転生されたら淑女になった 第30話 完結
第30話:アイドリングの安定した日々(完結)
数年後。
世界は、かつてないほどの調和に満ちていた。
王城のヒビは塞がり、荒野には花が咲き、人々の目からは澱みが消えた。
辺境の森。暖炉の火が爆ぜる静かな家で、俺……ルイは、見晴らしの椅子に腰を下ろしていた。
十七歳の姿のまま、どこか隠居した爺様のような穏やかな表情で、ハーブティーを啜る。
(……父様、今日もいい天気ですね)
(……ああ。ルイ。……世界が、少しばかり静かになりすぎたくらいだ)
薪を割る父ガルロの背中は、相変わらず岩のように逞しい。
キッチンからは、母エシスが鼻歌を歌いながら、今日のおやつの準備をしている気配が伝わってくる。
思念ではなく、空気の揺れだけで通じ合う、最高の家族。
(ルイの独白)
「……調律は、完璧だ」
俺はゆっくりと目を閉じ、かつての相棒「鯨」の排気音を思い出す。
あの時、俺が求めていた「最高の走り」は、形を変えて今、この穏やかな時間の中にあった。
道具を、人を、世界を慈しみ、叩き直した果ての、静かなアイドリング。
内なるアンタッチャブル氏が、俺の肩を叩くように囁く。
『ねぇ、ルイ。次はどこを直しましょう?』
俺は心の中で微笑み、窓の外に広がる、どこまでも青い空を見上げた。
「……いや、今はこれでいいわよ。……最高の仕上がりですわ」
銀髪を風に揺らしながら、淑女はただ、愛おしい家族と共に、永遠のような一瞬を噛み締めていた。
(完)




