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彼方の地から  作者: 竜胆
34/34

31 「泣かなくていい。」




 (ってゆーか終わってませんでした。)

神殿に帰ってみれば、そりゃもうすごい騒ぎで。

まぁね・・・隣の国自体が丸々なくなっちゃってんだから、騒ぎもするだろうけど・・・。


「・・・っぐぅ。」

痛くもない手をプラプラと振りながら、偉そうにふんぞり返って椅子に座っていた奴に視線を落とす。

「・・ゆーこと聞かない悪い子にはお仕置きかなぁ?」

引き締まった腹に一発。

(どうせ痛くも痒くもないだろうけど。)

だって”力”使ってないから。


「愛し子様。・・・っあの・・・。」

ソレイクはまるで溺れる人のように、何度も口を開けては噤んで、を繰り返す。

聞きたいことなど解っている。

「我が裁いた者たちは、もう帰りはしない。深淵の海に落とした者には永遠の償いを課した。他の消えた者はそれぞれの罪を背負って父の身元へと赴く。後は父の判断だ。・・ソレイク。」

「は、い。」

空いた席に座って彼を見上げる。

「反省も後悔も、今は要らぬもの。・・これより先、どう纏めていくかを考えねばならん。」

「しかし・・・。」

身に着けていたマントをとって四次元ポケットへ放り込む。

「“生きている者たち”が先だ。残酷なようだがそれが現実だろう? 死者を悼む気持ちはもちろん大事だが、悲しみや後悔に囚われて今生きている者たちを疎かには出来ん。 今、この時も生まれいずる者たちがいる、その者たちの未来を明るいものにするために動かねばならん。」

そう言うと、はっとした顔をしてこちらを見つめる。

「っはい! そうです。そうでした。 」

「そこで、だ。ダァグ。こちらへは来るなと言っておいた言葉を無視したお仕置きを受けてもらおうかな?」

私の横で王様然とふんぞり返っていたダグラスに視線を投げた。


 神殿が国を纏めることはできない。

なぜなら神殿は中立の立場だからだ。

「何をすればいい?」

「エリーゼを連れてきてくれ。」


***



 「わたくしが・・・ですか?」

呼ばれてきた人物は、己の母親と同じくらいの年の女性だった。

小柄な身長と細い身体つきは、これからの重責は重かろうと思われる。が、

「王族は死に絶えたからな。あなたしかいない。」


諸国の代表とサウス国の代表が話し合った結果、ノースを復活させることになったのだ。

ただし“国”としてではなく、“領”として。

島の南を“サウス領”、北を“ノース領”とし、国としては統合され“フォクシア国”とする。

「サウスの代表が総べるという訳にはいかないのでしょうか?」

なぜかこの場で“アッシュが代表でしゃべるように”と言われて周囲からの圧力もあり断れずに話す羽目になった。

「最初はそれを考えましたが、おそらくノース国が滅びたと知れば、追い出された人々が帰ってくるだろうと思われます。そうした場合、サウス国の今の国主によれば総べるのは難しかろうと。国が滅びた、というショックは相当のものと思われます。心の支えなくば人の心は荒れるでしょう。」

俺の言葉に、しかし彼女は声を震わせる。

「しかし・・私は・・国を捨てた人間です。そのような・・・。」

「“捨てざるを得なかった”だろう? ガイを殺され、腹の子を、ナーガを守るために貴女ができたことは、他国へ逃げることだけだったはずだ。それを恥じる必要も隠す必要もない。王族であろうが貴女は“母親”だったのだから。 子を守るその行為に何の責められる要因があろう。」

神官の席に座ってずっと黙ったまま話を聞いていた零が立ち上がって、彼女の前までやってくる。

「あなた様は?」


「我か? 我は”零”だ。 お前にとってはお前の一族を滅ぼした仇だな。」


イーシャの祈りを聞き届け、イーシャの命を代償に王家を滅ぼした…と、簡単に零は言い彼女の前に立っていた。

「イーシャは我を庇ってトールに切られて死んだ。我はこの剣でトールを転生かなわぬ虚無の海へと突き落とした。・・・エリーゼ。」

「は・・・はい。」

「我が憎いか?」

「い、え。」

「我は間違ったことはしておらぬゆえ、謝りはしない。沢山の罪なき者たちが殺された。たった一人の狂王によって。番を守り、番と共に、番から引き離され…。獣人にとって番は生涯一人だけ。生きながらに別れることはない。貴女ならば解るだろう?」

同じくらいの背丈であるにも拘らず、零が大きく見える。

番・・・伴侶殿のことを思い出したのか、彼女は涙を流す。

「ハ・・イ、よく、よく解ります。」


 「エリーゼの王籍を復活させ、ノース領主に据える。 サウス領主は現サウス国主のまま、国王は据えず国の代表は二人とする。 税収その他はすべて統一。もちろん戸籍は神殿に一任。基本どちらに移ってもいいように計らう。神殿長はそのままソレイクに務めてもらうが、補佐としてしばらく人を派遣してもらう。・・・でいいか?」

と零を振り返れば頷いている。

「で?」

とはダグラス王だ。

零の方を見て視線で問うている。

「ライオネルとサージェスにはフォクシア国の後見についてもらいたい。」

(・・・っな。)

「理由は?」

帰って来る者の中には、半ば嫌々、無理矢理国を出された者たちもいるし、人間に対する反感は根強く残っているはず。また逆に獣人に対する反感もまたあるだろう。

「これに関しては神殿もテコ入れする。ソレイクはもちろんパウロにもかなり動いて貰わなければならないが、獣人が上、人間が上、どちらが・・・といった考えを持っていては国は成り立たん。特にこの国ではね。だから人の国代表としてサージェス、獣人の国代表としてライオネルに後見をしてもらう。まぁ、つまりは見張りだね。やたら偏見持ってると“俺たちが踏みつぶしちゃうぞっ”って感じ?」

最後の最後に力の抜けた言い方をして、零はゾーイを飲み干した。



***



 (・・・これでよかったか?)

影が揺らぐ。

(重荷を背負わせることになるがな。)

揺らいだその先に、人影が立った。

「愛し子様。」

エリーゼと

「零様。」

ナーガだった。

 

 崩れかけた屋敷は正式にナーガが継いで、建て直すらしい。

「エリーゼ。」

「はい。」

「ガイは感謝しているよ。ナーガを育て上げてくれたことに。そして後悔はしてないよ、貴女に出会えたことを。」

そう告げると、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。

「生涯で唯一の恋をしたのだと、惚気てくれた。」

その言葉にナーガが不思議そうな顔をする。

「嘘じゃないよ。いるから、そこに。ガイはいつもエリーゼに寄り添っている。言っていたろう?“未来永劫 君を待つ”と。精霊王たちの勧めにも首を縦に振らず、君の命が尽きるまでいるんだって。一緒の時代に一緒に生まれ変わるためにいるんだってさ。熱烈だね。」

笑ってそう言うと、泣きながら微笑むエリーゼ。

「大丈夫、エリーゼ。貴女ならできる。貴女なら民に寄り添ってゆける。・・・・ん?あぁ、いいよ。」

独り言のように呟いた私を二人は首を傾げて見つめている。

そんな二人をそのままに、空中に手を翳すと、掌に落ちてくるもの。

エリーゼが大きく目を見開いた。


「うん。何もかもを失くしてしまったろう? 貴女にガイが渡してほしいって。」


それは髪飾りだった。

ガイの瞳の色をした大きな石がついたそれは、二人が結婚を認められた時に渡した初めての贈り物。 

「それと、これ。」

エリーゼの指には大きすぎるそれはガイの指輪。

エリーゼの指に嵌っているものと対のもの。

「・・・うん?あぁナーガにはこれ。」

光り輝きながら現れたものは一振りの剣だった。

「それは・・・ガイ様が・・・。」

見覚えがあるらしいエリーゼの言葉に頷く。

「そうガイのだ。 代々クルージスト家に伝わる剣だって。それを継いでほしいと。」

華美な装飾のないそれは、しかし細身でありながらなにやら力の感じられる剣で、初めて触れるというのに、それはナーガによく馴染んでいるようだった。

「あ・・・見るという、ことは・・・。」

思わず・・といった様子で出たらしい言葉に、頷く。

「我に触れていればな・・・。よいか?」

二人は恐る恐るといった様子で私の肩に触れる。それを見やって、

「ガイ。」

一言、名を呼んだ。

(・・・嬉々としてやってくるなよ・・まぁ、仕方ないけど。)


***


 鉱石を掘り尽くしたような大地は痩せ細っている。

(私がしてもいいんだけど・・・。)

でもそれには適任がいるし、彼に働いて貰わねば、この先この国自体の復興はままならない。

「零様?」

「零。」

横にダグラス、後ろにソレイクとアッシュ、二人の領主を従えて、何もなくなった大地を見下ろしていた。

“何をする気なんだ?”という皆の問いかけに、視線を投げてから空を仰ぎ見る。

≪アーク!!≫

叫んだ精霊語に皆ははっとしたように空を見る。

≪あなたの仕事でしょう? 力を貸してやって!!≫

返答はない。

「何を?」

「ん?アークを呼んでるんだ。でも来ない。怒ってる・・・ううん拗ねてる、のかな?」

私の答えに皆は肩を落とす。

「人は間違う生き物だ。それは誕生からずっと見てきて知ってはいても、理解はできない。なぜなら彼らは精霊だからね。 妬みや恨みという感情は彼らは持たない。ただ好きか嫌いか、好むかどうかだ。・・・アークはこの国の王が嫌いだった。」

“ごめんね、エリーゼ” 一応彼女の兄だしと思って謝ると、彼女は首を横に振った。

「理解できます。大地が血で染まるほどだったと聞き及んでおります。 アーク神においてはご自身が司るべき大地を汚されたのですから。」


 そう、アークは我慢できずに見捨てた。

己の大切な大地に罪なき人々や獣人たちの血が流れ、不安と凶行が支配する空気を受け入れることが出来ずに。


(逃げ出したんだ。)


≪言っていいことと悪いことがあるだろう?≫

≪アーク。≫

目の前の輝ける存在。それが見えるように、私は皆に呪をかける。

≪来てくれると思った。≫

そういうと、顔をしかめた。

≪怒りを誘ったか。性格が悪いな。≫

≪・・・あなたの土地だ。貴方が守護すべき。・・・もう一度、信じてやってほしい。彼らが育ててゆく大地と人を。≫

そう言って身をずらして皆がアークから見えるようにする。と、地面に頭を擦り付けるようにして皆は平伏している。

「我が信用するに値する者たちか?」

アークが皆にも解るよう人の言葉を使って話し出す。

「同じことを繰り返せば、次はない。 この島自体を諸共沈める。」

その言葉に皆の身体がピクリと揺れた。

「何人たりとこの島から逃がしはせん。島と共にすべてを葬ってくれる。」

厳しい言葉の中、エリーゼが顔を上げないままに言葉を紡ぐ。

「御心のままに。同じ過ちを繰り返さぬよう、この国を皆で治めてまいります。何卒守護神として名を戴く許可を下さいませ。」

隣では共同統治をすることになるサウス領主も深く頭を下げた。


「零の取り成しを受けよう。ただしただ一度の許しと思え。再び騒乱の芽が育った時は言い訳は聞かぬ。我らの力を持って一夜で海の藻屑にしてくれる。・・・よいか、零。」

「いいよ。私も二度を許す気はない。これほどのことが教訓にならぬのならば、幾度機会を与えたところで意味はないからね。 その時はアークの判断を待ち私が滅する。」

そう言うとアークは頷いて、皆に顔を上げるよう促すとドン、と振動が体を突き抜けるような足踏みをし、言った。


「ここに神殿を立てよ。贅を凝らした物などいらぬ。ただ祈りをするに相応しい、地を治めるに相応しいとお前たちが思うような神殿をな。我はそこを訪れよう。そしてお前たちの声を聞こう。」


言ってアークは消えた。


 

* * *



 中央神殿のパウロ神官長の名で、世界に向けて触れが出された。

〈ノース国王崩御のためノースとサウスを統合、2領制の国として新たに国名をフォクシア国と改める。サウス領主には旧サウス国主サザ・グランディール、ノース領主にはエリーゼ・スィ・クルージストが起つことを神殿は支持する。〉


 各国の驚きや問い合わせで、新しいフォクシア国は騒然としている。 

国へ帰る者たちへの通行証の発行手続きや細かいことの説明に、今神殿もてんやわんやらしい。


 パウロへの報告を直接しに来た私は、今はまだ中央神殿に身を寄せていた。

「・・・では、補助にオルセルを遣わしましょう。」

「うん、いいね。彼は獣人でもあるし、確か・・。」

「母親がフォクシア出身です。」

「ありがとう、パウロ。で、ごめんなさい。」

ぺこんと頭を下げる。

「どうしたんですか?」

仕事を増やしちゃって・・・といえば、パウロは笑った。

「元とは言えば、私たちが皆で力を合わせて解決に導かねばならなかった事柄です。例え相手が聞く耳を持たないからと周囲の国も敬遠していました、もちろん神殿だって努力はしていても結局はトール国王を諫めることが出来ずに、あのような惨劇を生んでしまいました。これは私たち皆の罪です。零様がそのようなことをおっしゃる必要はないのです。そのようなお顔をなさっていると、父神様が悲しまれますよ?」


(それは身に染みました。)


国の代表が決まった夜、自分がすべてを消し去った跡に立っていた時。


これでよかったんだろうか?

間違っていたのではないだろうか?


考えて答えの出ない問いかけを繰り返していた時・・・


≪詠星≫

ガイアスは降り立った。

私の横に。

≪間違ってなどいない。≫

≪あなたは正しいことをした。≫

≪泣かなくていい。≫

そう繰り返しながら、ずっと抱きしめていてくれた。

そうして、ここぞとばかりに皆で囲って甘やかしてくれたのだ。

地球にいる時ですら、そうそう甘える子供じゃなかった詠星にしてみれば、赤面モノの抱擁付きで、口から砂を吐く、とはこういうことかと思ったくらいに。


思い出して、また黄昏たような視線を投げていたらゾーイを片づけながらパウロが聞いてきた。

「次に、どこへ行かれますか?」

と。



「ゾーイの名産地にね。」

にっこりと笑う。

「シンガルト、ですか。」

そしてパウロも微笑んだ。 

大変遅くなりました。 

もうすっかり秋。

一番好きな季節になります。頑張ります。

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