58話 墓荒らし
うずくまり、声にもならない嗚咽のような乾いた涙を浮かべ、広大な草原の中心でただただ膝を折っていた。
そうしてへたり込んだまま、刻一刻と時間が過ぎていく。
赤く染まった夕陽は静かに沈み、凍てつくような暗闇の夜を超え、やがて薄っすらと次の朝がやってきた。
――そんな時だった。
長年「軍神」として修羅場を潜り抜けてきた勘が、背後に潜む『気配を消そうとしている者の気配』を敏感に捉えた。
その刺激でハッと意識が覚醒し、自分がそのまま一丸一日を草原で過ごしていたことにようやく気づく。
背後まで歩み寄ってきた何者かは、俺の真後ろ、間合いのギリギリでピタリと足を止めた。
そいつが腰に帯びている鉄の擦れ合う音から、剣を備えていることだけは察しがついた。
「墓荒らしか?」
マルクは立ち上がることすらせず、うつむいたまま重い口を開き、冷ややかに背後へ向かって問いかけた。
「やっぱりいると思ったよ、軍神マルク……。グレンの勘はすげぇな、本当に帰ってきてるなんて」
「……解答になってねぇな」
「墓荒らしかって? そうだなぁ、それを言うなら君の方が――君の存在自体が、ここに眠る人たちにとっての墓荒らしなんじゃないかな?」
何も返せなかった――言い返す資格も、言葉すら持ち合わせていなかった。
何も言えず、ただ黙り込む。
何の言い訳も、免罪の理由も言えない今の自分が、かつてフィナに言い放った身勝手な正論の裏返しのようで、ただひたすらにやるせない。
「ねぇ……軍神マルク。君、今死にたくない? 殺したげるよ、俺が」
「あぁ……死ぬべきだな」
「なら――」
「だが……死ねない」
「そんなに意地汚く生きても、死んだ人に無礼だよ」
「死んだら……終わりなんだよ……。終わりってのは、全部だ。罪も、苦しみも、贖罪も……何もかもが終わってしまう」
「へぇ、それは随分と大層なことで……まぁ、君の意思なんて関係なく殺すけどさ」
俺は勢いよく振り向き、腰の刀の柄へ手をかけた。
そこに立っていたのは、栗毛の短髪をしたエルフの男。ニヤリと嫌悪感を煽るような笑みを浮かべ、見下ろすように俺を凝視している。
嘲笑うような、冷笑するような……ひたすらに憎たらしい顔だった。
「お前は……誰だ」
「そんな震えた手で俺を斬る気かい? 軍神マルク。……教えてやろう、俺の名はジーク。『千撃のジーク』だ」
千撃のジーク――聞いたことがなかった。
そんな大層に名乗るほどの名なのかも分からない。目を丸くする俺に対し、ジークは嘲笑を深めながら顔をぐっと近づけてきた。
「君……知らないんだ。じゃあ……言い方を変えようか。俺は『技極』が一人……十席、千撃のジークだ」
「――――は?」
技極? 更新されたのか? なぜ俺を狙う?
グレンって奴に察知された? グレンって誰だ?
いや――――――十席??
「おい……! フィナはどうした……!?」
「フィナ?」
ジークは心底興味なさそうに首を傾げた。
「お前、嘘をついてるだろ……! 十席には『神災』フィナがいたはずだ!」
「フィナ? ………あぁ、アルマフィエルのガキか」
アルマフィエル? ――いや、それより、フィナは……!
「殺したよ。あんなザコ」
――刹那。
思考より先に肉体が跳ね、俺の剣が爆音と共に振り抜かれていた。
「ハハッ! いいねぇ、ノってきたんじゃない!?」
キンッ、と甲高い金属音が草原に響き渡る。
俺の渾身の横一文字は、いつの間にか抜かれていたジークの細身の剣によって、いとも容易く受け止められていた。
「フィナを……殺しただと……?」
「そうだよ? 『旅人』様の邪魔になる奴らは、全員新しい技極のメンバーで綺麗に掃除したのさ。旧時代の『技極』なんて、消えてなくなるべきなんだよ!」
ジークの口から放たれる嘲笑。
その言葉の意味を理解した瞬間、俺の中で何かがブツンと音を立てて弾け飛んだ。
自分が「怪物」であることも、罪を背負って生きる理由も、すべてが燃えさかる怒りの炎の中へと呑み込まれていく。
「ふざけるな……! ふざけるなよ、クソガキがぁぁぁぁッッ!!!!」
俺は刀を押し込み、刃と刃が擦れ合って激しい火花が散った。
フィナが死んだ?
あの、俺の暴走を止め、俺に「生きろ」と、幸せの選び方を教えてくれたあの子が?
あんな理不尽な死を、こんな歪んだ連中に奪われたというのか!?
「死なないと言ったな、軍神! なら見せてみなよ、その泥臭い足掻きってやつをさぁ!」
ジークは空高くその剣を掲げる。
俺は静かにそしてもう一度剣を構えてた。
これは俺の八つ当たりじゃない。
俺の、初めての復讐だ。
「絶対領域」
戦いの火蓋が切られる。




