60.名探偵だよ、ラスボス様③
夕食後、他の皆さんと別れた我々は部屋でのんびり寛いでおりました。
「他のお客さん達まで殺人事件がどうのこうので盛り上がってたのは意外でしたよ。あのお約束云々って、わたしを揶揄うための適当なでっち上げじゃなかったんですねぇ」
『こらこら、仮にも巫女が仕える神の言葉を疑うでない。まあ、悪の知るお約束がこの世界においても通じるかどうかは未知数であったのだが』
『そこは一種の収斂進化……とは厳密には違うんだけど。大体同じような人間がいて大体同じような社会を築いてる世界なら、こういうエンタメみたいな文化面においても似通った部分が生まれやすい、みたいな? ちゃんとした法則と言えるほどの傾向があるわけじゃあないんだろうけどね』
まさか本当にそんな恐ろしいお約束があるとは思いませんでした。
けれど、会話をよくよく聞いてみれば、皆さんが話しているのはあくまで創作における定番の筋書きでしかなかったようです。
途中までは、てっきり現実の殺人事件が起こりやすいのかと早合点していましたが、お約束というのが所詮そういう意味合いに過ぎないのであれば臆するに値しません。
まだ全員と顔を合わせたわけではありませんが、夕食の席での姿を思い返す限り宿泊客や宿の御主人は皆さん善良そうな方々でしたし、まさか人を殺したりすることはないでしょう。
『いやいや、悪はそう思わせてからの……という引っかけと見た! おっと、そうだ。せっかくの貴重な機会であるし、今宵は視覚や嗅覚、聴覚その他諸々を常人並みにまで弱めておくか』
「はい? ええと、事件の発生を期待してるのはラメンティア様らしいですけど、その視覚とか聴覚がどうこうというのは?」
『うむ、なにしろ悪が普通にしていたら殺害の際に飛散した微量の血液や汗、それから緊張による心拍数や血流の変化などで、いちいち推理などするまでもなく犯人の正体におおよその見当が付いてしまうのでな。というか意図して認識範囲を狭めておかねば、このくらいの建物であれば誰がどこで何をしているかリアルタイムで全部追えてしまうのだ。そんなカンニング前提では興醒めというものよ』
相変わらず存在自体が反則みたいな御方です。
その有り余る能力を有効に活用すれば、たとえ本当に事件が起きるとしても犯行前に未然に防ぐことも簡単にできるのではないでしょうか。わざわざ考えるまでもなく、うちの神様がそんな殊勝なことをするわけがないのですが。
『この私に関しても、さっきの食卓の場で人間のように見たり聞いたり喋ったりができると示しておいたからね。最初から普通の剣のフリをして廊下にでも置いてあったら、無防備な犯人が簡単に尻尾を掴ませてくれそうだけど。やはり手札を明かした上で正々堂々推理力で勝負するのがフェアな姿勢というものさ』
「……そういうものですか」
たしかに何の前情報もなければ、ツルギ様が置いてあるのを見て警戒するのは難しいでしょう。何らかの犯罪行為がこれから発生するとして、あえて犯人候補に注意すべき点を教えてあげるのが本当にフェアな姿勢なのかについては深く考えないようにしておきます。
とはいえ、やはりそんな大それた事件が簡単に起きるとも思えません。
殺人事件を楽しみにしている二人の空気に水を差したくはないですが、なにしろ夕食の席で、よりにもよってその手の話題で盛り上がった直後です。
本当に事件の発生を警戒するほどではないにせよ、そういう話をした後は多少なりとも頭の片隅で意識してしまうのが自然な心理ではないでしょうか。
そうなれば仮に悪さを企んでいる人がいたとしても無警戒な平時よりやりにくいと思いますし、今回は見送って次の機会を気長に待つのが賢い選択であるように思います。
いやでも、本当に賢いならば最初から殺人事件を起こしたりしないと思いますし、じゃあ賢さイマイチの考えが足りない犯人なら逆にやらかす可能性も……?
あれこれ考えているうちに、なんだかワケが分からなくなってきてしまいました。
◆◆◆
事件が起きたのは、恐らく日付が変わるかどうかという深夜帯。
「ん……あれ?」
お喋りをしているうちに眠気を催したのか、わたしはいつの間にやらベッドの上で眠っていたようです。それ自体は別におかしくないのですが、室内を見渡しても同じ部屋に泊っているはずの一柱と一本の姿がどこにも見当たらないのが問題でした。
「ラメンティア様? ツルギ様? どこですかぁ……?」
客室のどこにも二人の姿は見当たりません。
小腹が空いて食料でも強奪しに一階の厨房に行っているのか、それとも他の宿泊客の部屋に乗り込んで金銭や持ち物を略奪しているのか。
我が身内ながら真っ先に思いつく行動の候補が物騒極まりないですが、さっきまであんな話をしていたせいか、一人きりの状況というのは正直なかなか不安なものを覚えます。お二人とも早く用事を終えて帰ってきてくれたらいいのですけれど……と、そう思った時でした。
「ひゃっ!?」
客室にある置き物が急にけたたましい音を立てて鳴り出したのです。
ビックリして心臓が止まるかと思いました。前の荒野の異世界でも幾つか見かけましたけど、電気で動く機械装置の類にはどうも慣れません。
というか、コレ鳴り続けてますけど何かしたほうがいいのかな?
このままほったらかしにして壊れたりしたら困りますし、宿の御主人が。
でも不用意に触るのもそれはそれで不安があります。ここは機械のことにも詳しそうなツルギ様あたりを探して適切な指示を仰ぐべきでしょうか。
そんなこんなで部屋の外に出たところ、
「あら? ええと、どうもです」
「あ、はい、こんばんは。貴女は、たしか、その……例の神様の」
「ええ、そうですそうです」
たまたま我々の部屋のすぐ前にいた他のお客さんと遭遇。
たしか例のミステリ研究会だかの紅一点のお姉さんだったはずです。
「私はノドが渇いたから一階に水を貰いに行こうと思って……」
「はあ、そうですか。こちらは変な時間に目が覚めたら、その例の神様の姿が見えなかったものでこれから探しに行こうかと」
向こうとしても神様云々の事情をそのまま受け入れるのは抵抗があるのでしょう。見るからに悩ましそうな様子ですけど、まあその気持ち自体は無理もありません。結局は諦めて事実を事実として受け入れてもらうしかないわけですが。
ちなみに、現在わたし達がいるのは建物の三階廊下。
このペンションは三階と二階がお客さん用の客室フロアとなっていて、客室がそれぞれ四部屋ずつ。一階は食堂や浴場やお手洗いといった共用スペース、宿の御主人が寝起きする管理人室や厨房や洗濯場も全部まとめて一階にあるというお話だったかと思います。
「それじゃあ、わたしも特に探すアテがあるわけじゃないので一階まで一緒に――――」
そう言いかけた時でした。
「うわっ!?」
「きゃっ!? な、何!?」
ドカン、と。
凄まじい轟音とペンション全体を揺るがすような衝撃が突如としてやってきたのです。
そう、まるで物凄い力で建物内のどこかの壁を強引に蹴破ったかのような……いえ、恐らく「まるで」ではなく限りなくそれに近い事態が起こっているのでしょうが。
「あー……多分ですけど、十中八九はうちの神様の仕業だと思いますよ。さっきの音の感じだと、下の階のどこかの壁か床を殴るか蹴るかして壊したんじゃないかと」
「えぇっ、な、なんなのそれ……!?」
不慣れな方が神様案件で戸惑うのは無理もありませんが、おかげでそこそこの広さがある建物内をアテもなく探し回らずに済むのは正直助かりました。廊下にも一応小さな灯りはあるのですが、薄暗くて気味悪いのは否めませんし。
こうしてわたしは先程の破壊音を頼りに下階へと足を向け……そして、凄惨な密室殺人の現場を目撃することとなったのです。




