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鬱蒼とした森が月明かりを遮り、わずかな光が地を濡らしていた。草木も眠る闇夜に、美しい歌声が響く。


そんな闇を斬り裂くようにして、青年が立っていた。


白妙の髪は肩を越えて流れ、小さな光すら反射して輝いている。白磁のような肌も相俟って神々しさすら漂わせていた。


更に目を引くのは美しい瞳だ。髪や肌が青空に浮く雲だとしたら、真昼の太陽は瞳に宿っている。今が夜だと忘れてしまいそうなほど、明るい光を放つ青年。昼の化身だと言われても一笑に付せない説得力がある姿。


暗闇の中、白く染め抜いたような青年がうっそりと笑んだ。


「人間の技術の粋を見れるなんてね。担ぎ上げられてみるものだ」

「うごかないで!」


見惚れている場合じゃない。ハッとして剣を握り直した。


青年が緩慢な仕草で私を見る。所作のひとつひとつが、人を惑わすほどに艷やかで美しい。


「うん? おやおやおや、まさか豊穣の君かい? こんな所で巡り会えるとは思いもしなかった。気紛れてみるものだね」


私に気付いた青年の表情が、妖艶な笑みから、人懐こいものへ切り替わる。あまりにも変化が大き過ぎて、対応が遅れた。あと数歩の距離まで詰められている。


「こ、こないでっ!」


ローガさんから私へ興味が移ったのは良いけれど、得体がしれない。恐怖に上擦った声が出てしまった。


剣が鈍らないように深呼吸をする。相手は武器を持っていないが、油断はできない。体術を使うのか、魔術師なのか、見た目だけでは判断ができなかった。


線が細く筋肉量が少ないように見えるけれど、体幹がブレていない。体重移動も滑らかだ。只者ではない。


「おや、違う? 見間違えた……? この、僕が?」

「あなたは、なにものなの」


今の私では、彼に勝てない。なんとなくそんな気がする。

それなら戦いをなるべく避けて、作戦が終わるまで時間を稼ぐしかない。あとは、アルトゥールが気付いてくれるのを祈るしか……


「あー、何者か……そうだなぁ、お前から見たら僕は災いかな。どうだろう、答えになってない? ちょうど退屈していたんだ。遊んでおくれよ。なあ、余所者同士仲良くしようぜ」

「なにを、いってるの」

「遊ぼうって誘ってるんだ。やりたいことをやりたいようにするんだ。……ああ、でも、無理か。平和主義の日和見チャンだったもんな」


喜怒哀楽がコロコロと変わる表情。気味が悪い。

そしてまるで、私のことを昔から知っていますとでも言うような素振り。誰だ、コイツは。


「でもやっぱ、お前と遊んでみたいなあ……何か欲しい物は? 剣や装飾品ならすぐに用意できるぞ」

「いらない!」

「そうか……残念」

「あなたはなにもの? てつどうをこうげきしたのも、あなた?」


一歩、距離を詰められる。敵意は感じないけれど、恐ろしい。何か大きなものを相手にしているような、底冷えする恐ろしさ。迷宮の主だって、彼ほど恐ろしくはなかった。

ローガさんはまだ魔術の途中(歌っている)。作戦終了まで、あと少しだ。眼前の彼を取り逃がすのは惜しいけれど、命の方が大事。私の仕事はローガさんを守ること。


「魔導鉄道の事件については、関与していないよ。楽しくなさそうだったからね。で、何者か、か……」


瞬きの間に、眼前が白く染まった。近付くと上質な衣を纏っているのだとわかる。薄く白い衣を幾重にも着ているようだ。その上、一枚一枚、趣が違う。

一言で表すならば『白』だけれど、複数の白を使っているのだ。この衣装を作った者は、きっと高名な技術者だろうと窺える繊細さ。


「僕は、お前がかつて災いと呼んだ者。とは言え覚えていないだろうから、そうだな……エンディでどう?」

「エンディ?」

「ああ! そう(エンディと)呼んでくれよ」


思わず振り下ろした剣を、彼は素手で受け止めた。そのまま、にこりと笑っている。

私は剣を押すことも引くこともできずにいた。まるで地中に剣を刺したみたいに動かない。物凄い力だ。


見下ろされて、睨み返す。

やはり、弓ではなく剣で正解だった。弓矢を届かせることはできなかっただろう。けれど剣なら、今の間合いを保つこともできる。


「エンディ。あなたは、わたしのてき?」


お日様みたいな満面の笑みに、ぞっとする。彼は、放っておいていいものじゃない。


歌が止んだ。


作戦は無事に終了したようだ。


それと同時に、一閃。


陽光よりも更に強い光が差す。


「ティアーナ!」


闇夜に負けない、炎のような赤い髪。冴え冴えとした青い瞳。光の剣を携えたアルトゥールが立っている。


「へえ……面白いことになってる。そうか、そうか! これなら僕も楽しめそうだ」


威力を抑えていたとは言え、アルトゥールの剣を受けても飄々としている青年――エンディはとてもじゃないが普通の人間だとは思えない。傷ひとつ付いていないのだから、彼は、本当に、何者なのだろう。


剣を引っ張られて、思わずたたらを踏んだ私をエンディはそっと抱き留めた。不思議な香りがする。


「ありがとう、ローレンティアーナ。また会おう、光――」


言い終わる前に再度、アルトゥールの剣が斬撃を放った。光が止んだ時、エンディの姿はなかったけれど、死んではいないだろう。上手く逃げ果せたに違いない。


気がつけば、私の手のひらには、彼が纏っていた白絹の欠片が残されていた。


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