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――だが、いつまで経っても来ない衝撃に、顔を上げた。少し言うことを聞くようになった体を動かし、立ち上がる。
「……ユー、ダメだよ。それ以上は、ダメ」
いつ、気が付いたのだろう。ヴェントがユーの背から優しく、彼のことを抱きしめていた。ユーはマトゥエを振り上げた格好のまま動きを止め、それでも凍るような目でヴェントのことを見つめている。
「邪魔をするな……」
ヴェントの手を荒々しく払ったが、ヴェントは離れようとせず、今度はユーの正面に回って彼のことを包み込んだ。頭を撫で、火傷をしている腕に触れる。
「ユー、落ち着いて。よく見てよ、ボクは何ともない。……だから、ね?」
ユーは肩で息をしながらも、ヴェントの腕に、自身の震える手を回した。冷え切っているその手にヴェントは自分の手を重ねる。
「……ヴェント……!」
「大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど……ほら、もう血も止まってる」
ヴェントが笑うと、ユーはホロホロと涙を流し、きつく抱きついた。今まで展開されていた眼は消え、振り上げていたマトゥエも姿を消す。ヴェントはユーを連れて地上に降り立ち、ジューメを視界の端に入れながらもユーの背を一定のリズムで優しくたたいた。
「ヴェントっ……ヒック、ボク……怖かっ……!」
「よしよし。ごめんね、ユーが心配で戻って来たのに、反対にユーに心配をかけちゃった」
「あああああああ! 面倒くせぇ!」
心の底からの叫びだろうか、ジューメは大剣を適当に投げ捨てるとそこに大の字に転んだ。突然のその行動にヴェントは背を震わせ、ユーをかばうように背後に隠す。ユーもまた、鼻を鳴らしながらもジューメのことをジッと見ていた。
「やってられるかこんな依頼! 止めた止めた!」
吐き捨てるように言い、忌々しそうに息を吐き出すと彼は立ち上がった。近寄ってくるのがわかり、ヴェントは警戒する。
「悪かったな、お前ら……」
ジューメは苦い顔をしながら、ヴェントの帽子をヒョイと取り上げた。そのまま頭を掴むと髪を掻き分け、予告もないそれにヴェントは声ひとつ上げることが出来ない。
「……傷も深くはなさそうだな、もう塞がっているか。おい、頭痛や吐き気はあるか」
「え、いや……」
「そうか」
と、今度はユーの正面に膝をつき、上着のポケットから二枚貝を取りだした。その中にはくすんだ緑色の軟膏が入っており、ジューメはユーの火傷をしている方の腕をつかむと、その薬を薄く塗り始める。ヌルッとした感触にユーは眉を寄せたが、ジクジクとした痛みが和らぐのを感じ、顔を上げた。
「えっと……?」
「依頼は破棄する。……そもそも、相手が子供だと聞いてた時点で、気乗りしてねぇんだ。……見た限り、お前らが悪い奴だとはどうしても思えないしな」
キッパリと言い、ジューメはユーの顔を覗き込むようにして見た。ユーはオロオロとしながらもヴェントに抱きつき、どこか怯えるようにして彼のことを見上げる。
「……別人過ぎじゃねぇか」
「あ……その、ボクは眼を開いたら性格が荒くなっちゃうみたいで……。両親からも言われていたし、本当はあんまり使いたくないんだ……」
手をモジモジとさせながら言うユーに、ジューメはどこか愉快そうに笑うと頭を撫でまわした。それから、先ほど放り投げた大剣を背の鞘にしまい、座り込んでいる二人の腕をつかむと立たせる。
「ほら、グズグズするな。追われているときには、同じ場所に留まるのが一番危険なんだぜ」
首をかしげる二人に、ジューメは再度、笑った。二人の頭を軽く拳で小突き、翼を広げる。
「お前らだけじゃあ不安きわまりねぇからな、オレが仲間になってやるよ。ほら、行くぞ!」
と、空に向かうジューメにつられるよう、二人も慌てて翼を開いて地面を蹴るのだった。