13話 フェリスの後を追いかける俺はストーカーではない
自室の洗面台で、鼻歌を歌いながら”作った顔”を確認する。
今日の俺はラックス・サードウッドではなく、小さな商会を経営するパドリックさんだ。
現在の容姿も、六十代ほどと皺が深く鼻の下には髭もある。全くの別人。
変装を覚えたのは付与術の修行の最中。
凄腕シーフから変装術を伝授され、こうして今もその腕は衰えていない。
年相応の服装を意識してお高めの紳士服を身につけた。
さらに金貨で膨らんだ革袋を手提げ鞄に押し込み、メンバーにバレないよう裏口からホームを出る。
大通りに出てそこから貧民街の方へと向かう。
みるみる建物の外観は簡素で安っぽいものとなり、痩せこけた野良犬がうろつくようなすさんだ路地へと入った。
貧民街の一画に孤児院がある。
大地の女神を信仰する教会が建てたそこは、十数名の親を亡くした子供が日々暮らしているのだ。シスタークラリッサは彼らの母親代わりとして日々世話をしている。
庭では子供達がボールで遊んでおり、俺を見つけるなり笑顔となった。
その場で屈むと子供達は薄汚れた服で抱きついてくる。
「こんにちはパドリックさん!」
「どうも、元気にしていたようだね。シスターはいらっしゃるかな」
「いるよ。クラリッサママ~! パドリックさんが来たよ~!」
子供達が簡素なそこそこ大きな建物へと入って行く。
ここが彼らの住まう家だ。決して広くはない。それどころか狭いくらいだ。
ドアを開けて出てきたのはシスタークラリッサである。
彼女は安堵したように俺に向かって微笑んだ。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ中へ」
「失礼」
俺はテーブルに金貨が詰まった革袋を置いた。
対面の椅子に座るクラリッサは、申し訳なさそうに頭を深く下げた。
「パドリックさんの寄付にいつも感謝しております。これでもうしばらく孤児院を続けられそうです」
「お礼だなんて。私はただ罪滅ぼしをしているに過ぎないのです」
「罪滅ぼし、ですか?」
「ええ、昔やったことへの報いでしょうか。しかし、子供達の成長はそれとは別に、とても楽しみにしているのですよ。彼らがどのような大人になって行くのか、私は手助けをしながら見届けたいと思っているのです」
ここにいる子供達は、先の魔王との戦いで親を亡くしている。
魔王は魔物が進化し続けた先になる生きた災害。
貪欲に肉を求め魔物を支配し、その果てに村も町も国すらも滅ぼす。
故に人々は必死で抗い、我が身を犠牲にしてでも家族を守るのだ。
「なんて素晴らしい方なのでしょうか。パドリックさんに女神のご加護があらんことを」
「それでは私はこれにて」
「あ、子供達と一緒に遊ばれないのですか?」
「実はこの後、用事がありまして」
「そうですか」
席を立ち、俺は部屋を出る。
すると子供達がわっと足下に集まってきた。
「パドリックさん、また魔王を倒した剣聖のお話を聞かせてよ」
「ねぇ剣聖様はどこに行ったの?」
「僕のお父さんは剣聖様を助けたんだよ」
最年少で剣聖の称号を授かった若き天才剣士。
彼は軍を率いて単身で魔王を倒した。
だが、その後行方をくらまし現在剣聖の称号を有する者は不在。
剣聖に親を殺されたようなものなのに、彼らはそんな奴に憧れているのだ。
「クラリッサさん、少しばかり長居をさせてもらうことにするよ」
「はい。どうぞお好きなだけ」
手を差し出すと子供達が一斉に握る。
その温かさが嬉しかった。
◇
孤児院を出て大通りを目指していると、見知った顔を見つけて咄嗟に壁際に隠れてしまった。正面から歩いてきていたのはフェリスであった。
今のところ素顔を知っているのは俺だけだ。
外ではこれまで通り仮面をつけて男装をしている。
通り過ぎたフェリスはこちらには気が付いていないらしく、その手にはリュック型のマジックストレージが握られていた。
俺が普段使用している小型のものと違い、リュック型は収納数が段違いに多くその分値段も張る高価な品物だ。あんなものを持ち出すのは、大型の魔物を倒したときか大量の物品を運ばなくてはいけない時くらいだ。
先を行くフェリスの背中を、壁から壁へ隠れながら追いかける。
そういえばたまに行き先も告げずどこかへで出かけていた気が。もしかしてこれが外出先なのか。
素顔は見られたが、未だに素性は謎なんだよな。
本人もそのあたりは話したがらないし無理矢理聞き出すのも俺の主義に反する。向こうから話してくれる方が信頼されるって感じがして自己肯定感爆上がりできる。
それとなく何者なのか知るには好機ではないだろうか。
(曲がった)
角を曲がったフェリスを追いかけ俺は走る。
気が付けば路地のさらに奥にある路地裏に入り込んでいた。
この辺りは複雑で、俺でも全体は把握していない。
周囲の建物は徐々に古くみすぼらしいものへと代わって行く。
地べたに座り込む人々は、ボロボロの服を着ていてその目には活力が感じられない。
(見失った)
角を曲がるとフェリスの姿はどこにもなかった。
ふと、一軒の店に目が向く。魔道具を売っている錬金術師の店のようだ。
「少ない支援ですが皆さんでわけあってください」
「感謝いたします。フェリス様もご無理をなさらずどうかご自愛ください」
「ええ、故郷を取り戻してからそうさせてもらいます」
俺はすっと壁際に身を隠した。
店から出てきたのはフェリスと老婆であった。
フェリス、様……?
故郷を取り戻すってどう言うことだ??
「全てを忘れ、ご自身の人生を生きてもよろしいのですよ。誰も貴女を責めてたりしません。すでに充分尽くしてくれております」
「私は自分の望んだ人生を歩んでいますよ。よき仲間に囲まれ、憧れていた外の世界で冒険をしています。失いかけている全てを取り戻したいのも私の我が儘なのです。気に病む必要はありません。この【フェリス・フレアハート】の名に誓って必ず貴方がたの信頼に応えて見せます」
きびすを返しフェリスはこの場を後にした。
残された老婆は「神々よフェリス様をお守りください」と悲しみから両手で顔を覆う。
俺はそっとその場を離れた。
どうやらかなり込み入った事情があるようだ。
顔を隠し性別を偽るくらいだ。重い何かを背負っていることはなんとなく察していた。様付けされるくらいだから貴族様なのだろうか。故郷を取り戻すとかどうとか言ってたからあの老婆とは同郷ということになる。
そんなに俺って信頼できない男かな。
素直に話してくれれば渋々助けるんだけどな。渋々。
しかし、フレアハートね。どこかで聞いた家名なんだよな。どこだったかな。
どんっ、と大通りで人にぶつかってしまう。
考え事に夢中で前方をよく確認していなかったようだ。
「申し訳ない。お怪我はなかったかな」
「平気だぁ。ん? この感じはぁ、ラ、ラララ、ラックスかぁぁ!」
目の前にいたのはザインであった。
彼は変装しているにもかかわらず即座に俺と見抜き、ずいっと顔を近づけ血走った目で凝視する。
「しっー、なんで分かるんだよっ」
「魔力の色と匂いが、おお、おおおお、同じだ」
「色や匂いなんて魔力にあるのか?」
「ある。せ、せせ、性質も、違いがあるぞぉ」
へぇ。知らなかった。
魔力から個人を特定するなんて初耳だ。普通は多い少ない濃い薄いくらいしか判断できないものなんだけどな。
ザインだけの先天的な特殊感覚だろうか。
それとも未だに不明なザインの種族が関係してるとか。
コイツも謎が多いよな。
俺はザインと並んでホームへと向かう。
「なんで大通りにいたんだ」
「ち、ちち」
「血を?」
「チーズの、おお、美味しい、喫茶に行ってたんだぁ。きき、きんちょうした」
今もドキドキしているらしく、ザインは胸の辺りを手で押さえていた。
さぞかし喫茶の店員と客は驚いただろうな。
血を啜ってそうな外見だもんな。




