生きた幽霊
「困りましたね」
身体の透けた悪魔の幽霊が、夜空に輝く黄金龍を見上げていた。
「本来の黄金龍は、中立の属性のはず。なのに、こんなに邪気に冒されている。……私にも責任が無いとは言えませんけれど、酷すぎますね」
黄金龍は天体現象であると同時に、魔気(魔術の源)の塊でもある。
五千年に一度の周期で大接近し、そして……地上の龍たちを呼び起こす。
そう、龍の繁殖期が、近づいているのだ。
雌を巡る雄龍同士の戦いは、地上を焼き払い、大陸中を荒野に変えてしまうだろう。
そんな物騒な時期が近いのに、世界は邪気に満ちている。
争いは止むことなく、死者は増え続け、憎しみと怨嗟と怒りと狂気が、黄金龍を蝕む。
「そうだね、ティスクィラフェルゼ」
銀髪混じりの茶髪の少年が、相槌を打つ。人間離れした、尖った耳介。どこか透けて見えるのは、気のせいではないようだ。
彼は、『生きた幽霊』と生死を共にすべく存在する、魂の双子――名を、リスラウネという。
細い線状の瞳に、向かって右側が水色、左側が金色という、非対称の異形の白目が特徴的だ。
「君が人間に魔術を教えなければ、ここまでひどくはならなかったかもしれない」
「そうですけれど……」
リスラウネに指摘され、俯く幽霊。
「それを恐れて、皆、宝石都市を封印して滅ぶことを選択したのに。君は色々、持ちだしすぎたんだ。知識も、魔法の品物も」
はっと他者の気配を感じて、透明な悪魔は振り返った。
そこには、フロイスと、黄金龍を象った琴を持つ少年が、歩いていた。
「おやおや……」
今度はこんな少年を選んだのですか、と琴の真名に呼びかける。
そして、幽霊は、フロイスを眺めた。歩くふりをしているが、蛇の胴体を引きずった跡がズルズルと草むらに残っている。幽霊が、宝石めいた目を細めると、フロイスの真の姿が霞んで見えた。
「お二人は、どちらへ行かれるのでしょう?」
透明な悪魔は声をかけた。リスラウネがやれやれと肩をすくめる。
魂の双子は、里を離れるのが難しく、食人習慣があるはずのフロイスと、新たなる龍琴の持ち主に興味を引かれていた。
二人は丁寧に頭を下げた。
「魔石を探しているんです」
呪歌うたいのステイリーファ・ミンストレル、通称スティンが素直に答えた。
「食人衝動が無くなる石が、この辺りにあると、樹エルフの友達から聞いたので……」
フロイスも素直に続けた。
「ああ、そう言うことなんですね。待っていてください。その石なら差し上げられるはずです」
透明な悪魔は装身具だらけの身体を探り、真っ赤に輝く魔石を取り出した。
フロイスが近寄ろうとすると、軽く手で制する。
「その琴と交換です。如何でしょうか? 断っても構いませんよ。ただ、あなた方はその琴が、持ち主の命を吸っていることを、ご存知かどうか、知りませんが」
「そうなんですか?」
透明な悪魔は頷いて、歴代の龍琴保持者と没年齢を並べた。
数百年は生きているらしく、次々と人名が淀みなく出てくる。
どの保持者も、短命だった。
「スティン、どうする? 君の商売道具だろ?」
スティンは考え、悪魔に琴を渡した。
「君が苦しむのを、もう見たくないから」
赤い魔石を受け取り、スティンは微笑んでフロイスに手渡した。
二人が行ってしまうと、リスラウネは呟いた。
「君の悪い癖だ。人助けって言いながら、いつも魔石を大振る舞い。黄金龍が歪むのも仕方がないね」
そこに放浪者が現れた。
「生きた幽霊を探している。心あたりはないか?」
リスラウネに尋ねてから、放浪者は、まじまじと、透明な幽霊を見つめた。
「何でお前たち、透けているんだ?……」
「私が、生きた幽霊だから、ですよ」
透明な悪魔はそう言って、今し方、手に入れた龍琴を鳴らした。
「棺の寝心地は如何でしたか? 培養管よりは目覚めが良いと思ったのですが」
「お前……」
「そうですよ。あなたの魂を新しい肉体に転生させた者です。あなたの生前の依頼がありましたので」
透明な悪魔はそう言って、空を見上げた。
「黄金龍はより邪悪に染まっています。誰かが、殺意をばらまいているのでしょう。今までと違う所から、天を覆ったバリアが壊れ始めています」
「この空から星が消えたのは……」
「私の力です」
透明な悪魔は頷いた。
「太陽や月、黄金龍は、光量が強すぎて、覆いきれませんでした。それでも少しは暗くなったはずです。誰かが黄金龍に穴を開けると思わなかったので、もう少し保つと思っていました」
「穴を開けた奴に、心あたりはあるのか?」
「ええ。我が眷属の生き残り、下等悪魔のシィアーヌでしょう。彼女は力を欲しています。私のように直接黄金龍に干渉できるほど、あの女悪魔には力はありませんから」
放浪者は、ふうむと腕を組んだ。
「お前が黄金龍を浄化すれば、この混乱は収まるのか?」
「浄化のための力が必要です。邪気を祓うため、沢山の善意を集めなければ」
「そいつは、難しそうだ。……俺に何が出来る?」
「この戦乱をかき回している、ある軍勢を、止めればいい」
リスラウネが答えた名は、亜人と魔物の混成軍、その指導者だった。




