4 怪力女傑、先住民らの魂を鎮める
捕えた盗賊から、さらに詳しい事情を聞き出す事ができた。
「お、俺たちを雇ったのは……薄気味悪い化粧をした、化け物みてェな野郎さ!
本人は自分の事を、れっきとした人間だとか名乗ってやがったが……怪しげな妖術で、仲間は従わされちまってる。
正体が幽精の類であっても、俺ァちっとも驚かないね!」
「ふむ、穏やかじゃないな」
「たぶん男……いや、女か? まァどっちでもいい。とにかく力ずくで俺たちの頭を黙らせ、遺跡の発掘調査とやらに無理矢理駆り出されてんだよ」
「しかしわたし達以外にも、ペトラ遺跡に目をつけている連中がいるのか……」
その化粧をした幽精のような妖術師は、地震で埋もれたペトラの遺跡から、財宝を掘り出せと命じたのだという。
しかし現地の状況は思った以上に過酷であり、発掘作業に携わった盗賊たちは中で次々と命を落としてしまっているのだそうだ。
「あんな危険な作業で死んだって、何にもなりゃしねえ。
それだったら、見張り役を志願した方がまだマシってもんだ」
「だったらもう、そんな恐ろしい主人に従い続ける必要はないんじゃないか?
さっきわたしが蠅を焼いただろう? 奴がいなくなった今、お前を監視する者はもういない」
「! そうだ、それもそうだな……なぁ、俺を逃がしてくれよ!
俺ァもう、あんなオカマ野郎に命がけでこき使われるのは、まっぴら御免なんだ!」
話を聞いている内に……彼らの置かれた境遇に、わたしだけでなくハールやアンジェリカも同情を覚えたらしい。
満場一致で彼らを逃がす事に決めると、生き残った盗賊たちはわたし達に頭を下げ、感謝しながら逃げていくのだった。
***
ペトラ遺跡は「崖都」と呼ばれるだけあり、切り立った岩山の中に存在する。高い崖に挟まれた、小さく狭い道を通って向かわなければならない。
わたし達がその近くまで来ると、簡素なキャンプ跡などが見つかり、つい最近までここで誰かが――恐らく、盗掘作業にあたる盗賊たちだろう――生活していた事が分かった。
「……誰もいないわね。みんな遺跡に行っているのかしら」
「そのようだが……連中、思ったよりもヤバいかもしれないな」
ハール皇子が顔をしかめている。
アンジェリカは「え?」という顔をしたが……やがて彼の言わんとしている事を理解した。
一見目立たなかったが、少し道から外れた所に、燃やされたような形跡があった。最初は焚火か何かかとも思ったが……近づいてみると、そんな生易しいものではなかった。
「! これはッ……」
おぞましい光景に、魔法少女は息を飲んだ。それは明らかに襲撃の跡だったのだ。
おそらく、この地で細々と暮らしていたナヴァト人の集落を、盗賊たちが襲ったのだろう。そして彼らの食糧や衣服を奪い、殺害して雑に埋めたのだ。
「……酷いな。何もここまでしなくても。スクル教徒なら――いや、『砂漠の民』であってもここまで残虐な真似はしない」普段温厚なハール皇子ですら、不快感を露わにしている。
「生きる糧の為にやむを得ず奪わなければならない時だってあるが……それでも最低限、死者への敬意を払い、丁重に弔ってしかるべきだ」
「奴らはそんな最低限の礼儀も知らぬ――無法者たちだという訳だな」
わたしも久しく感じた事のない、憤りを覚えた。死は避けられず、戦いの最中であればなおの事だ。終わってしまった命は戻らない。
だがせめて、彼らの信仰や風習にのっとり、死した魂に安らぎを施すのが……生き残った者の務めではないだろうか?
「……そうだアンジェ。時の幽精の力を使い、彼らの埋葬のやり方を知る事はできないか?」
「! そ、そうね……その手があったわ」
アンジェリカも、ほとんど同じ気持ちを抱いていたようだ。わたしに促されると、パッと表情を輝かせて、さっそく自分の指輪から幽精を呼び出す事に決めた。
程なくして、少女の右中指に嵌めた指輪の中から、トンボのような姿の霊的存在が現れる。
『話は聞かせてもらったぜ! そういう事ならオイラに任せな!』
時の幽精は甲高い声で得意げに言い、魔力を振るった。彼(彼女?)が羽根をはばたかせ、周囲をゆっくりと舞う。
すると……幽精の羽根から七色の鱗粉が飛び散り、空気中に漂い始めた。そしてその中に見えたのは……幻視だった。わたし達の記憶にはない光景――この地の過去の出来事を映し出す鏡。つつましやかに暮らしていたナヴァト人の生き残りだった彼らの、死者を弔う様子だった。土を盛り、石を積み上げるだけの簡素な方法だったが……死者と親しかった者が、優しげに語りかけながら石を指でなぞり、丁寧に積み上げていく。
わたしとハールが、幻視に映った過去の映像に倣い――見様見真似ではあったが、彼らの眠る土の上に石を積み上げ、死者に贈る敬いの言葉を投げかけた。
「……自己満足に過ぎないかもしれないが。これで彼らの魂が少しでも鎮まればいいな、ハール」
「…………ああ」
さて――手向けとして為すべき事は為した。感傷にばかり浸ってもいられない。
わたし達三人は、死者を冒涜した無法者たちを追うべく……ペトラ遺跡へ通じる岩の細道を抜けるのだった。




