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「フロンへ行くなら、ここを通ると近道になるよ」
「えっ、ちずには――」
「載っていない秘密の道なんだ」
お茶目にウィンクをして、ローガさんが微笑む。美味しいお昼ご飯をいただいたあとのティータイムには、ローガさんブレンドの紅茶を淹れてもらった。お茶菓子はアルトゥール作のクッキーだ。前に街の食事処で貰ったクッキーと同じ味がする。
「ボクは同行できないけれど、代わりにこれを」
そう言ってローガさんがテーブルに置いたのは、匂い袋のような物だった。手に取ると、柔らかく不思議な香りが漂う。初めて嗅ぐ匂いだ。
「これは?」
「魔物避けさ。フロンの近くには厄介な魔物がいるからね」
「……たしかに、川のまものはやっかいです」
フロンは巨大な塩水湖の畔にある街だ。湖には当然川が繋がっている。そして川には水棲の魔物がいるのだ。道中、その川の近くを通るため、遭遇率を減らせるのは助かる。フロンの近くには物理攻撃が効きづらいスライムなんかも出るらしいし。
「ついでに夢魔避けも入っているから、寝る時は枕元に置いてね」
「むま」
「ああっ、いや、淫魔ではなく! フロンの近くで悪夢が問題になっているらしくて……魔力の残滓から、強力な夢魔がいるかもって……」
だからメインは夢魔避けで、魔物避けとしての効果は大きくないのだと続けた。それでも弱い魔物には遭遇しなくなると聞いてポーチへ仕舞う。
「夢魔か……ついでに調査しておこう」
「はい。ギルドも調査はしているらしいのですが、難航しているようです」
侯爵と話していたアルトゥールが夢魔という言葉に反応する。彼が動くのなら、あまり心配する必要はないだろう。
「……フム。では私からはこれを」
侯爵の言葉を聞いて、控えていた従者が、布に包まれた細長い物を持って来た。立たなくていいと制されたため、座ったまま受け取る。想定よりも少し重い。これは、まさか。
「剣をダメにしたと聞きましたのでな。新しい物を用意させました」
アルトゥールに貰った剣は、あの青年が溶かしてしまったのだ。掴まれていた部分が、ドロドロになっていた。
近くにいた私は熱を感じていなかったのに、剣だけ……
せっかく貰って、気に入ってたのに……
「試作の魔導剣ですから、好きに使っていただければ」
「何ができる?」
「そちらには耐熱と靱性の強化に軽量化を。ご入用であれば、炎熱を発する物なども用意できます」
布を取り払うと、剣の柄に魔石が埋められていた。刃渡りが少し長めだけれど、これくらいなら許容範囲だ。あとで試しに振ってみよう。
鞘に収めて、膝の上に乗せる。
ふと、こちらを見ているアルトゥールと目が合ったので、剣をぎゅっと抱き寄せた。あげないよ、という意思表示だ。
「……今度、私からも何か贈らせてほしい」
「えっ、いらないです」
これ以上貰ってしまったら、アルトゥールが死ぬまで返済し続けないといけなくなる!
「フ、フフ……てぃ、ティアーナ嬢……っ、そういう時は貰ってもいいと、思うよ……」
ローガさんが肩を震わせながら言う。
「フフ……アハハ……っ、フ、貰った物を返す必要は無いし、どうしても返したいなら、機会が巡った時でいいんだよ」
ツボにハマってしまったらしく、目尻に涙を浮かべている。そうは言っても、他人から物を貰うのはなとアルトゥールを見たら、困ったように笑っていた。
「無理はしなくていい」
「はい……」
侯爵が興味深そうに、私とアルトゥールの様子を見ている。その視線が落ち着かなくて、もう一度剣を抱き締めた。
ティータイムが終わり、出立の準備をしているとローガさんがやって来た。きっとまた会えるだろうけれど、今は別れることに変わりない。良くしてもらった分を返せていないから、次会った時には返そう。
「先程は笑ってしまってすまない」
「いえ。気にしてません」
「そうか……その、アルトゥール様がすげなく断られているのが珍しくて、ね。というわけで、お詫びにこれを」
そう言いながら、ローガさんは私に糸を握らせた。赤青金銀とカラフルだ。
「これでハンカチを刺繍するか、飾りを作ってみるのはどうかな」
「アルトゥールに、ですか?」
「ああ。貰っても返せないと断るよりも、プレゼント交換にしてしまえば気持ちが楽になるかと思って。どうかな」
確かに、それは名案だ。
手の内の糸を眺めていると、創作意欲が湧いてくる。物作りが得意なエルフで良かった!
「ありがとうございます! やってみます!」
上手くいったら、ローガさんの分も作ろう。ローガさんに渡すなら、装飾品が良いかも。
アルトゥールには何がいいかな。この糸で作れる物以外にも、私に作れる物はたくさんあるはずだ。
「それじゃあ、また会える日を楽しみにしているよ」
「いろいろと、ありがとうございます。ローガさんに、ひかりのかごがありますよーに!」
エルフの祖であり、エルフたちの王である神は光り輝く美丈夫だったと言い伝えが残っている。そのため私たちエルフには『光』が重要な位置付けにあるのだ。
我らが王、我らの神の加護があなたにもあるようにという祈りを込めて、言葉を紡ぐ。
何があっても、光があなたを導いてくれますように、と願うのだ。




