【3】
伊東慧くん。
高校の入学式、新入生の挨拶で壇上に上がった彼を見た瞬間、恋に堕ちた。
一目惚れ。
さらっとした黒い髪。
眼鏡の奥の涼しげな黒い瞳、優しく微笑む姿に釘付けになってしまった。
本気でこの高校に入学する事が出来て良かったと、思ったほど。
それから、ばら色の毎日。
しかも、同じクラス。この時ほど神様に感謝した事はなかったぐらい。
伊藤遼太郎。
高校入学早々、私に思い切りぶつかって来た男。その反動で窓に激突。割れた窓ガラスで腕を怪我。数針も縫う破目に…。
最悪最低。
茶髪にピアス。
着崩した制服、お調子者でいい加減な人、成績も後ろから数えた方が早いかも。
完全に見た目どおりの軽い男。
なのに、兄貴気質で面倒見もいいから人気も有ったりする。
先生もなんだかんだ言って大目に見てる。
一番理解出来ないのは、伊東慧くんと伊藤遼太郎、二人の仲がとにかく良い事。
* * * * *
「北條!一緒に食べよう!」
お昼休み、パンとジュースを手にして伊藤遼太郎がやって来た。
とことん、無視して避けるつもりだったのにぃ!
「だったら、二人で食べたら?」
と一緒に居た祥子ちゃんが、席を譲ろうとするのを私は彼女の腕をガシっと強く掴んで、目で必死な思いを訴える。
「や、やっぱり、私も…一緒に、いいかな〜?」
きっと、私の眼力が凄かったんだと思う。頬を軽く引きつらせた祥子ちゃんが、伊藤遼太郎に向かって言う。
伊藤遼太郎も「もちろん、イイに決まってるだろ!」と答えて3人で食べる事に…。
傍から見れば、ここだけ異様な空気が流れているに違いない…、と思いながら大好きなウィンナーを口に入れるけど、今日はちっとも味がしない。
伊藤遼太郎と祥子ちゃんは、自然に普通に他愛ない話をして盛り上がっている。
でも、私には会話の内容が耳に入ってこない。
とにかく、早く食べて、この場から立ち去りたい。
「――ところでさ、北條」
「……ふぇ?」
食べるのに夢中で、声を掛けられた事に気付くのが少し遅れてしまう。
「今日、一緒に帰ろうぜ」
「な、何、言って――」
何、言ってんの!誰があんたなんかと!と言いかけたけど、ま、待て!ここは、先日の告白は誤解だ!と間違いだ!と言えるチャンスかも…。
「べ…、別にイイよ」
きちんと話して、仕切りなおし。
私の好きな人は伊東慧くん。
だから、あの時の告白は伊藤遼太郎ではなく、伊東慧くんのものなのだから。