女の私と男の僕
一クラス、たった十一名の始業式及び入学式はすぐに終わった。
途中で生徒が気分を悪くして保健室に行ったがそれ以外は無事だった。
生徒たちは帰り支度を始める。
「あ、お母さんにお弁当作ってもらっちゃった」
始業式なので、すぐ終わることを伝え忘れていた水瀬のリュックには母に渡された唐揚げ弁当。
「お昼で食べれば良いか」
「水瀬さーん! このあと暇? 買い出しに行くんだけど」
緒方が水瀬の背に抱きつく。
「ごめんね。今日は用事があるの」
「そうなんだ。明日、歓迎会をやろうと思うんだけど。明日は大丈夫?」
「良いね! うん。明日は大丈夫。ごめんね、準備任せて」
「良いよ、良いよ。お菓子と飲み物買ってくるだけだし。じゃあ私、外出許可貰ってくるから。また明日ね!」
緒方に別れを告げるとリュックを背負いクラスメイトと担任の宮前に挨拶して水瀬は学校を出た。
帰りは行きの反対、歩いて駅まで、そこから電車に揺られて自転車で帰宅した。
「ただいま~」
母は仕事で居ないが帰ってきたら挨拶する習慣がついている。
水瀬はそのまま二階の自室へ上がる。
リュックを床に置き、水瀬は姿見の前に立つ。
自らの後頭部に触れてリボンを外す。
「今日の女の子は終わり」
するりと黒いポニーテールが水瀬の手に。
エクステを外した今の彼女の髪は肩までの短い髪を結んであるだけになった。
この瞬間はいつになっても水瀬の心に悲しみを残す。
女の子になりたい水瀬。
だが中学の校則では頭髪検査で男子は髪を短くしなければならなかった。
うなじや耳が隠れてしまったら髪を切らされたため苦痛であったし、髪が長いままでも許された女子が羨ましかった。
今の《私立白鷺学園》は厳しい校則はなく、異性装も女の子らしい長髪も許された。
だけどそれは学校でだけ。
髪を伸ばし始めた水瀬に近所からの目は痛かった。
別に批判や侮蔑をされたわけではない。
ただ好奇の目は簡単に人の心を歪ませると知った。
『あの家に女の子なんて居たかしら?』
学校から帰ってきたときにボソッと聞こえた近所の人の言葉。
始めは女の子として見られたことが嬉しかった。
努力して可愛く、女の子らしく成れたのだと思った。
だが部屋の姿見の前に立ったとき、怖くなった。
今は良くてもそのうちに自分が男であることが近所の人にバレる。
そうしたら近所との関係がギクシャクして母に迷惑がかかる。
母は女の子の姿でも構わないと言ってくれた。
でも水瀬は自分はおかしいのだと思っていた。
そうでなければ"自分の父が家を出る"ことはなかった。
水瀬は知っている。
自分の障害は多くの人に認知されていても、その大半の人に受け止めてもらえないことに。
水瀬はその日のうちにせっかく伸ばした長い髪を自ら切った。
それで母を泣かせてしまったので二度と同じことをする気はないが、学校以外では男の格好をすると決めた。
男に戻る瞬間がとても辛いものだとしても。




