表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

舞姫

 イヴァル男爵領を抜けるかという頃、セピア達は、気候が大分変わってきたことに気がついた。


 特に、峠を超えたところから、顕著になった。



 風は冷たく、草は低く、針葉樹林がポツポツと見えている。


 朝、踏みしめる大地は、しゃりっと音がした。足の下で何かが砕ける。


 こんな感触はセピアには初めてだった。息が白く煙のように舞うのも、また興味を引いた。


「寒いね」


 道中、行商人から購入した厚手のマントを被る。


 内側が毛羽立っていて、ぬくぬくと温かい。



 ガイも、鎧を脱いでいることが増えた。


 鉄製の鎧は、暑さ・寒さに弱いのだと言う。


 代わりに、何枚もなめした革を重ねて作った鎧に着替えていた。


 バルドーと、さして変わらない服装だ。どちらが上位なのか、服装ではわからない。


 ガイは、領民のことを考えていた。こんなにも国が荒れてしまった現状に、悲しくなる。


 バルドーは主人の顔を見て、自分が確りと守り切らねばと決意を新たにした。



 ムアルは、もともと革鎧だったので、マントを女の子らしくお洒落に着こなしていた。


 だが、身長が低めなので、時々裾をブーツで踏みそうになっていた。


(メルロンは何処にいるのかしら……)


 彼女の探し人は、神出鬼没で、いつ会えるか分からなかった。



「兄さんは、父さんは、何処にいるんだろう……」


 セピアが、探している家族に、思いを馳せた。



 ……セピアの兄ノアは、父親を超えたいと常々思っていた。


 トラブ村にいた頃から、その思いは強かった。


 徴兵された時、思春期只中だったこともあり、父親より活躍したい、手柄を立てたいと感じていた。


 しかし、いつも父親が彼の前に立ち塞がった。


 何でも卒なくこなす父親が、鬱陶しかった。


 どうして同じ隊に入れられたのか、と、日々鬱屈していた。



 ある戦で、ノアは、父親を誤射という名目で殺した。


 勿論、意図的なものだった。


 だが誰も彼を咎めなかった。戦場では、特に乱戦状態では、良くあることだ。



 その後も、ノアは、邪魔と感じた存在を消して回った。


 やがて自身が隊を率いるようになり、彼は好き放題に暴れ回った。


 隊は、強盗団に変化していた。



 ノアは名を捨てた。


 故郷も捨てた。


 荒くれ者達に、良い羊の取れる村があるぞと、トラブ村を売った。


 結果、トラブ村が襲われることになった。


 村に残ったはずの母親も、弟も、どうでも良かった。



 これこそが、本当の自由だ! 誰も俺を阻める者などいない!


 ノア、いや、グーハシュバルクと呼ばれるようになった男は、更なる力を欲して、クロウランサー族の娘を捉えた。


 爪を自由に伸び縮みさせ、槍のように操るネコ科の獣人は、妹を人質に取られて、従順に動くしか無かった。荒くれ者たちが、わざと姉猫の前で、牢に閉じ込めた妹猫を、甚振って見せつける。


「ファーリン、俺の言うことを聞くんだ。俺の邪魔をする奴は、順に消していけ。言う通りにすれば、お前の妹猫も少しは長生きが出来るだろう」


 ファーリンは怒りに毛を逆立てたが、従うしか無かった。妹猫を失ったら、ひとりぼっちになってしまう。


 グーハシュバルクは、ファーリンの集落も壊滅させていたのだ……。



 兄が思春期を拗らせたうえ、狂気にあてられて、おかしくなっているとは思いもしないセピアは、まだ父と兄を探していた。無事を祈っていたし、正気であると信じていた。



「ああ寒い。鼻が赤くなっちゃうわ」


 ふうふうと指先に息を吹きかけて暖をとるムアル。



「何方です!」


 突然、ファーリンの奇襲を受けて、ガイが盾を構えた。鋭いファーリンの爪が盾を滑って、耳に痛い、嫌な音を立てる。


「ガイ様、油断召されますな」


 バルドーが前に立つ。ファーリンは名の通り、葉が風に舞い踊るかのように、殺戮の舞を踊った。


「バリアーノ!……ちょ、寒いから出たくない? 何ワガママなこと言ってるのよ!」


 火精霊の友が言うことを聞かないので、ムアルが苦戦している。


「仕方がないわね……ティルカ! あの娘を束縛しなさい!」


 樹精霊は召喚に応じたが、低木と針葉樹林しかない土地だ。どうにもならない。



 ファーリンは爪を長く伸ばし、槍の穂先のように揃えて、バルドーに挑みかかった。


「兄さん!」


 セピアが剣を構え、ミムを庇いながら、ファーリンの背後に目をやった。


 すっかり雰囲気の変わった兄ノアが、そこにいた。


 邪悪な笑みを浮かべながら、ファーリンの活躍を見ていた。


挿絵(By みてみん)


「兄さん、父さんは!?」


「知らないね」


 それより、とグーハシュバルクはセピアに近づいた。


「背後の白い娘を寄越しな」



「ミムは、渡さない!」


 セピアは、兄の狂気を感じ、剣を持ち直した。


「そんな目をした兄さんは、信用出来ない! ノア兄さんも、シィアーヌの邪気にあてられたの?」


 グーハシュバルクは、クロスボウを取り出し、躊躇せずに、弟を射た。


 セピアが胸を押さえて倒れる。ミムは抱え起こし、貫通した傷口にそっと青い光をあてた。


「ほう、治癒の術か。あると便利だな。ますますお前が欲しくなってきた」


 下卑た口調で、グーハシュバルクはミムに近づく。


 カツカツとブーツが、霜を踏み砕いた。



 ミムの、渾身の後ろ回し蹴りが、グーハシュバルクを宙につき飛ばした。



 ファーリンは、吹き飛ばされたグーハシュバルクに巻き込まれ、体勢を崩した。


 バルドーとガイが息を合わせて、斬りかかる。


「やめてあげて! その子には、妹がいるのよ。脅されて私達を襲ったんだわ」


 ミムは琴を抱えて、ファーリンを見た。


 ぽろんと、風が弦を鳴らす。



「何がしたいの、シィアーヌ! 世界をおかしくして、皆の心身を痛めつけて……何が望みなの!」


 ミムが天に向かって問う。セピアは兄に向かって叫んだ。



「兄さん……母さんが、故郷が……」


「知っている。俺が襲わせた。醜鬼族との取り決めを破らせて、な」


 セピアは、ガラガラと世界が崩れたような気がした。襲わせた?……兄が?


 全て、兄に仕組まれたことだったのか?


「父さんは?」


「殺した。次は、お前だ。そしてその白い娘を貰い受ける」



「させませんぞ!」


 バルドーがセピア達とグーハシュバルクの間に割って入った。


 ファーリンの相手はガイとムアルが務めている。


「そうか。じゃあ、死ね」


 グーハシュバルクは、素早く間合いを詰めると、バルドーの額にぴたりと矢じりをあて、クロスボウで頭ごと吹き飛ばした。


 流石にこれはミムでも治せない。


 ミムはセピアの傷を治しながら、「何てことを!」と叫んだ。


「バルドー!」


「ガイ、よそ見は命とりよ!」


 部下の元へ走ろうとするガイ。止めるムアル。襲い続けてくるファーリン。


 ガイはファーリンの爪を押さえて、力任せに圧し折ろうとしたが、クロウランサー族の爪は鋼に例えられるほど硬い。


 逆に投げられてしまった。地に仰向きに倒れたところで、喉を爪で貫かれそうになる。


 樹精霊ティルカが、危うくガイの首を守った。植物がファーリンの爪に絡みついて、動きを封じる。


 荒くれ者達の気配が近づいてきた。


 グーハシュバルクとファーリンだけで襲ってきたのではなさそうだ。



「バリアーノが呼べれば、森ごと一網打尽なのに……!」


 ムアルが唇を噛む。


 シィアーヌの居城まで、もうそう遠くない。行きつけないのか、と皆が絶望的に思った時。



「おねいちゃんのとこへ、かえれー」


 狐妖精アマランスが、精霊界から姿を現した。


 ぽーいと、人質になっていた妹猫をファーリンに放り投げる。



「パリス、剣は返したからな」


 放浪者が、精霊狐の王に、細長い布の包みを手渡した。


『生前の俺の愛剣か』


「しらねぇよ」



 彼らの出現により、戦況は大きく変化していた。


 ファーリンは戦意を失い、傷だらけの妹猫を舐めている。


 荒くれ者達とグーハシュバルクは、ティルカの樹操作により、足元を束縛されて動けなくなっていた。


「下草の存在に気づくのが遅れたわね」


 ムアルは自省する。



 そして、精霊達の出現により、人間を狂わせていた狂気が、緩んでいた。


「このまま、シィアーヌの元へ行け」


 放浪者は一行に言った。



「バルドー……」


 もう二度と起きては来ない仲間を、皆、悼んだ。


 ガイは涙を堪えて、彼の遺体にサーコートを被せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ