#01-09 橙の洗礼
初撃を放ったのは遊朱だった。
攻撃が通るとは思っていなかったが、まっすぐ正面から突きを撃ちこんだ。
当然、それは控井が自在に操る2本の鎖によってなされた壁によって弾かれる。
オレンジ色の光を纏うその鎖は、こちらへと攻撃を放つたびに光を散らしていく。
それを必死に槍で受けながら、次の攻撃の機会を狙う。
「思ったよりやるな……どこか道場でも通ってたのか?」
「祖父のところで少々習いました」
向かい来る鎖を弾き飛ばし、姿勢を低く取り、鎖の包囲をくぐり抜ける。
「なるほど、“少々”っていうには本格的すぎる気もするが!」
背後から2本の鎖が遊朱の持つ槍を捕える。
前方からは刃の付いた鎖が高速で2本迫る。
咄嗟の判断で、一度槍を八面体へと戻し、もう一度構えなおす。
2本の刃を弾き、眉間へ突きを放つ。
「っ!?」
「私の鎖は8本ある。忘れるなよ」
柄の部分をしっかりと捕えられ、びくともしない槍。
切っ先が眼前にあるにもかかわらずにやりと笑う控井。
「ここまで攻め込まれたのは、白水の時以来か」
「殺す気でやったんですけどね」
「遊朱、大丈夫!?」
「うん、怪我はないけど……」
視線を向けると、オレンジの光が弾け飛び、控井の手の中に黒い八面体が戻る。
「一体どういう仕組みで……」
「高校で習わなかったか?」
「控井さん、高校の授業ではそこまで習わないですよ」
「そうだっけ?というか、若葉。アンタ高校でてたっけ?」
「さすがに出てますよ……」
「まあ、知らないことはないと思うけど、一応教官らしくご高説と行くか……――ワールドゲートが開いたことによって、気だとか魔力だとかよくわからん概念が入ってきたのはわかるな?そのよくわからんもののとこちらの世界にも存在する物理的なエネルギーに共通するエネルギー、それが何かわかるか?」
「えっと、第5元素です」
「つまり、この黒い物質は、世界に存在するありとあらゆるエネルギーを第5元素――不滅のエネルギーに変換する」
「――なるほど、つまり、終末因子――滅びのエネルギー体である影獣には効果的という事ですか」
「そういう事だ。なんだ、若葉。お前と違って優秀じゃないか」
「それどういう事ですか控井さん」
額に青筋を浮かべながら、若葉が無理に笑って見せる。
「それでは、次の予定に移りましょうか」
「あれ?模擬戦とやらはしなくていいんですか?」
「まあ、控井さん相手にあれだけできれば大丈夫でしょう。澪さん、評価をお願いできますか?」
『体力A、攻撃A、防御C、精神A、敏捷A、器用B、幸運B。武具の能力は未発現ですが、固有能力は発現を確認できました』
「私でも固有能力の発現に1週間かかったのに……」
「いや、咲良。それもだいぶおかしいからね」
「それで、固有能力は?新しいモノでしたか?」
『それがですね、識別コード20401A08のタグがついていまして、この能力にきわめて近い、もしくは同一と判断されています。よって、能力は“風来”と判断します』
「彼女の槍捌きに似たようなものを感じたのはその為か。もっともこちらはまだ未熟だが」
「その“風来”という能力、何かあるんでしょうか?」
「先先代のA班班長―― “赤槍鬼”。その人が持っていた能力と同じなんだ。私の1世代前にあたる、憧れの先輩だったわけだが」
『その人の影を追ってるから未だに結婚できないとも言われてますね』
「春日井、オペレーター室から出てきたら覚えてなよ」
「よーし、じゃあそろそろいい時間だし行こう!あ、先に着替える?」
「いえ、あれぐらいでは汗はかきませんから」
「――どういう体の構造してるの?」
「というか、若葉さん。控井教官からの怒気がヤバいんで逃げましょう」
「そうね。ダッシュで、ダッシュで逃げよう!」
咲良は若葉に、遊朱は愛菜に背を押され訓練室を出た。
これから控井によって評価を受ける新人防衛班の諸君はひどい目に合う気がするが、飛び火するのは嫌なので速やかに逃げることにする。
そうして連れてこられたのは、3階の奥の部屋。
3階は主に特化戦闘班の班室が並び、エレベーターホールから左手に手前からA・B・空室、右手にC・D・倉庫がある。
また、一番奥には特化戦闘班専用の会議室が置かれており、今回通されたのはここだ。
ドアを開けると、既に4人の男女が席についていた。
「あら?まだ20分ぐらいあるわよ?早かったのね」
「ねえ、若葉。少し前から下の階から暴力的な音が聞こえてるんだけど何かあったの?」
「ええっと、控井教官が今ビーストモードというか、澪が地雷を踏み抜いたというか」
「またか……それで、そっちの子が新人?」
「ええ、遊朱」
「はい、黒木遊朱です。皆さんよろしくお願いします」
「D班副班長前川 小恋です。よろしくね、遊朱ちゃん」
「また、C班は可愛いメンバーが増えたのねぇ。私はD班班長都賀 未知雄よ。よろしくね」
「はい、前川さん、都賀班長、よろしくお願いします」
「すごいわね、遊朱。都賀班長に動じないなんて」
「動じ、ますか?」
「私と初対面で動じなかったのは咲良ちゃんと遊朱ちゃんだけよ」
「すごいんだね、咲良」
「褒められるところかな……?」
「さーあ、ボクの出番ですよ!」
横で待機していた見た目美少女が立ち上がる。
「ボクは早乙女 真琴!よろしくです!ちなみに咲良さんと同期ですが、同い年なので“真琴ちゃん”と呼んでください!」
「えっと、男の子だよね?」
「うん、男の娘だよ」
「え?えっと、よろしくね真琴ちゃん」
「細かいことは気にしなくていいんですよ!じゃあ、次、あぐりん!」
「あぐりんはやめてください。安具利 笹羅です。D班オペレーターをやっています。よろしくお願いします、黒木さん」
「えっと、あとは亜子ちゃんと男共だけか」
「可澄先輩はまだ事務作業に追われている気がしますし、澪さんはおそらく死んだと思います」
「いや、勝手に殺してあげないで」
「というか今井さんに仕事押し付けたのは巽さんだった気が」
「気のせいですよー」
「おー、速いなお前ら」
「遅くなったのはお前が書類の山を片付けてなかったからだけどな」
「こまけぇことは気にするなよ、正次」
「手伝わされてなかったら気にしてないんだけどな、泉堂」
ドアが開かれぞろぞろと入ってきた男性メンバー。
一番前にいる2人が何やら漫才をしながらこちらにやってくる。
「どうしよっか、じゃあ、悪いんだけど、泉堂たち自己紹介していって」
「おーけー、オレは泉堂 新太。A班班長。趣味は「はい、次。遊川班長」――おい!」
「B班、遊川 正次だ。よろしく」
「おいおい、正次。かわいい子相手だからって上がるなよ」
「何を言う、ぶっ殺すぞ」
「ストレートに怖え――えーっと、こいつが副班長、財津。で正次の後ろにいるのがBの副班長、青田。で、これが亜子ちゃん」
「丘本 亜子です!よろしくね?」
「――で、有象無象」
「「「隊長だけどぶっ殺す」」」
「おいおい、お前らジョークだろ?判れよ」
「もういいやこの人。B班、笹木です」
「A班、木村っす」「同じく、西川」
「まあ、こんな感じだろう。それで、そちらのお嬢さんは」
「お嬢さんはやめてください。黒木遊朱です。よろしくお願いします」
「よーし、じゃあ男衆はもう解散してもいいよ」
「おい、待て鞍田。もっと新人と触れ合う機会をだな」
「ははは、泉堂。今スーパー気が立ってる控井教官のとこに放り込むぞ」
「誰だよ日本2位の実力者キレさせたやつ」
「澪よ」
「かーすーがーいー……またかよー。というか、お前ら29期の奴らは先輩に対する敬意とかないのかよ。せめて呼び捨てはやめろよ」
「気にしなくていいわ、泉堂」
「あら?“先輩”ってつけてほしいの?泉堂」
「お前は先輩であるオレに対して敬意を払ったことがあったか?泉堂」
「ぬわあああ」
「ねえ、咲良。29期って何?」
「ここに配属になった年度で別れてるんだって」
「ボクと咲良ちゃんは臨時募集で1月に入りましたけど、皆さん普通は遊朱さんみたいに4月に受けて入って来るんですよ。で、29期っていうのは、鞍田班長とA班オペレーターの春日井さん、うちの副班長とB班の笹木先輩のことです」
「そうなんだ」
「私と真琴は34期生。で、遊朱は35期生になるみたい」
「じゃあ、2人の事先輩って呼ぼうか?」
「魅力的な案だけど、それはいいわ」
「ですね。差と言っても3か月ですし。噂では夏にもう一回臨時募集かけるらしいですよ」
「遊朱だけじゃ戦力がまだ足りないか……」
「んー、息はあいそうね。都賀班長、真琴ちゃんを少しだけ貸してくれない?狩りに出かけようと思って」
「いいわよ。というかうちもついていくわ。遊川班長がいれば何とかなるはずよ」
「おい、カマ。オレを除外した理由を言え」
「粗暴で短慮で無知で無能で阿呆だからかしら」
「ちょっとは遠慮しろよ!泣くぞ!」
「いや、言えって言ったのアンタでしょうに……」
「えーっと、じゃあC班はこの後ご飯行く?」
「ボクも行きたいです!」
「真琴ちゃん、こないだの怪我の保険の申請書いてないから駄目よ」
「そういえば、大怪我でしたよね?なんで生きてるんですか?」
「咲良ちゃん、辛辣だなぁ。まあ、気合で何とかしたんだよ」
「気合って」
「愛の力かもしれないけど」
「うるせーぞ!早乙女!こっちみんな!」
「え、泉堂、真琴ちゃんに手だしてないわよね?」
「あら?そうなの?泉堂」
「出してねーよ!お前らもこっちみんな!」




