ちが強かったせいか。

俺の心は妙に落ち着いていて、これから起こるかもしれないことへの不安や焦りなどは特に感じていなかった。


その時。

突然に、俺の頭の中で雑音が渦を巻く。

そう、これは前にも感じたことのある感覚…………。


――ダメだよ。そこに入ったらもう元には戻れない。

……またお前か。

――人が警告してあげてるのに、その言いようはないんじゃないかな?

……自己紹介もまだな奴に言われたくねぇよ。

――そっか。もう自分がクローンだってことも知ったみたいだし、自己紹介してあげてもいいかなー。

……あぁ。さっさとしろよ。

――そっけないなぁ。僕はKIDS。発達(Key of )装置につ(Informatio)いての(n about )情報の(Developmen)(t System)の略なんだけど、まぁ、キッズって呼んでよ。

……キッズか……。それより、情報の鍵? 何のことだ?

――そうだねぇー。それは君ができた理由にも関係するんだけど……今はそんなことより、隣で君のことを見てる女の子の方を気にするべきじゃない?


「…………」

それっきり、キッズの声が消え、雑音も鳴り止む。

そして感じる突き刺すような視線。

「何してるんですか? はやくいきますよ」

「…………おう」

そう答えると、俺は先を行く柚香の後を追って、階段を一歩ずつ下りていった。


「お、連れてきたっスか」

目の前にいる赤いパーカーの男。

顔はパーカーで隠れてよく見えないが、恐らく若いはずだ。


「影人くーん、僕は月光(つきみつ)ていう名前っス、以後お見知りおきを」

そう言ってふざけた様にお辞儀をした後、俺に近づいて言う。


「いやー、良かった良かった、本当は光司君で研究する予定だったんスけどね、予想以上に強くなっちゃって、バックアップ取っといて良かったす、生憎能力も無いそうですし」

バックアップ、能力も無い。

散々馬鹿にされている……が、どうでもいい。

事実だし、今更どうとも言わない。


「まあ、明日から研究に手伝ってもらいます、部屋は用意してあるんで、そこに待機していてください」

そう言った後、月光の手下の男に連れられて、部屋へと向かった。


部屋には、ベッドのテレビと机と椅子が置いてあり、トイレと風呂がついている。

ホテルと殆ど変わらない、むしろ下手なホテルよりよっぽどしっかりしている。

研究なんて言うから、ホルマリン漬けみたいな物を想像していたが、さすがにそんな事は無かった。


「はぁ……」

やる事も無く、とりあえずテレビを付けるが何を見ても面白く無い。

ゆっくりと時間が過ぎて行く。


「寝る……か」

テレビを消し、ベッドに入る。



目を覚ます。


「夢か……」

懐かしい日々。

今思えば虚構の日々。

いや、今考えなくとも俺にとっては大した価値の無い日々なのかも……。

結局、俺は最初から最後まで光司のニセモノだった。

決してオリジナルには勝てない。

そう、俺は何者でもなかった。


コンコン。

ドアを叩く音。

誰だ?

この時間に?

ドアを開ける。

そこには柚香が立っていた。


「柚香……」

柚香は部屋に入りすぐさま俺を押し倒す。

「ゆ……柚香?」

「影人くん……」

柚香が俺を上目遣いで見てくる。

「もう……我慢できないんです」

「何を……?」


「殺しても……いいですか?」


殺す?

ああ、理事長が言ってたな。

暴走状態について。人間の持つもう一つの側面、破滅に向かう本能。


「柚香……」

「なんですか?」

「別に……いいよ、どうせ、研究に使われる身だし、さっきは逃げたけど、殺されるならお前でいい」


「いいん……ですか?」


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