95話 お前達はもう動けない。さぁ行け木の葉達
夜を迎えた森にぽつぽつと焚き火の明かりが灯る。それら大半は受験者達が休息を取るべく作った火だ。特別試験官も紛れるようにして体力を回復させる。試験初日の夜は長い。日中は準備運動むしろここからが本番と考える者もいるはずだ。
あらかじめ集合場所を決めていた俺達は、人払いの魔術を張って、互いに持ち寄った材料で食事をとると決めていた。ちなみに料理をしてくれたのはフェリスだ。野営をする際はいつも彼女にお任せしている。
「当初の予想通り、協力し合う受験者が出てきましたね」
「ルールでは禁止されていないからな。その分、裏切り者の心配もしなければならない。賢い奴らは信頼できる仲間と一緒に試験に挑んでいるだろうさ」
湯気が上るスープをフェリスから受け取る。先に受け取ったシルクは毛束を手のように使い、すでに食している。
「同じ立場になってようやく苦労が分かるというかさ。当時の特別試験官の気持ちが今になって理解できるよ。休む暇も無い」
三歩進めば受験者に当たる。
これまでにない参加数なのは事前に知らされていたわけだが、こちらの想定を上回る察知能力で、血を嗅ぎ取った狼のごとく群がってくるのだ。なんとか逃げた先でも罠や待ち伏せがいて、水を飲む余裕すらない。
「そういやシルクも実技試験を受けたんだよな。当時はどうだった?」
「よく分からない。シルクはスタートと同時に腕輪を解除した。実技試験は今回が初めて」
自力解除ですか。さすがというか。
実技試験の合格条件は腕輪の解除だ。タッチしなくても解除できれば合格である。ただし、その難易度は現実的ではないとされるほど高い。ルルーナから聞いた話だが、過去実技試験で腕輪を自力で外せたのはたったの五人だけだそうだ。シルクはつまり、その五人の一人。
俺は手をすりあわせて腰を低くする。
「ぜひシルク様にはずっと名称未定にいていただきたい。どうかなにとぞ」
「今のところ離れるつもりはないが、その気持ちの悪い言動を続けるなら本気で検討するつもりだ」
「そういや銀の護剣のライザも自力で外したんだっけ?」
「ライザはよく頑張っている。シルクはもっと褒めてやりたい」
孫を可愛がる祖父のように、シルクは彼女を気に掛けている。なにかと褒めたがっているのが良い証拠だ。やはり中身はじいさん、間違いない。
「その、さ、腰とか痛くないか? キツかったらいつでも言ってくれて良いからな?」
「年寄り扱いするな。シルクはまだまだ現役だ」
シルクはぷんぷん怒っている。
おおっ、やはりじいさん。今の発言は年寄りだと認めたようなものだ。しかし、年齢が読めないな。六十代? いや、七十代か。あるいは他種族の老年。もしエルフなら二百歳は超えているはず。うーん、なんかこう透けて見えないだろうか。
どうにかして中身が視えないか俺はじっと目をこらす。
すると、隙間から目が合ったような気がした。
「ラックスはなぜ剣聖になった?」
「それ、私も聞きたかったです」
シルクの質問にフェリスも反応し、二人は俺に強い興味を抱いているようだった。
あー、昔話ね。苦手なんだよな。特に剣聖時代は。
「なりたくてなったわけじゃないんだけどね。なるしかなかったというか、他に選択肢がなかったというかさ」
「それってどういう――」
「しっ」
魔力の網に反応があった。
こちらの真っ直ぐ向かってくる何か。俺達はいつでも動けるよう武器に手を添え神経を集中させる。
「こんなところにいらしたのですね」
暗闇から姿を見せたのはギルド職員のクラインだった。バックスフロウ遺跡で知り合った調査隊の隊長だった人物。彼は「警戒は不要です。ほら、腕輪はないでしょ」と暗に受験者ではないと明示した。
クラインは荷物を地面に下ろし、ガサゴソと中を漁り始める。
「昇格試験には手伝いとして参加しておりまして。主にルルーナさんのサポート係みたいな感じですかね。運営が少しばかり落ち着きましたので恩人である皆さんに差し入れをと」
そう言いながらクラインは荷物から分厚いベーコンを取り出す。さらに果物もいくつか取り出し、最後に水の入った瓶を置いた。
「しかし、どうしてここが?」
「腕輪ですよ。実はその腕輪には結界内限定で居場所を知らせる機能が付いていまして。魔術をそれなりに使える者なら簡単に探し出せるのです」
「そんな機能が……それはそうとして、私達だけ特別扱いしてよろしいのでしょうか。仮にも試験を行う側が」
フェリスの疑問にクラインは「ルルーナ様とサリウス様には許可を取っております」とにっこり微笑み、ベーコンを切り分け、取り出したフライパンの上に厚めのベーコンをぺたりと載せた。じゅううと脂の良い匂いが立ちこめ食欲がそそられる。
「運営も人間ですので気に入った特別試験管には支援をしたりしていますよ。もちろん試験の進行を妨げない程度にですけど。受験者に手助けするのはルール違反ですが、特別試験管はその枠に当てはまらないですし、皆様には実技試験をやり遂げていただく責任があります。このくらいのお目こぼしはあってもいいのではないですか」
器に入ったベーコンをクラインから受け取った俺は熱いうちに囓る。
切り分けてパンに挟めば絶品だ。
「それでは私は行きます」
「ゆっくりしないのか」
「ええ、居座ると試験に差し障りがあるかもしれませんので。二日目と三日目、頑張ってくださいね。皆さんは私が一番応援しているパーティーですので」
彼は笑顔で手を振り去って行った。
◇
A級昇格試験――四日目。
俺は森の中を駆ける。追いかけるのは例の双子だ。
どうあってもギルから引き離したいらしく今日もしつこく俺を捜し回っていた。
もちろん俺とて逃げるだけではない。後方を確認するフリをして引き締まったくびれや太ももを、じっくり観察していたりする。兎族は優れた脚力を有する。それだけに足はしなやかでエロい。
「ちょこまかと! なんなのあの動き!」
「信じられない。獣人の私達が追い切れないなんて。何よりキモい」
延脚を使って俺は常に高速移動を繰り返し、分身のごとく二人を翻弄していた。つまり双子は無数の俺を追いかけているのだ。
「これ以上追われたくないのなら約束しなさい。今後ギルに近づかないと」
「ここには回復師が数多くいる。足の一本射貫いても問題ないんだから」
「じゃあこうしないか。俺は大人しく足を射貫かれるから、代わりに双子ちゃんのくびれやお尻を間近でじっくり観察させて貰うってのは」
「「殺す」」
ダメか。良い交渉だと思ったんですけどね。
まぁ向こうもああ言っているとおり脅しの意味合いが強いようだ。それほど殺気は感じないし、攻撃自体も手加減はしてくれてるみたいだし。ただ、あの様子だと殺してもいい状況なら本気出しそうなんだよな。怖い怖い。
そろそろ受験者の相手もしないといけないから、ここら辺りでお別れしちゃいましょうかね。
俺は木の枝で足を止めると、短杖で魔術文字を描く。
付与するのは『敏感』である。効果としては少し肌から受ける刺激が強くなるだけの使い道のないデバフだ。だがしかし、もし元から敏感な相手がこれを受けたとしたらどうだろう。弓士は何かと感覚に頼る戦闘職だ。逆に言えば感覚に優れた者でなければ務まらない職でもある。
「しまった、デバフを!」
「でも、変だよ。何も変化がない」
動揺する双子ちゃんに俺は下卑た笑みを浮かべた。
ふわりとラナに木の葉が落ちる。それは彼女の肩に触れた。
「ひゃん!?」
「ラナ!」
長髪兎ちゃんがびくんと身体を震わせる。
刺激が強すぎたのかぺたりと座り込んでしまった。
「ラナに何をした、付与士!」
「敏感のデバフを付与しただけさ。俺を追うと言うなら今よりももっとひどい目に遭わせるぞ。ほら、君の肩にも葉っぱが」
「んんんんっっっ!?」
短髪兎ちゃんもびくんと身体を震わせ身体を硬直させる。
二人とも息が荒くし動けない様子だ。
「この、鬼畜」
「覚えていろエロ付与士」
「いや、まだ行かないから。ここでもう少し見物するから」
「「早くどこかに行け!!」」
怒鳴られてしまったので渋々立ち去ることに。
来週の更新はお休みです。次回更新は7月20日(月)。
ちなみに次はクラリッサ回です。





