第三節 ロリコンは二次元だからこそ許される
古びた山城の一室。その空気は、まるで底なし沼のように重く、そして暗かった。
上座の前に座るコノヤマサクヤヒメは腕を固く組み、眉間に深いシワを寄せて「…………」と険しい顔を作っている。
たった二人の臣下(という名の雑用係)の一人である僕、白波龍悟もまた、擦り切れた畳の上に正座したままギュッと目をつぶり、「……………」とこの世の終わりみたいな顔で黙り込んでいた。
カラカラッ、と無遠慮に襖が開く。
「ちょっとちょっと、どーしたのこの雰囲気。誰かのお通夜でも通り過ぎたんですか〜?」
一国の主であるはずの勝成が、頭の後ろで手を組みながら、緊張感の欠片もない呑気な声で現れた。
「……見なさいよ、コレ」
ヒメが怨み言のように低く唸り、バンッ! と畳の上に一冊の書状を叩きつけた。
「ん?」と勝成が首を傾げる。
そこにあるのは――『従公儀被仰出帳』。
日本史をかじったオタクならピンとくるだろう。簡単に言えば、江戸時代における幕府から大名へ届く「知らせ(通達)」だ。
ヒメの様子を見るに小国の主であるこの男は、一体全体何をしでかしたというのか……。
「あの〜……この世界にも、幕府ってあるんですか?」
恐る恐る尋ねた僕に対し、ヒメは険しい顔のまま首を振った。
「幕府? そんなものはないわ。でもね、人族を管轄する『天宮』と呼ばれる、神と人の混血が頂点に立つ絶対的な中央機関があるの」
「って、そう言えばこの世界の成り立ちについて、アンタにあまり教えてなかったわね」
(そうですよ……! 僕を少ない臣下に加えておきながら、世界観のチュートリアルすら今まで何も教えてもらってませんからね!)
僕が内心で盛大にツッコミを入れていると、ヒメはコホンと咳払いをして説明を始めた。
「いいこと? この世界はね、地上は『妖』、地下は『霊』がそれぞれ大きな勢力を持っていて、人族はその狭間に挟まれて肩身の狭い生活をしているの」
「過去の大きな大戦に惨敗したせいでね」
「で、アンタがこの間遭遇したみたいな『穢れ(けがれ)』――ここに生きる者たちの怨恨なんかが溢れ出して具現化したモノを狩ることで、生活の安全をギリギリ守ってるってわけ」
ほうほう、なるほど。ファンタジー特有のハードな世界観だ。
……アレ? じゃあ、目の前にいる『神様』はどういう立ち位置なんだ?
「あの〜、神様は……」
「神はね、この世界における勢力のバランスを保つために、弱い陣営に力を貸したりするのが仕事。それに、独自のアンタッチャブルな土地(聖域)を持っているから、基本的には天宮のゴタゴタなんて気にしなくていいのよ」
「へぇ」と僕が感心している横で、勝成が鼻クソをほじりながらボヤいた。
「ちなみに、俺は小国の主って肩書きだけど、このゴリラ神からはなんの力ももらってねぇけどな……」
「仕方ないじゃない!」
ヒメがすかさず言い返す。
「だってアンタ、いざ『シリアス展開』になると、あたしより全然強いんだからバフなんていらないでしょ!」
(シリアス展開とか言っていいの!?第四の壁突破しちゃってるよ!)
僕の脳内ツッコミを置き去りにして、ヒメはハッと我に返り、再びバンバンと畳を叩いた。
「って、そんな悠長な世界観の話をしてる場合じゃなかった! アンタ、また『参勤交代』サボったでしょ!!」
(幕府はないのに参勤交代はあるんだ……!?)
「アンタ、コレで何回目よ! いい加減にしないと切腹……いや、下手したら斬首よ! 斬首!!」
ヒメの言う通りだ。
参勤交代といえば、大名に多額の出費を強いて財力を削ぐことはもちろんのこと、中央機関(天宮)における地位を絶対的なものと知らしめる目的がある。悪く言えば、「大名のお取り潰しのためのイチャモンづけ」の格好の的でもあるのだ。
そんな国家存亡に関わる超重要行事を、一国の主がバックれるなんて……!
「だって〜、仕方ねぇじゃん」
怒り狂うヒメに対し、勝成はやれやれと肩をすくめた。
「天宮に人質として差し出す妻子とかいねぇし。今の俺の臣下としているのは、凶暴なゴリラ神とオタクのガキ一人だよ? 一体どこの誰が、そんなもん欲しがるってんだよ」
(失礼極まりない物言いだが……まぁ、一理あるのか? いや、やっぱりないな……)
いくらポンコツでも、一応は国家の体裁を保つために頭を下げるのが大人の、そして為政者の責任だろう。僕がそう説教しようと口を開きかけた、次の瞬間だった。
「それに――!」
勝成はドヤ顔で、最もタチの悪い『本音』を大音声で叫んだ。
「そんなクソ面倒な大名行列なんぞに出掛けたら、道中の出費で、俺の『課金する代金(軍資金)』が全部なくなっちまうだろうが!!」
(結局ただのサボりだったよ!! ソシャゲのガチャ優先だったよ! 親のクレカを勝手に使う小学生並みの思考回路だよこの殿様!!)
僕の喉がちぎれんばかりの魂のツッコミ(物理)が、重苦しいお通夜ムードだった山城の四畳半に、虚しくこだましていった。
「そんなしょうもない言い訳が通用するわけないでしょ……!」
コノヤマサクヤヒメは、親のクレジットカードを使い込んだ小学生を見下ろすような、心底軽蔑しきった瞳で勝成を睨みつけた。
「とにかく、中央から直々に呼び出しをくらったんだから、何がなんでも行かないとダメよ」
「えぇ〜? 行くって、一体どこに……」
「本来なら『天宮』の本部に直接出向くべきなんでしょうけど……天宮の役人たちも、『あんな奴の顔は二度と見たくない』ってさ」
(顔も見たくないって……どんだけ中央から嫌われてるんだよこの問題児!)
僕は思わず天を仰いだ。
一国の主でありながら、上層部から完全な拒絶反応を示されている。というか、そんな絶望的な政治状況で、この男は今までよく首と胴体が繋がったまま生きてこられたな……!?
「よーし、わかった。状況は完全に理解した」
勝成はポンと手を打つと、懐から板状の魔導具(どう見ても現代のスマートフォン)を取り出し、手慣れたスワイプでアプリを起動させた。
「じゃあ、俺はここでソシャゲのイベントストーリーを消化しとくんで、あとの面倒な事務処理はよろしくぅ〜!」
そう言って、一切の躊躇なくボロ屋の奥へと引きこもろうとする背中。
ガシィッ!!!
「アンタも来るのよ!!」
「グェッ!?」
ヒメの容赦ないアイアンクローが勝成の首根っこを捉え、凄まじい握力でギリギリと締め上げる。
「いっ、いででで! だからどこに行くってんだよ!」
「アンタより上の立場にあって、なおかつアンタの『親友』である、あいつのところよ!」
(……えっ?)
僕は我が耳を疑った。
この、息を吐くようにサボり、都合が悪くなると部下(僕ら)を盾にする人間のクズ(殿様)に、まさか『親友』と呼べる存在がいるというのか。どこの世にも、とんでもない物好き(あるいは同レベルの変人)はいるものだ……。
「ちょっと待て」
首を絞め上げられながらも、勝成はひどく不本意そうに顔を顰めた。
「誰がアイツと友達なんて言ったよ。俺は一ミリも認めてねぇからな。俺がこの世で心から認めるのは、ピチピチの『ちゃんねぇ』だけだから!!」
(最低だよ!! 一国の主がドヤ顔で宣言していい単語じゃないよ『ちゃんねぇ』って!!)
僕の脳内ツッコミが最高潮に達する中、ヒメはもはや言葉を交わすことすら面倒になったらしく、勝成の襟首を掴んだままズルズルと強引に玄関へ向かって歩き出した。
「ごちゃごちゃ言わずに、さっさと行く!!」
「ああっ! ちょっと待て、スタミナが溢れる! せめてログインボーナスだけでも受け取らせろォォォ!」
かくして、ソシャゲのスタミナを気にして喚くダメ領主と、それを物理で引きずっていくゴリラ神、そして胃痛を抱える新米オタク臣下という、前途多難すぎる一行は、謎の『親友』の元へと強制連行されていくのだった。
ーーーーーーーーー
僕たちが(正確には、ヒメに首根っこを掴まれた勝成が地面をズルズルと引きずられながら)辿り着いたのは、『虎ノ國』と呼ばれる領地だった。
地理的には、僕たちの治める『龍ノ口の國』とはちょうど真逆、対極に位置する国である。
ここに来て周囲を見渡し、僕は改めて実感した。二つの国の街並みは、あまりにも対照的だ。
僕らの領地である龍ノ口は、その名の通り豊かな水が常に地を満たしている。暗闇と朱色の灯りが交差し、そこへ砂金を引き伸ばしたような眩い『金色の霧』がふわりふわりと揺蕩う。息を呑むほどに美しく、神々しいまでの幻想的な空気に満ちた街だ。
(まぁ、僕らが住んでいるあの隙間風だらけの限界ボロ山城『以外』は、住民たちの血のにじむような努力と勤労のおかげで本当に素晴らしい街を保っているのだが)
対して、今僕が足を踏み入れているこの『虎ノ國』は――圧倒的な『陽』と『剛』の活気に満ち溢れていた。
見上げれば、天を貫かんばかりに高く聳え立つ無数の巨竹が、街全体を青々とした力強さで包み込んでいる。大通りを歩けば、カンカンと鉄を打つ小気味良い音が絶え間なく響き渡り、精巧に加工された武具や豪奢な装飾品を並べる店が所狭しと軒を連ねていた。
行き交う人々の活気ある喧騒。そして何より、街の中心部に見えるのは、今にも崩れそうな山城などではない。雲を突くような、威風堂々たる立派な『天守閣』がそびえ立っているのだ。
「…………」
僕は、その見事な天守閣と、隣で「スタミナが……俺のログインボーナスが……」とまだうわ言のように呟いているダメ領主を、交互に見比べた。
……おかしい。絶対におかしい。
これだけ豊かで活気のある完璧な自治を行える、有能極まりない国主。それが、ソシャゲのイベントを優先して国家の超重要行事(参勤交代)をブッチするような、この人間のクズ(チンピラ剣士)の『親友』だって?
一体全体、どのような人物が待ち受けているというのだろうか。
類は友を呼ぶと言うが、まさかあのポンコツの横に並び立つような同レベルの変人なのだろうか。いや、この完璧に統治された美しい街並みを見る限り、そんなはずはないと思いたいが……。
僕は、期待と一抹の不安(主に自分の仕える主君に対する果てしない不信感)を胸に抱きながら、高くそびえる天守閣へと重い足を踏み出したのだった。
僕は、期待と一抹の不安(主に自分の仕える主君に対する果てしない不信感)を胸に抱きながら、高くそびえる天守閣へと重い足を踏み出したのだった。
ーーーーーーー
厳かな空気が張り詰める、広大な大広間。
目上の大名に謁見するにおいて、平伏してひたすらに主の御成りを待つのが、この世界における絶対のマナーである。僕とヒメは冷たい畳に額を擦り付けるようにしてひれ伏していた。
だが、案の定と言うべきか。
「ねぇ、まだ〜? もう膝痛いんだけど」
僕の隣で胡座をかき、堂々と欠伸をしているチンピラ剣士が、静寂をぶち破ってボヤき始めた。
「俺の精神、もう崩壊しちゃうよ。新作の『崩壊シリーズ』のデイリーミッションやる前に、俺のメンタルが崩壊しちゃうよ! いっそ『ルールは破るためにある』って銀河列車に乗って言っちゃうよ!」
「安心してください。すでにアンタの人間としての信頼も『崩壊シリーズ』してますから」
僕は畳に顔を押し付けたまま、這いずる虫のような声で即座にツッコミを入れた。
「ていうか、平伏してない時点でもうバリバリにルール破ってますから、頼むから大人しくしててください!」
僕が胃痛に耐えかねて懇願したその時、奥の襖がスッと静かに開いた。
「殿の御成だ。控えよ」
控えの者のよく通る声が響き渡る。
衣擦れの音と共に、上段の間に一つの影が腰を下ろした。ピンと張り詰めた威圧感が、大広間全体を支配する。
「…………」
沈黙。そして、深く、重みのある声が降ってきた。
「コノヤマサクヤヒメ殿。良くぞ参られた」
「はっ。天宮からの報せを受け、我が国のク……主人を、仰せの通り連れて参った次第にございます」
ヒメが、まるで長年仕えてきた忠臣のような、完璧で隙のない所作と共に頭を下げた。
(ほえー……あのはちゃめちゃで横暴な普段の姿からじゃ、想像もつかないくらい厳かな対応だ……)
僕は内心で感心しつつも、ある一点だけは見逃さなかった。
(というかさっき、一瞬『クズ』って言おうとしたよね!? 仮にも一国の主人に対して、公式の場でクズって言いかけたよね!?)
「――龍ノ鬼。またやったのか?」
上段の間に座る殿様が、深い溜息と共に勝成へと視線を向けた。
(龍ノ鬼!?)
僕はビクッと肩を震わせた。おそらく彼の二つ名だろう。っていうか、『鬼』って! どんだけ恐れられてるんだ、このチンピラ剣士は!
「まぁまぁ、そういうなよ。堅っ苦しいの嫌いだろ?」
勝成は平然と顔を上げ、あろうことか一国の主に向かって、馴れ馴れしく手をヒラヒラと振った。
「なぁ〜? チビ千代ちゃーん」
――ドゴォォォォンッ!!!
「チビじゃねぇ! 高千代じゃァァァボケェ!!」
「えぇぇぇぇ!?」
僕が顔を上げた瞬間、上段の間に座っていたはずの殿様が、目にも留まらぬ神速で勝成の眼前にまで迫り、その顎を強烈なアッパーカットでカチ上げていた。
「いってぇぇなぁ! おいコラ、久々に会った親友に対する挨拶がなってねぇんじゃねぇの!?」
勝成が鼻血を拭いながらガン飛ばしで凄む。
「挨拶がなってないのは貴様の方だろ、勝成! 何度も何度もチビチビと言いおって! オレの名前は松平高千代だ、いい加減に覚えんか!」
(やっぱり歴史上の偉人から微妙に一文字だけ違うパチモンだ……!!)
徳川家康の幼名・竹千代ではない。高千代である。どうやらこの世界は、色々とギリギリのラインを攻めているらしい。
「仕方ねぇだろ、実際背が小さいんだからよ」
勝成はやれやれと首を鳴らし、ニヤニヤと悪びれた笑みを浮かべた。
「なんだ? ひょっとして、この間の合コンに呼んでやらなかったことに怒ってんのか? あー、わかったわかった。今度ちゃーんと呼んでやるから泣くなよ。俺たち、同じ独り身の苦労人同士、出会いが少ねぇもんなぁ――」
「貴様と一緒にするな、勝成!!」
高千代が、顔を真っ赤にして激昂した。
「オレは別に、モテるとかモテないなどという低俗な問題にキレているのではない!!」
(そうだ! 言ってやってください、大将!!)
僕は心の中でガッツポーズをした。
(この職務放棄のクズ大名に、為政者としての責任と、社会人としての常識を叩き込んでやってください!!)
「オレはな――!!」
高千代はビシィッと勝成を指差し、天守閣を揺るがすほどの大音声で吠えた。
「合コンに『ロリっ子』の相手がいなかったことにキレているのだ!!!」
――――――――。
「いや、とんでもない性癖暴露しただけェェェェェッ!!!」
僕の全身の血が逆流し、本日最大級の絶叫ツッコミが大広間に炸裂した。
「ちょっとォォォォ! 少しクセがあるくらいの、まともな為政者かと思ったらロリコンだったよ!! 大名にあるまじき最悪の性癖の持ち主だったよ、この高千代!!」
完璧な街並み。威風堂々たる天守閣。
その全てを統べる主は、僕の仕えるクズ領主の『親友』という肩書きに違わぬ、正真正銘の変態であった。
異世界の政治中枢は、もはや救いようのない業の底へと沈み切っていたのである。
威風堂々たる天守閣の、絢爛豪華な大広間。
本来ならば国家の行く末を案じる厳粛な首脳会談が行われるべきその神聖な空間は、今や完全に『性癖の暴露大会』と化していた。
「あーあ、始まったよ。コレだから『ガキ主義』は話が通じねぇんだよ……」
勝成はやれやれと大袈裟に肩をすくめ、心底呆れたようにため息を吐いた。
「ガキ主義などではない!!」
対する高千代は、大名としての威厳を全開にして上段の間から身を乗り出し、堂々と胸を張って世界に宣言した。
「オレは、れっきとした『ロリコン』だ!!!」
(いや、それが世間一般でいう『ガキ主義』ってやつだよ!! なんでちょっと誇らしげなんだよ!)
僕の胃壁がギリギリと削れていく。
「あぁん? ガキのどこがいいんだよ、チビ平!」
勝成が、両手で空中に大きな半球を描くような卑猥なジェスチャーを交えながら吠える。
「やっぱり男が隣に連れて歩くのは、圧倒的な『包容力(物理的なデカさ)』だろうが!!」
「バカを言え!!」
高千代も負けじと、拳をワナワナと震わせて反論した。
「包容力など、成長すればあとでいくらでも身につくものだろうが! 今のその『小さい』という儚い時期だからこそ味わえる、至高の『モチモチ感』があるのではないか!!」
(恥ずかしい! 聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど!!)
僕は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われ、両手で顔を覆った。
(コレが仮にも一国のトップ!? 大名同士の極秘会談のテーマが『包容力VSモチモチ感』!? この世界の政治、完全に終わってんな!!)
「大体なァ!」
勝成は都合が悪くなると論点をすり替えるクズの常套手段に出た。
「俺が参勤交代をサボったのだって、仕方なくだからな! 天宮に人質として差し出せるような、まともな臣下や身内が俺の国には誰一人いねぇからなんだからな!」
「貴様というやつは目が腐っているのか!」
高千代が、ビシィッと鋭い指先を畳の上に平伏している(正確にはドン引きして固まっている)僕らの陣営へと向けた。
「ここにいるではないか! この愛らしい女神(ロリっ子)が!!」
「どこが女神だ!! リンゴを片手で粉砕する、ただの握力バカの『ゴリ女神』だろうが!!」
勝成が即座に、一切の遠慮なくヒメを罵倒する。
(やばいやばい……!)
僕は冷や汗をダラダラと流しながら、周囲の空気を窺った。
(ただでさえキレやすいヒメちゃんが『ゴリ女神』なんて言われたら、今度こそこの大広間ごと勝成を粉砕しかねない! どんどん収拾がつかなくなってきた……!)
これ以上の国家間の亀裂(と物理的な破壊)を防ぐため、僕はすがるような思いで隣を振り返った。
「ど、どうするんですかヒメちゃ――」
――なだめてください、と言いかけた僕の言葉は、信じられない光景を前に完全にフリーズした。
「えへへ……♡ 愛らしいだなんて……そんなぁ〜♡」
怒り狂っているはずのゴリ女神は、頬を真っ赤に染め、両手で顔を覆いながらクネクネと体をよじっていたのである。
(コイツはコイツで、変態ロリコン大名の言葉に浮かれまくってるし!!)
自分の容姿が『愛らしいロリっ子(人質として最高)』と評価されたことに気を良くし、完全に自分の世界に入り込んでいるポンコツ神様。
(いい加減に仕事しろや、この駄女神ィィィ!!)
変態ロリコン大名、巨乳至上主義のクズ領主、そしてチョロすぎる駄女神。
誰一人としてまともな大人が存在しないこの地獄のような大広間で、僕のツッコミという名の精神力は、音を立てて底をつき始めていたのだった。
(いい加減に仕事しろや、この駄女神ィィィ!!)
変態ロリコン大名、巨乳至上主義のクズ領主、そして褒められてチョロすぎる駄女神。
僕の精神力が限界を迎え、ふらりと意識を手放しかけた、まさにその時だった。
「――どっちだ?」
「……え?」
不意に、大広間の空気がピタリと止まった。
先ほどまで血で血を洗うようなイデオロギーの対立を見せていた二人の大名が、ゆっくりと首だけを回し、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光を僕へと突き刺してきたのだ。
「「お前、どっち派だ!!」」
息の合いすぎるユニゾン。
一国の主ふたりから放たれる、鼓膜が破れんばかりの謎のド迫力プレッシャーに、僕は畳の上でカエルみたいに飛び上がった。
「えぇっ!? ぼ、僕ですか!?」
「当たり前だ!」
勝成が、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて身を乗り出す。
「男として生まれたからには、当然『お姉さん系』一択だよなぁ? 包容力に甘えたいお年頃だよなぁ、龍悟ォ?」
「何を言うか貴様!!」
対する高千代は、親の仇でも見るような目で僕を睨みつけた。
「この神聖なる世界において、愛でるべきはロリっ子以外にあり得ん! そうだろ、少年!!」
――究極の二択。
いや、ただの地獄の踏み絵である。ここでどちらかを選べば、選ばなかった方の陣営から確実に物理的制裁(殺意)が飛んでくる。
「え、えっと……僕は…………その…………」
僕は滝のような冷や汗を流しながら、必死に視線を泳がせた。
「「んんんんんッ!!?」」
二人の大名が、鼻息を荒くしてジリジリと距離を詰めてくる。圧がすごい。大名としての威厳の使い道が根本から間違っている!
「お、お姉ちゃん系、です……っ!」
僕はギュッと目をつぶり、絞り出すような声で自らの性癖(?)を白状した。
「なァァァァァァッ!!?」
高千代が、雷に打たれたように両手で頭を抱え、絶望の叫びを上げた。
「よっしゃァァァァイ!!!」
一方の勝成は、ワールドカップで優勝したかのような凄まじいガッツポーズを決め、僕の背中をバンバンと叩いた。
「さっすが俺の龍悟! 分かってるじゃないの〜、うんうん! やっぱ最後は包容力に行き着くよなぁ!」
(……いや、まぁ……うん)
僕は引きつった愛想笑いを浮かべながら、心の奥底にどす黒い秘密を封印した。
(言えない。……『実際はどちらもいける(オールラウンダー)』なんて、死んでも言えない……ッ!!)
そう、僕はただ「どちらかと言えば」お姉さん系に傾いているだけであり、守備範囲自体は広めなのだ。だが、もしこの場で『両方いけます』などと雑食宣言をすれば、極端な過激派であるこの二人から「信念がない」と八つ裂きにされるのは火を見るより明らかだった。
「……龍悟」
ゾワッ。
背筋に、氷柱を突き立てられたかのような悪寒が走った。
恐る恐る振り返ると、先ほどまで「愛らしい」と言われてデレデレに浮かれていたヒメが、一切のハイライトが消え失せた『虚無の瞳』で僕を見下ろしていた。
「アンタは……私の『敵』なのね…………」
(ヒィィィッ!! やばいの起きちゃった!! ロリ代表の女神がガチギレしちゃった!!)
「そうだ、ロリ神どの」
ショックから立ち直った高千代が、ゆっくりと立ち上がり、チャキ……と腰の刀に手をかけた。その顔は、冷酷な処刑人のそれだった。
「コイツらは、我々ロリを裏切った反逆者だ。同じ大名として、この場で成敗しなくてはなるまい……!」
「アンタは一体どういう基準で裁きを下してんのォォォ!?」
僕はついに堪忍袋の緒が切れ、涙目で大広間に響き渡る声で叫んだ。
「ていうか!! 召集!! 天宮から召集かけられた話を続けましょうよ!! 国家の危機なんでしょ!?」
僕が喉を枯らして本筋への回帰を訴えた、その瞬間。
「うむ。それもそうだな」
高千代はスッと刀から手を離し、何事もなかったかのようにコホンと咳払いをして、上段の座布団へと静かに腰を下ろした。
(切り替え早ァァァッ!! なんなのこの人たち、情緒どうなってんの!?)
命の危機から一転、恐ろしくスムーズに再開された首脳会談。
僕の息も絶え絶えなツッコミによって、異世界の物語はどうにかこうにか、本来のシリアスな軌道(?)へと引き戻されたのだった。
先ほどのカオスな空気が嘘のように、大広間にスッと冷たい風が吹き込んだ。
「実はな、勝成。オレが貴様を呼んだのは、参勤交代をサボった件を咎めるためではない」
高千代は姿勢を正し、これまでにないほど真剣な、そしてどこか暗い炎を宿した瞳で勝成を見据えた。
「貴様に……協力してほしくて呼んだのだ」
そう言って高千代が上段の間から滑らせるように差し出してきたのは、黒光りする奇妙な物体だった。
それは精巧に造られた、鉄製の『楼閣建築の模型』であった。瓦の一枚一枚まで緻密に作り込まれており、異世界の技術とは思えないほどの異様な完成度を誇っている。
「コレは……?」
僕が思わず身を乗り出して触れようとした、その瞬間。
「下手に触るなよ。爆弾だからな」
「ば、爆弾!?」
あまりにもサラリと放たれた物騒な単語に、僕は飛び退いて畳に手をついた。
「この世界、爆弾なんてハイテクなものもあるんですか!?」
「まぁ、コイツ、昔から頭の出来だけは良かったからな〜。作ろうと思えば、この程度の兵器は作れるんじゃねぇの?」
勝成は鼻をほじりながら、恐ろしく適当な推測を口にした。
(そんな適当な理由で片付けていいオーバーテクノロジーじゃないでしょ……!)
「で、この物騒な爆弾を使って、一体何をすればいいわけ?」
いつの間にか僕の隣に座り直していたコノヤマサクヤヒメが、胡座をかきながら馴れ馴れしく口を挟む。
(ヒメちゃんも、大名相手にすっかりタメ口だし……)
「もちろん――『妖』たちの制圧よ」
高千代の声が、地を這うように低く沈んだ。
(……妖たちの、制圧?)
「勝成、貴様も嫌というほど知っているはずだ。オレたち人間が、どれだけ奴らに蹂躙され、虐げられているのかを……」
高千代が、ギリッと奥歯を噛み締める。
「確かに、奴らがもたらした未知の技術のおかげで、オレたちの生活は飛躍的に便利になった。だがしかし! それを盾に、奴らはオレたち人間を家畜以下に扱う輩が多すぎる!」
彼の握りしめた拳が、怒りでワナワナと震えていた。
「恐喝に汚職。それはまだ百歩譲って良いとしよう。だが最近では、人を人として扱ってすらない……! 妖の街と隣接する国境付近では、略奪や強奪など日常茶飯事だぞ!」
(なるほど……)
僕は息を呑み、この世界の残酷な構造を脳内で反芻した。
妖たちのおかげで技術的な進歩はもたらされたが、それを理由に圧倒的な力を持つ彼らは蛮行を繰り返している。つまり、現在の人族の暮らしというのは、高度に発展しつつも生殺与奪の権を握られた『植民地』に近い状態なのだ。
「オレたちが最後に抗い、そして戦ったあの戦争で……貴様が得たものは一体なんだった?」
高千代の悲痛な問いかけに。
「………………」
勝成は、一切の表情を消して沈黙した。
いつもは軽薄なあの瞳に、見たこともないほどの暗く、重たい過去の影がよぎったのを、僕は確かに見た。
「『龍ノ鬼』という恐れられるだけの異名と、妖に媚びを売って保身に走る天宮の言いなりになること。その上で与えられた、この空っぽの『地位』のみではないか……!」
高千代は立ち上がり、熱を帯びた声で両手を広げた。
「早々に兵を挙げ、オレたちとこの人の国に光をもたらそうとは思わんか、勝成!!」
大広間が、静寂に包まれる。
国の未来、人間の尊厳、そして過去の清算。これ以上ないほど重厚でシリアスな大義名分を前に、勝成はゆっくりと立ち上がった。
「……悪いが、そんな仇討ちみてぇな復讐劇に、俺は一ミリも興味はねぇよ」
その声は冷たく、酷薄なまでに現実的だった。
「蛮行を繰り返すのは、妖だけじゃねぇ。人だって同じだ……。戦争に勝って立場が変われば、結局俺たちの中にもそういう特権階級を振りかざすクズが必ず出る。……どちらが上になろうが、血で血を洗うイタチごっこだ。俺はごめん被るぜ」
――カッコいい。
僕は不覚にも、心を打たれてしまった。
普段はあんなにポンコツで最低な男なのに、為政者としての芯の部分では、争いの虚しさと人間の本質を誰よりも深く理解している。ただのチンピラじゃなかったんだ、この人は……!
「さっ、帰るぞ臣下ども……」
勝成は背を向け、マントのように羽織を翻して出口へと向かう。
「え、ああ……はいっ!」
僕も慌てて立ち上がり、尊敬の念を込めてその大きな背中を追おうとした。
「今なら、この爆弾を仕掛ける報酬として、ソシャゲの『100連分の課金額』をくれてやると言えばどうする?」
背後から、高千代の悪魔の囁きが響いた。
ピタッ。
勝成の足が、魔法にかけられたように完全に停止した。
「さっさと出陣の準備をしろォォォォ!! 俺たちの憎き敵は妖だ!! 絶対に抜かるんじゃねぇぞ龍悟ォォォ!!!」
「さっきのハードボイルドな大義名分どこ行ったァァァァァッ!!!」
振り返った勝成の瞳には、過去の影も為政者の思慮も一切なく、ただただ「ガチャを引きたい」という血走った欲望だけがギラギラと輝いていた。
100連。たった100連のガチャ代で、この男は平和主義(?)を捨て、国家間の大戦争に秒で加担することを決めたのである。
(もうやだ……この大将の下で働くの、マジで限界かもしれない……)
僕は再びその場に泣き崩れ、己の主君の安すぎるプライドと、異世界の終わっている政治の現実に、深い絶望の涙を流すのだった。
次回予告
龍悟「ちょっとォォォ!!皆さん、僕に爆弾持たせてどーするんですか!」
勝成「知るかァァァ!俺の分まであの世にいけェェェって母ちゃんが言ってた!!」
龍悟「サイテーだよアンタの家族!!」
次回 映画を観るなら早めが良い




