ななじゅーさん
地下駐車場に停まっていたのは、十人くらいは楽に乗れそうな大きなバスのような車。
運転席には柚希さん。こんな大きな車も動かせるんだ…凄いな。
挨拶をして乗り込むと、車内にはエセル先輩とヴィオラさんがすでに乗り込んでた。
「みんな一緒だったんだねぇ。あれ、そっちの子は…」
「アルジェちゃんのママの夜未です! 近々私もデビューする予定なのでよろしくお願いします」
「ああ〜! 噂の妹ちゃんねぇ〜」
うちの妹は何を噂されてるのだろう。でも…僕の絵を書いてくれたのは妹のこよみだから、それは会社内でも周知されててもおかしくないのか。
話しながらバス内で待っていたら、続々と先輩方が…。
マリー先輩にソフィリナ先輩、お二人の後ろからはサングラスをしたアトラ先輩姿の副社長ちゃんも。
「マリーとソフィリナは食べたいだけでしょ?」
「ダメなのだ!?ピノ先輩だって同じじゃないのだ?」
「お前と一緒にすんなし」
「美味いものが食えると聞いて!」
「マリーも邪魔しないでよぉ?本気で料理を学ぶつもりの子もいるんだらぁ〜。ね?パルム」
「そうだね。邪魔したら退去させるから」
「しないのだ! 味見をちゃんと手伝うのだ」
「うむ」
お二人はお料理を作る側じゃなくて試食係なんですね。
「アルジェ一人では絶対に大変だろうからサポートする」
「ありがとうございますアトラ先輩」
副社長ちゃんがわざわざアトラ先輩の姿で来てくださったという事は、裏方ではなく配信にも出てくださるって意味だろうから心強い。
だって副社長ちゃんとは何度も会社のキッチンで一緒にお料理してるし。中の人は同じだからね。
呼び方だけ本当に気をつけなきゃ…。
あと参加される予定なのはハーティ先輩とメリゼ先輩。他の先輩はみんなお仕事の予定が入ってて出張っていうのかな?社外へ出かけてるって聞いた。マローネさんもそうだし。
それもあってか、今回参加できない先輩方の希望で既に二回目、三回目のお料理教室配信が予定されてるって紲さんが言ってたっけ…。
「ハーティとメリゼ先輩は?パルム知らない?」
「何も聞いてないけど…連絡する?」
ハーティ先輩とメリゼ先輩といえば、僕が社長ちゃんから配信を見てはいけないと止められているお二人だから…。
「二人なら急遽別の案件で移動になった」
「え…それほんと?アトラ」
「社長ちゃん直々の仕事依頼だからな、断れんだろう」
「「あぁ〜」」
それは仕方ないね。やっぱり先輩方はお忙しいんだなぁ。ギリギリで予定が変わるなんて…。
「エロいからハブられたのだ! 絶対そうなのだ!」
「ソフィリナはちょっと黙ろう…?」
「め、メルティ先輩が怖いのだー!」
人は少なくなってしまったけど、充分賑やかだよなぁ…。
「皆さん揃われましたね? 移動に少し時間がかかりますから、もし気分が悪くなったりとかありましたらすぐに声をかけてください」
いつも頼りにしているマネージャーちゃんの紲さんは一緒にバス移動だからすごく安心。
あ、そうだ…。
「ヴィオラさん、これ…」
「うん…? ああ…ありがとうアルジェちゃん」
「いえ! 無理しないでくださいね」
「そうね、助かるわ」
渡したのはジンジャーエール。少しでも車酔いが緩和されるといいけど…。
「服も楽にしておくほうがいいんだったかしら…」
ヴィオラさんはそう言いながら服のボタンを外すから慌てて目をそらす。
「ふふっ…本当に可愛い反応するわね」
そう言いながら撫ぜられてしまった。からかうのは酷い…。色気のある方だからビックリするよ。
「ヴィオラ、イエローカード!!」
「ええ!? これくらいで…ピノ先輩判定厳しすぎませんか?」
「私はいつも出される側だから厳しいよ!」
僕は未だにこのイエローカードとかっていうシステムがよくわからない。比喩みたいなものだろうと思ってるのだけど違うのかな…。何枚か揃うとペナルティとかあるのだろうか?
今度紲さんに聞いてみよう。
賑やかなバス移動は小学校の遠足とかを思い出す。中学の修学旅行は行ってないから…。
「お兄ちゃんこそ酔わないでね?」
隣に座るこよみから小声でそんな忠告。
「ちゃんと酔い止め飲んできたよ」
「ならいいけど…」
それに自分の分のジンジャーエールも持ってるし。
こよみは酔わないから羨ましいよ。そういえばひろみ姉さんも酔わないな。やっぱり僕だけ違うから…?
酔わないか不安だった僕の心配をよそに、柚希さんの運転は本当に上手で…。
大きな揺れもないし、スーッと止まりスーッと走り出すからすごく楽だった。運転は得意だーって言ってたもんね。間違いなかった。
しばらく走ったけど、全く酔うこともなく目的地に到着。
こちらも結構大きなビルの地下駐車場に入ったけど、何処なんだろう?
「ここって九重ビルだっけ…」
「そうそう。商業施設もあるけど、会員証がないと買い物どころか入店すらできないって話。セレブ御用達のビル…」
「私、会員証もってる…」
「さすがメルティ先輩。でも会員証すら紹介がないと持てないって話じゃなかったです?」
「社長ちゃんに紹介してもらった…」
「ああ〜! メルティ先輩、私にも紹介状ください!」
「ピノは………考えとく…」
「やめときなって。不相応な事すると恥かくよ?」
「パルム酷っ! 憧れない?セレブ御用達のショップとか!」
「気持ちはわかるけどね…」
ここってそんなすごいビルなんだ。さすが社長ちゃん…。セレブにも知り合いとか居るんだろうなぁ。というより社長ちゃんがセレブなのか。大きな会社の社長だもん当然だよね。
「ニューホープの事務所もここにある。その関係で場所を借りられたんだ。ここら辺りだと一番セキュリティのしっかりしているビルだから安心するといい」
副社長ちゃん…じゃなくてアトラ先輩も当然知っておられるよね。
緊張してきた…。そんなビルに僕みたいな一般人が入っていいのだろうか。
ドキドキしながらバスを降りたら、待ち構えていた人が…。
「リアルメイド初めて見たのだ! マリー、メイドさんなのだ!」
「わかったから叩くな」
「なんで落ち着いてるのだ!?」
「我はメイドには慣れている!」
マリーさんってもしかしてどこかのお嬢様だったりするのかな。ドラゴンの姫だっけ…?
「マリーが言ってるのはメイド喫茶でしょう」
「うむ! 可愛いメイドさんの知り合いがたくさんいるぞ!」
そっちですか…。行ったことはないけどそういう店があるっていうのくらいは知ってる。
「お待ちしておりました。 当ビルのセキュリティ担当をしております藤崎と申します。 事務所へは直通のエレベーターをご用意致しましたのでそちらで移動していただきます」
直通…。つまり他の階は止まらないって意味だよね。
メイドさんの案内で大きなエレベーターに全員で乗り込む。
これ、会社の一番大きなエレベーターより大きいかも…。
鍵を取り出したメイドさんは、エレベーターのパネルへと差し込みぱかっと開く。
中にはボタンがいくつも…。
「30階のボタンだけは出てるんだ。 そこ何があるの?」
「……セキュリティに関する内容ですのでお答えしかねます。詮索はされない方が身のためですよ。 今回、貴女方は特例で地下駐車場とエレベーターを利用しているのです。ここで見聞きした事は口外なされませんよう…。貴女方も身の上を偽っておられるのですよね?」
「そうだけど。何も脅すような言い方しなくてもいいじゃん…」
「ピノやめなって…。私達にも事情があるようにメイドさんにも事情はあるんだから。詮索されて困るのはこっちも同じでしょ」
「はいはい…。パルムは物分りの良い子ちゃんだな!」
「殴るよ!?」
セレブの人たちが来るビルだから色々と厳しいのかなぁ。
「アルジェさんといわれる方はどなたですか?」
「あ、それなら僕です…」
「貴女でしたか…。後ほどお願いがありますのでお時間をいただきます」
「は、はい…」
「ご心配されなくとも大丈夫です。サインを一枚頂きたいだけですから。もちろん契約にも含まれている内容ですのでご安心ください」
「私何も聞いていませんが…」
「貴女は…?」
「アルジェさんのマネージャー、紲と申します」
「…こちらが無理をいって急遽契約に変更を加えていただいたんです。ご心配でしたら変更後の契約書を直ぐにお渡しいたしますし、そちらの代表へ確認をとっていただいても結構です」
「わかりました、後ほどどちらも確認させていただきます」
ここを使うための契約ってやつかな。ギリギリで契約の変更とかあんまりないよね…。
「きっとすっげーお嬢様とかがファンなのだ!」
「そうなんですかね…」
嬉しいと言うよりは、なんか怖いような…。だってメイドさんの目つきが鋭いんだもん……。
ニコリともしないから威圧感がすごい。




