12話 バックスフロウ遺跡(4)
フェリスを背負って宿へと戻る。
後のことは全て調査隊隊長のクラインに任せていた。
ちょうどギルドからの応援も来たところだったので、帰還に使用した転移魔法陣をそのままにして帰還することにしたのだ。
使い捨てとは言えしばらくは使用可能だ。
あそこを調査した者によって、ちゃんとした出口もいずれ見つかることだろう。
代座にあった魔道具は放置した。
お宝より仲間の方が心配だったからだ。
一応だけど道中で応急処置は済ませてある。
ポーションもあったし、治癒促進の付与も施したので大事には至らないだろう。
「困ったことになりました。色々秘密にしていたのですけどね」
「今日の晩ご飯なんだろうな。楽しみだなぁ」
「話を逸らさないでください。見ましたよね。私の仮面の下と鎧の下を」
「ははは、何のことかな? ラックスわかんなーい」
「この人は」
何も見なかった。そう、俺は何も見なかったのだ。
どう考えてもトラブルの臭いしかしない。
女の、それもすんごい美女であるこいつが、男装をしてまで隠したい事情なんて知りたくもない。知れば関わるしかなくなるからだ。
これまで通り正体不明の頼れる仲間でいいじゃないか。
それがいい。考えてみれば真に信頼される必要はなかった。上手くやってきたのだからこれまで通りの関係を続ければ良かったのだ。
ちなみに今のフェリスは、姿を隠すためにマントを羽織りフードを深くかぶっている。
「正直に言ってください。見たんですよね、わ、私の下着を!」
「ピンクの可愛い下着なんて知らないよ」
「えっち、ラックスのえっち!」
かぁぁぁっとフェリスは顔を紅潮させ、俺の背中に顔を埋めた。
ええ、バッチリ見ましたとも。ピンクの下着を。
まさか鎧の下にあんなメロンを隠していたとは驚きだ。
「おーい、ラックスさん!」
宿の前で手を振るのは新人ちゃん達だ。
向こうも同じく帰りらしく昨日と変わらずボロボロ。
ただ違うのは、今日は三人とも晴れやかな顔だった。
「聞いて聞いて、討伐成功したんだよ!」
「結界に追い込むまでは苦労しましたけどね」
「大変、だった」
剣士ちゃんは胸を張り、魔術師ちゃんは嬉しそうにはにかみ、シーフちゃんは無表情でどやっている。
とんでもない急成長だ。ついこの間までは初心者向けのダンジョンで、あたふたしていた連中だったんだけどなぁ。本当に本当、ギルマスの言うとおり期待の新人かもしれない。
剣士ちゃんが「あれ?」と背中のフェリスに意識を向ける。
フェリスは、さっと顔を伏せフードを深くかぶった。
「まさかフェリスさん、怪我したんですか!?」
「強い魔物に出くわしまして。心配しないでください。ラックスの付与と手当てのおかげで大事には至りませんでしたから」
「急いで横にしましょ! ラックスさん早く部屋に!」
剣士ちゃんが、宿のドアを開き中へ招く。
魔術師ちゃんとシーフちゃんも、身体を拭けるよう桶とタオルを探しに走った。
「良い子達ですね」
「だな」
仮面を付けていないと素が出てしまうのか、フェリスは女の子のような柔らかい口調でくすりと笑う。
◇
アバンテールに帰還した俺を待っていたのはギルマスであった。
「行方不明者の救出、アラクネの討伐、未確認の魔道具の発見。まずはよくやったと褒めさせて貰おう」
「どうも。けど、なんで魔道具の発見まで? 俺はフェリスを優先して置いてきたんだけど」
テーブルには、あの時目にした黄金の杯が置かれていた。
対面に座るギルマスは「受け取れ」と杯をこちらへとスライドさせる。
「あの部屋に到達した時点で、発見者は名称未定となった。あれだけあからさまに置かれていれば、発見できなかったとは考えにくい。あとは、ギルド本部からの謝意とでも受け取ってくれ」
「それは嬉しいけど、すでに調べているんだろう。これがどういった魔道具か」
「等級は黄金、注いだ水を葡萄酒に変える力があるそうだ」
「とんでもないな。いかにもギルド本部の連中が欲しがりそうな魔道具じゃないか」
「出てくるのが美味い酒ならな。味は安酒レベルだ。それでも破格ではあるのだが……ギルドとしては貴族連中が欲しがるようなものでなければ確保する意味は薄くてな」
ああ、交渉材料にならないと。
安酒なんて金を出せばいくらでも手に入れられる。自慢のコレクションくらいにはなりそうだけど日常的に使用するとは考えにくいな。
くれるってんなら遠慮なくもらおう。
安酒が口に合っている俺にはかなりいい魔道具だしさ。
「アラクネは倒したんだ。深部への探索も可能になったんだろ。これより有能な魔道具だって出てくるさ。このまま最深部まで突っ切ってやるよ」
「その件について一つ報告がある。あの遺跡への探索は銀の護剣が引き継ぐことになった。それに伴い今しばらく立ち入りが制限される」
「はぁ!? 横取りかよ! ふざけんな!」
「言いたいことは分かる。しかし、ギルド本部からの信用は銀の護剣の方が上だ。今回はたまたま手が空いておらず、探索を名称未定に頼む形となった。本格的な探索ともなれば信頼のある銀の護剣に頼むのは致し方ない」
申し訳なさそうにするギルマスにでかかった言葉を飲み込む。
怒ったところで状況は改善されない。どれだけ最強だと叫んだところで、最強を証明できなければ信用なんてされない。特に名称未定は巷では色物集団とか言われている。外見だけでもどちらが信用できそうなのかは明白だ。
どさりと目の前に革袋が置かれる。
音からして今回の報酬だろう。
「詫びとして少し色を付けたそうだ。それからこれは私から」
「割引券? ニャンニャンマッサージ?」
「心身共にリフレッシュしてくるといい。もちろん普通のマッサージだ」
「普通のマッサージね。普通の」
すっ、と可愛い女の子のイラストが描かれた券を、マジックストレージに収納する。
ああ、ずいぶん疲れた。身体がかちこちだ。
マッサージ店に行かないとどうにかなりそうだ。そうだ、ギルマスにマッサージ店の割引券をもらったなぁ。次の仕事に差し障るから身体をほぐしに行かないと。そう、決してやましい気持ちからではない。やむを得ずだ。
「また頼むぜ」
「うむ」
俺とギルマスは固く握手を交わす。
俺達は今日、互いを紳士だと認めたのだ。
まったくこんな場所を知っているなら早く言ってくれよ。すっかりあんたを勘違いしていた。
爽やかに俺はウィンクして退室する。
◇
ホームに戻ったところでフェリスと遭遇する。
彼――じゃなく彼女は、夕食の準備にとりかかるらしく抱えた籠には野菜が入れられていた。
「お帰りなさい。報酬の方はどうでした?」
「色を付けて貰ったよ。それから取り損なった魔道具も俺達の物になった」
「じゃああの依頼は大成功ってことですね」
「そうなる。効果はともかく黄金級だから売ればそれなりの値段になるだろうし」
置いておいても酒代の節約にもなる。
案外良い物を貰ったのかもしれないぞ。グランノーツの酒の消費も馬鹿にならない。これさえあれば出費を抑えることができる。いつでも仕事があるとは限らない、貯められるときに貯めておきたい。いつまで続けられるかも分かんないしさ。
「ところでフェリス、なんだか女っぽくなったよな」
「えぇっ!? そうですか!?」
「俺は今の方が好きかな」
「ふ、ふーん、ラックスはこっちの方が好みなんですね」
指で毛先をくるくる遊ばせるフェリスは、照れているようだった。