第八話
水曜日。
僕は一日中、伶太に接触するチャンスが作れないか、模索していた。
だが、違うクラスという事もありなかなか接触できない。休み時間にトイレに出てきても、大体友達に囲まれている。女子か。
分かった事と言えば、今回の宿命の二人はどちらも人気者である、という事だ。
伶太はカリスマ性があり、顔も良いので、老若男女問わずに好かれている(イギリスの某児童文学の、名前を呼んだらいけない、あの悪役を思い出す。但し、行動が悪から来ているのか善から来ているのかは不明)。彼の評判を聞くと、話が合わない事もあったり、言い合いが無い事も無いらしい。
巧真は、こちらもイケメンで、面倒見がよく、大体は僕等四人で過ごしているが、人から頼られている所をよく見る。人と言い合いをすることは少なく、空気を読めるタイプ。
ざっとこんな所か。
うーん、行動を観察すればする程、分からなくなる。
「結局、収穫なしだったよ」
僕は電話の向こうのお祖父ちゃんに報告し、そう締め括った。
「そうか。じゃあこれから二人を監視するぞ。わしは伊田巧真の方を見るから、お前は赤居伶太を監視しろ」
「分かった。あんま気は進まないけど」
ストーカーみたいな真似なんか、したくないからだ。僕は犯罪者になりたくないのに。
「ばれなければイカサマ……じゃなくて、犯罪じゃないから大丈夫だ」
「いや、それでもね、なんだか罪悪感みたいなものがね、あるわけですよ。そんな言い訳めいた事言われて……」
「じゃあ、決行開始だ。また明日、報告してくれ」
ガチャン! ツーツー……。
電話は、僕の言葉を遮ったお祖父ちゃんによって切られてしまった。既視感。
まあいいや。しょうがない。
気乗りしないが、僕は目を閉じ、『伶太の様子を覗く』と強く、何かに伝えるように念じ、呪文を心の中で詠唱した。
***
「ふあー……」
何度目になるのか分からない欠伸を漏らし、僕は壁に掛かる時計を見た。
午前三時十八分。
眠たい目を擦り、僕はもう一度、目の前の光景に目を戻す。
此処は僕の部屋で、僕は勉強机の前に今座っている。
そして目の前にはパソコンの画面と同じくらいの大きさの四角形に切り取られた、伶太の様子が浮かんでいた。
これは、見えないカメラで覗くイメージを使った魔法で、リアルタイムで、見たい物事が見れる。
今は、お祖父ちゃんの命令を受けて伶太の様子を確認している。
伶太は、こんな時間になってもまだ起きていて、熱心にパソコンに向かっていた。
その画面を見てみるが、何がどうなっているのか全く分からなかったので、今は伶太が動きを見せないかどうか見張っているだけだ。
あーもー眠たいったらありゃしない。
僕は居眠りを始めてしまった。
そして次に気が付いたときには、伶太は既に就寝しており、時計は午前五時を丁度指した所だった。
あーあ、盗撮(?)失敗。
録画機能をつけずに魔法を使ってしまったので、後から何があったかを知るには、もう一度魔法を使わなければいけない。
でもそんな時間も、気力も無い。
僕はベットに潜り込み、いつも起きる時間まで寝る事にした。
***
「ふあー……」
「二十回目」
何故か僕の欠伸を数えている実里が言った。
「春希、寝てないの、昨日?」
「イェーッス。あいでぃどんとすりいぷ。イェーイ」
「あーあ、寝惚けて平仮名英語が炸裂してるよ。おーい、英会話教室なんかしてないで夢ん中から戻って来い」
巧真が僕の体を揺さぶる。
時は木曜日の放課後。処は図書室。
眠りの誘惑を頑張って断ち切りながら授業を受けていた僕だが、図書館で席に座った瞬間、誘惑に敗北の白旗を掲げた。
そして、眠りと覚醒の間を行ったり来たりしながら、先ほどのシーンに行き着いた、というわけだ。
因みに、何故英会話教室が急遽開かれたのかと言うと、六時間目が英語だったからだ。
結局、今日も収穫なし。
夏休みも近いので、今週中にはどっちか見極めなければ、とは思っているのだが。
中々うまくいかないものだ。
まあでも、何の手掛かりも無いので、手探りで進むしかない。
そこまで考えた所で、不安と眠たさが入り混じった、溜息とも欠伸ともとれる、どっちつかずな息が漏れた。
「二十一回目」
実里は欠伸と判断したようだ。
僕は今度は、混じり気のない、純粋な溜息を吐いた。
「ねえ春希、大丈夫? ここ最近元気もないようだし。悩み事でもあるの?」
由梨が心配してくれた。
気持ちは嬉しいが、話す訳にはいかない事を聞かれてしまった。
僕はどうすればいいのか分からなくなってしまったので、狸寝入りをした。
狸寝入りはすぐに本当の眠りに変わり、図書館の閉館時間になって起こされた。
今日は、伶太を覗く事もなく、さっさと眠りに就いた。
***
金曜日。
自らに課した期限の最終日。
朝から、どうすれば分かるのだろうか、と考えた。
そこで、今日は方向性を変えて、巧真の『善悪』の性質を見極めよう、と思った。
どっちにしろお祖父ちゃんが見ているはずだが、こっちは伶太に接触できていないんだ。一度位楽な方を選んでも罰は当たらないはずだ!
と屁理屈を捏ね、意気揚々と登校した。
そして、放課後。
結果は、今の所、巧真に『悪』の片鱗は見られない、若しくは見せていない。
うん、簡単にいうと分からない、ということですハイ。
でも、家に帰ってからの事は見てみなければ。
というわけで、夕飯を食べ終わった僕は、一昨日の様に机の前に座って巧真の動向を見ていた。
とそこに、
「おい春希!」
と後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、お祖父ちゃんが立っていた。
「お前報告を忘れただろう! 全く、一昨日忘れた位ならばまだ良いものの、昨日も今日も忘れるとは、どういう事だ!」
「あーっ、忘れてた! ごめんなさい……」
「まあ良い。兎に角、今から報告するんだ」
「は、はい!」
僕は、少し怒り気味のお祖父ちゃんの顔を見れないままに、一昨日の事と、昨日の事を話をした。
「……というわけで、報告する事をすっかり忘れていたんだ。ごめんなさい」
「もう良い。収穫が無いのは仕方が無い。だが、こちらは収穫があったぞ!」
「えっ、ホントに!? 凄い!」
「ああ。結果は……」
「結果は……?」
お祖父ちゃんは、たっぷり間を取り、言った。
「また明日!」
「ええー! 酷い酷い! 早く対策決めなきゃなのに!」
「別に良いだろう。どうせ月曜日までには会わんのだから」
「まあ、そうだけどさあ……心の準備をしたいんだけどなあ……」
「そんなこと言わなんだ。じゃあ、また明日来るからな」
そう言って、消えた。
……お祖父ちゃん、いい歳してこれだかんな。本当に歳食ってるのかな?
にしても、流石にこれを先延ばしにしちゃあいけないでしょ。対策もしなくちゃいけないし。
お祖父ちゃんの心を覗こうと思ったけど、どうせこの事を見越して防御を施してるんだろうから、やめた。
ああ、仕方が無い。
さっさと寝る支度しますか。
僕は諦めの溜息を吐いた。
う~ん、中々物語が進まない……。
全く、お祖父ちゃんにも困ったものです……ハイすみません。人の所為にしちゃいけないですよね。それでは、また次の話で。