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風の集落。風を自在に操ることの出来る竜人の集落。それは、切り立った崖の上を住居として生活する者たち。
彼らにとって、風は生活に欠かせないものだった。風を使って食料を集め、獣を狩り、洗濯をする。また、幼いころから風を使って遊んだ。
ユーは遊んでいる子供たちを横目で見ながら、目的の家にたどり着いた。郵便受けに手紙を入れようとしたとき、家のドアが開く。
「おや、ユー。いつもお疲れ様」
「こんにちは、ブライスさん。これがボクの仕事ですから」
軽く頭を下げ、ブライスに直接手紙を渡すと、今度は別の家に向かった。
風の集落で、バッグの中身は、四分の一が減った。次に手にした手紙は、炎の竜人宛て。
「あ、今度は炎の集落に行くの?」
いつの間に後ろにいたのだろう、ヴェントがヒョイと手元を覗いてきた。自然な動作で手を引き、宙に浮く。
「ちょ、ちょっと……」
「近道を知ってるからさ、案内するよ!」
また、人懐っこい笑みを浮かべた。ユーはその目からふと視線をそらすが、そのまま手を引かれて飛ぶ。
「……ヴェント、なんで集落同士の近道を知ってるの……?」
「集落にばっかりいるのもイヤだから、いろんなところを飛び回ってたら見つけたんだ」
炎の集落へも、普段より早い時間にたどり着いていた。ユーは額に浮かぶ汗をぬぐいながら、集落に入る。
炎の集落。炎を自在に操り、生み出すことの出来る竜人が住む集落。それは、火口近くに住居を構える者たち。この国にいくつかある火山が一度も噴火をしたことがないのは、彼らが炎を使う力を使って抑えているのではないか、と言う話がある。
ここでの配達をほとんど終え、ユーが最後の家に手紙を入れようとしたとき、背後で騒ぎが起きた。何事かと振り返ってみると、少し先で女の人が倒れ、手を伸ばしながら叫んでいる。その視線の先には二人の男が、彼らには似つかわしくない桃色の小柄なバッグを抱えて翼を動かしていた。
「あいつら!」
ヴェントは咄嗟に、男たちを追おうとしたが、たった今まで傍にいたユーがいないことに気づいて周囲を見渡した。彼はすでに、二人の男の背後へ回っており、手紙の入ったバッグを振りかざしている。
「それ、返してもらうよ」
男たちが振り返る間もなく、ユーはバッグを振り下ろし、一人を地面に叩き付けた。もう一人がそれに驚いている間に女性のバッグを奪い取ると、蹴りを入れている。あっという間に行われたそれに、ヴェントは思わず目を丸くした。
倒れていた女性がユー達に追いつき、息切れをしながらもユーの手からバッグを受け取った。地面に倒れる二人の男を睨みつけ、ユーを見る。
「ありがとう、ユー。助かったわ」
「ううん。困っているのは放っておけないから」
そう言って軽く頭を下げると、配達をしようとしていた家のドアを叩いた。
出てきたのは、決して若くはない、しかし鋭い目つきをした男性だった。彼はユーの姿を確認すると、その目つきを柔らかいものにする。
「おや、ユー。いつもお疲れ」
「はい、フランメルさん。お手紙です、あと……」
と、ユーは、地面に叩き付けられて気絶している男二人に視線を送った。フランメルはそれを見て呆れたような、苛立ったような表情を浮かべ、深いため息をついてユーの頭に手を置く。
「すまないな……ありがとう」
「いえ……その、じゃあボクはこれで」
ペコリと頭を下げ、炎の集落を後にした。これで、バッグの中身は残り半分。
次に手にしたのは、水の竜人への手紙だった。チラと視線を向けると、ヴェントがやはり手を伸ばしており、何を言っても無駄だろうとユーはその手を握る。