第十話
今回と次回は、『正義を助ける者』、巧真視点です。
俺は、伊田巧真。
この春中学受験をし、無事第一志望の相沢高等学校付属中学校に入学を果たした。
そんな俺には今三人の仲良しがいる。幼馴染の河木由梨、その塾仲間だったという速見実里、そして彼女等が本を薦めて貰ったという、永園春希。
俺は、普通の(本の要素が圧倒的に多い以外は本当に普通の)生活を送っていたし、それが崩れることなく続いて行くと思っていた。
だが、最近。
おかしなことが続く。
中二病炸裂ストーリーの夢を連続で見るわ、しかも時々普通の夢を見られたと思ったら予知夢だわ、僕等にそっくりの人達が主人公の小説を見付けるわ……。
挙句の果てにはこの話だ。
最近様子がおかしい春希に悩み事を打ち明けて欲しいと言ったら、世界が変わるような悩み事だから人の目に触れない場所でじゃないと相談できないと言う。
俺は、春希は思春期特有の症状に中二病がプラスされたのかな、と思っていたが、本人が真面目なだけに何も言えず、書庫と言う場所を提案する羽目になった。
前置きが長くなったが、今は昼休みで、書庫にいる。
書棚にもたれて、俺は背が高い春希の顔を見上げる。
春希は、真剣な顔をしている。
こんな顔など、今まで見た事が無い。俺が今まで見た一番真剣そうな表情は本を選んでいるときなのだが、それには遥か遠く及ばない程だ。
そして、しばらく逡巡したように目を泳がせていたが、やがて決心したのか、それとも言葉が見つかったのか、話し始めた。
……俺の見ている夢よりも、中二病感が満載の空想小説じみた話を。
***
春希の話が終わり、俺はこう言った。
「うん、なかなか面白い話だったよ。『僕と魔法使い』の続きか?」
と言った。
「いや、違うよ。実話だ。信じて貰えないかもしれないとは思っていたし、その反応は人として正しいけれど、事実だよ。証拠は、そうだな、僕が魔法を使えば信じてくれる?」
「そりゃあな。でもちゃちなマジックでもやるつもりなら、すぐに見破る自信があるから覚悟しておけよ」
俺は腕を組み、嘲笑を交えながら言った。
全く、心配して損した。こんな作り話をドラマチックに語る為だけに、体調が悪い演技までしていたなんて、失望した。
……こんなやつだったなんて。
でも春希は、俺のそんな気持ちに気付く素振りを見せずに、軽く
「分かった」
と頷くだけで、俺はますます腹が立った。
「じゃあそうだな、どんな魔法を見れば巧真は納得する?」
俺はやけくそになって、こう言った。
「俺を一度殺して、生き返らせてみてくれ」
「それは無理。自然の摂理に大きく外れる事は出来やしないんだ。例えば、雨を降らすことは出来ても、台風や竜巻等の大きな自然現象を失くす事はできないんだ。地震や津波も無理。だから他の事にしてくれないかな。そっちから提案した方が、信用できるでしょ、巧真も」
他の事と言ってもな。
いきなり突拍子の無い事を考えろと言われても、思い付こうとして思い付けるものではない。
でも時間もないし。
腕時計を確認すると、あと十分で五時間目が始まってしまう時間だ。
俺は提案する。
「そんなこと言われてもいきなり思い付けるもんじゃないから、放課後にしてくれ」
「分かった。じゃあ放課後にここにまた来よう」
***
放課後、書庫。
早速俺は言った。
「俺を宙に浮かせてみてくれ」
「ああ、そんなの朝飯前だよ」
軽く、まるで今まで何回もやっているみたいな言い方をする。
おい、大丈夫か?
そう言う前に、春希は、
「じゃあ、行くよ」
と言って、俺を見つめながらある言葉を呟いた。
すると。
足の裏に感じていた、書庫の床の感触が、消えた。
「えっ?」
驚いて足元を見ると、床から俺の足が離れていた。
どういうことだと聞こうとして目線を前に戻すと、普段少し見上げないと見えない春希の顔が、目の前にあった。
「うわっ!!」
驚いて仰け反る。
そうしている間に、春希の顔はどんどん下の方へ下がって……もとい、俺の身体がどんどん浮上して行く。
俺は、驚きを通り越して茫然としていた。
やがて、俺の身体は下がって行き、足が床についた。
「これで納得した?」
そう聞かれるが、言葉が出ない。頭は理解しているが心は受け入れない、というやつを、今体験している。
「まあ、そうなるのも無理はないよね。僕も初めて知った時はそうだったし」
春希はそう言って、肩を竦めた。
俺は……。
「まだ、信じられ、ない」
つっかえながら、今の気持ちを言った。
魔法、というか、不思議な現象が起こったのは、事実だ。仕掛けが無い事は俺自身も確認している。
だが、魔法など存在しないという世の中で、物語の中でしか起こらないような出来事を体験しても、俄には信じがたい、と言うのも俺の中の事実だ。
だから俺は、時間が欲しかった。
じっくりと考えて、今起こった事を受け入れる時間が。
それを伝えたら春希は、
「分かった。じゃあもう時間はたっぷり取ったと思ったら、また言って。此処か、僕の家でもう一度話すよ。もっと詳しく」
と言った。
「ああ。ごめん」
「ううん。信じられないのも仕方が無いよ。予言についてだって最近知ったんだからさ」
春希がそう言って、書庫の出口に向かって歩く。
俺もそれについて行った。
***
土曜、日曜日と、俺は悩んだ。
なんとか、なんとか、魔法の存在を認める事が出来た。
そして、ある事に気が付いた。
即ち、魔法はあるが、予言自体はそれには関係が無い、ということだ。
月曜日の朝、早速春希に訊いた。
「あっ、言われてみればそうだね。思い至らなかったや。うーん……。そうだ、お祖父ちゃんに聞きに行こう。お祖父ちゃんの家に『予言ノ書』があるから、それを見たら信じやすくなるかも」
「そうか……」
「今日の放課後空いてる? 早速見にいかない?」
「ああ。分かった。お前のお祖父さん、何処に住んでいるんだ?」
「別に知らなくても大丈夫。帰り僕の家に寄って、そっからは魔法で行くから」
因みに、今までの会話は筆談だ。念のため、読んだらすぐに文字を塗り潰している。
「了解」
最後の言葉は声に出して言った。




