4-2
男はゆらりと立ち上がり、振り返ると再びため息をつく。
「恨みはねぇが、一応仕事の依頼として受けているんでな」
左手に炎を纏わせながら右手で大剣を抜き、ユーに切っ先を向けた。それに対し、ユーは青ざめたまま右手を開く。
ユーの背後に、手の甲にあるのと同じ「眼」が浮かび上がった。彼はその中から三枚刃の武器を取りだして両手に持つ。それと同時に、眼は消えていた。
「……逃げるのはきみの方だよ、ヴェント。ボクが時間を稼ぐ」
そう言ったユーの目に、ヴェントは躊躇いながらも、翼を開いてその場を離れた。男はそれを追おうとはせず、ユーだけを見ている。
「戦う前に聞いておこうか。お前の名は、ウィユ=オスキュリートであっているな」
「そうだよ。……きみは?」
「オレの名はジューメ=エンファー。なんでも屋だ。ルシアルとかいう連中に、お前と風の竜人の子供の始末を頼まれた」
ピクリと眉を寄せるユーに、ジューメはどこか面倒くさそうに目を細めた。刀身に、左手に纏わせていた炎を移し、両手で構え直す。
「ヴェントも……」
「お前に力を貸している時点で、そのヴェントってガキも危険だとかなんとか言ってたぜ……」
ユーが地面を踏み込んだと同時に、ジューメは正面の空気を薙ぎ払うようにして大剣を振るった。ユーの武器、クロウはそれに弾かれ、肌を舐める炎に顔を歪めながらも翼を開くと再びジューメに向かう。
「ふざけるな! ボクだけなら、まだいい。だけどヴェントには絶対に手を出させないから!」
彼が右手を振りかざすとジューメは大剣を盾のように構え、ユーのクロウを受けた。視界の端には左腕が下方から振り上げられるのが見え、彼はそれを自身の尾で止める。深紅の鱗は固く、クロウがぶつかると同時に、腕はしびれていた。
「おいおい、そんなんじゃあ殺してくれって言っているようなもんだぜ、ガキ!」
突き上げられた膝は、ユーが避ける間もなく、腹部に埋まった。ユーの小さな体はボールのように跳ね上がり、間髪入れずに振り払われる尾により、近くにあった木に背から叩き付けられる。咳き込み、崩れるように地面に倒れ込む彼を見て、ジューメは更にため息を重ねた。
「立て。動けない相手を斬り捨てるようなマネはしたくねぇ。……相手が子供なら、なおさらだ」
と、ユーが立つのを、剣の構えを解いて待っていた。木に手をつき、震える膝を押さえつけながらも、ユーは立ち上がって呼吸を整え、クロウを再び構える。
「……もう、ヴェントも遠くに行ったかな」
「さあな。視覚じゃ確認できないくらいには、遠くに行っちまったんじゃないか?」
「じゃあ、いいね」
寄りかかる木に、右足の足の裏を押し付け、一瞬呼吸を止めるとその足で加減なく木の幹を蹴った。翼を畳み、弾丸のごとくジューメへ向かう。
先ほどまでとは違うユーの速さに、ジューメは咄嗟に大剣を持ち上げた。剣の腹にぶつかるクロウの衝撃で刀身は震え、たたらを踏む。それを見たユーが畳みかけようと左手のクロウも突き上げるが、大剣が振り払われ、ユーはそれに大人しく従い、ジューメと距離を取った。彼は口の端を上げ、額には汗を浮かべている。
「ちっと、焦ったぜ……。オトモダチには戦ってるところを見られたくない、ってか」
「……嫌われたく、ないから」