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1-9 ややこしい情勢

「じゃあ兄貴は、ここ異世界で、同じ地球の軍隊と戦っているんだ」

「まあ、そういう事になるな」


「その魔王軍って奴は戦わないの」


「正式に言うとな、魔王なんてものはいない。というか、各王国の連合軍と戦っているだけで、魔王も普通の人間だ。勝手に魔王と呼ばれているだけで、別に悪人ではない。


 こう言ってはなんなのだが、我々が味方をしている王国側だって偉そうなことを言えた義理じゃあない。地球だって立派な国ばかりじゃないだろう。


 むしろ、あの魔王と呼ばれている男は元々、ある王国の王子だった男だ。レーニッヒ王子という。それが、なんというのかな。民衆のために立ったというか、そういうものだ。


 いわばレジスタンスというわけだ。むしろ、彼の生来の立場を鑑みるのであれば、大変に立派な人物であるといえる。お前も地球人なんだから、そのあたりの具合は理解できるよな」


 うわああ。そういうの映画とかではあるんだけどな。それを聞いた俺は、コーヒーカップを両手で握り締めたまま思わず沈黙した。それってさあ。


「つまり、兄貴達がついている方の勢力が圧制を敷いている悪者なんだとか?」


 とんだ言われようだったので、兄貴は思わず軽くコーヒーを吹いた。そして苦笑しながらハンカチで拭いていたが、少し溜息を吐いた。


「必ずしも、そういうわけでもない。あの魔王がいらん事をしたので、この世界は大変混乱している。何も正しい行いをするものが正義とは限らない。


 魔王が立たなかったら、こんなに大勢の人が死んだりはしなかったさ。泥沼の戦争になんてならなかった。


 この世界にはこの世界の理がある。だが、魔王が立たねば搾取され迫害され悲嘆の涙にくれる者達は救われない。それもまた事実ではある。


 どっちが正しいとも、俺達部外者である地球人には一口には言えん。とにかく近代兵器を持った軍隊が異世界から現れたのだ。魔王だって地球の傭兵を雇うさ。


 というか、元々魔法技術を地球人に与えゲートを開かせたのが、その魔王側だ。それによって、多くの虐げられた民衆を救おうとした。


 彼だっていけない事だとは思ってはいるのさ。だが、この異世界は我々の地球のように弱い人達の人権など主張してくれる者は誰もいないのだ。かの魔王の登場をみるまでは。


 俺には魔王の気持ちもわかるよ。彼は決して地球の共産主義のような主張をしているわけではない。共産党の生みの親であるソ連でさえ、どうにもならずに滅びた。


 中国はその轍を踏まないように、解放改革の道を選ばずにはいられず、真の共産主義とは別の道を歩んだ。彼レーニッヒ王子は共産主義の愚をちゃんと理解している。驚くべきことだ。


 だが、それでも、この騒乱を引き起こした張本人であるには違いないのだ。両世界を通じた、とてつもない数の戦死者を生み出したのは彼その人なのだから。


 つまり、この事態を引き起こした一番の戦犯こそ魔王レーニッヒ王子なのだ。そういう意味では奴は真正の魔王と言えるだろう。所詮、このような紛争も俺達傭兵には飯の種でしかないのだがな」


 な、なんだか、凄くややこしい。つまり、この世界にとって災厄としか言えないような殺戮兵器を持ち込んだPMCを呼び込んだのが実はその魔王と呼ばれる王子様で、王国もそれに対抗してPMC、傭兵部隊を雇ったのだと。


「そもそも兄貴って、なんで兵隊なんかになったのさ」

 これが一番聞きたかったんだよ。俺はそのために来たといってもいい。


「そんなものは決まっている。食い詰めていたからだ。俺にはもう帰る家はなかった。どうにでもなれと思っていた。そして、ネットで求人を見たここへ応募してみたのさ。


 そうしたら、とんでもない話だった。だが金払いは最高だった。俺は高校中退していたが、ここではそんな事は問題にもならなかったしな。追い詰められた当時の俺には選択の余地なんて無かったのさ」


「もう! 兄貴ったら。意地なんか張らないで、うちに帰ってくればよかったのに」


「お前も親父の頑固さ加減はわかっているだろう。戻っても結局はうまくいかなかったさ。だが葬式には出たかったよ。実の親なんだからな。まあ軍の規則で決まっているのだから、そんな事を言っても、どうにもならんのだがな」


「そうか。まあ頑固な親父と兄貴の関係なら、そうなのかもしれないけどね」


 そして兄貴は何かを差し出した。これは何かのデータカードかな? 真っ黒で、やけに丈夫そうなのは軍用だからだろうか。


「何これ」

 俺はそいつを裏表ひっくり返して眺めてみた。


「これが金の代わりになる物だ。こいつをそこに記載されている銀行に持っていけば指定の口座に振り込んでくれる。同じデータが銀行にも送られるからな。


 こいつは通常発行できるような物ではないんだ。ここからこいつを直接家に送付する事も許されない。通常の振り込みなども無理だ。そういう資金が動くようなやり取りは一切禁止されている。


 メールなどもできん。この前の手紙は、親が死んで葬式にも出られんから、会社から特別に配慮されたものだ。


 これは万が一無くしても、誰かが金を受け取ってしまう事はないし、またこちらで再発行すればなんとかなるが、お前の信用が低下すると、もし今度どうしても困ったなんて時があったとしても、お前をここに受け入れる事が困難になる。だから絶対にこいつだけは無くすな。


 俺の給料口座になっている日本にある口座から、家の銀行口座に振り替えもできない。本来は俺達の部隊は秘密の存在だからな。


 俺達が契約を満了して日本に帰る時、やっと『外国から日本に帰国』という体裁で金が下ろせる。お前にもよく事情を説明して、守秘ルールを守らせるのでなければ、金は渡せないのだ。


 だから、ここへ来させてこのような話をしている。日本の国も絡むから、守秘義務には気をつけてくれ。それにマスコミも報道していないだろう。迂闊に公言して回ると、いろいろと困った事になるぞ。


 そもそも他国の武装勢力である傭兵部隊などという物は日本に存在できないのだが、ゲート設営の関係で国家の利害関係上、使えるゲートは押さえないといけなくてなあ。


 日本政府も拒否できないのさ。日本は鎖国しているわけでもなく、アメリカと同盟もしている。ここでの利益の獲得競争に負ければ地球でも負け組だ。ただでさえ冴えない現況が最底辺まで落ちていくだろう。


 だが当然の話だが自衛隊は出せん。あまりもの厳しい兵員消耗度にアメリカ軍さえ来てはいないのだからな。あそこは議会が紛糾しちまうだろう。


 日米の相手方となるいくつかの陣営もな。あの中国やロシアでさえも国軍を派遣していないのだ。インドやアフリカ諸国でさえ、それに倣っている。


 皆が皆、使い捨てにできるPMCだけで戦争をしているのだ。わかるだろう。地球の利害関係が、まさしくこちらの世界に反映されているのだ。おかげで地球の方はそれなりに平和なのだが」


「う、うわあ」

 兄貴は、とんでもない話をさらりと言ってのけた。


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