樹エルフのフォスファー
世界樹という、少し現実とは次元のずれたところにある、もうひとつの空間があった。
「何処も彼処も、おかしいよ。みんな、戦ったり、争うことばっか考えてる」
樹エルフの少年、フォスファーは、世界樹の中から、世界中の様子を見ていたが、耐えられずに、自身も渦中に飛び込むことに決めた。
「抑止力が必要だと思うんだ。僕は、この世から、争いを無くすために頑張るよ!」
さて、では何が抑止力になり得るだろう?
フォスファーは考えた。争いを止めるには、第三の勢力が必要だ、と。
それも、人間や亜人たちが見過ごせないくらいの、圧倒的に強い集団でなければ意味がない。
半魔の賢者、アイゼニア。
はぐれハーピィのウィーネ。
主人を失い、放浪していた、黒豹型の使い魔、ルース。
ポルミール族と呼ばれる、人犬、アウチャ。
グリフォンのエルナード。
フォスファーは、あちこちの森や山を探し回り、たくさんの仲間を見つけ出した。
いずれも、故郷や仲間を失い、荒れ狂っていた。
樹エルフであるフォスファーの清らかなオーラで正気を取り戻し、復讐に燃える想いを役立て、昇華させようと、皆、フォスファーを指導者に選んだ。
「革命を起こそう。僕たち魔物だって、亜人だって、命の重さは人と変わらない!」
フォスファーは仲間たちを率いて、戦乱の世の中に飛び込んでいった。
戦いを好まない晶蛇族の少年フロイスは、食人衝動を抑える魔石があることをフォスファーに教わり、呪歌うたいの少年と一緒に探索の旅に出ることにした。
イヴァル男爵領を横断中、セピア一行は日が暮れたので、街道ぞいで野営した。
目覚めると、ムアルの目に映るのは、いつもの光景。
バルドーが火を起こし、ガイがウァルディアの世話をし、セピアがテントを畳んでいて、ミムが携帯鍋の中をかき回している。
「放浪者は?」
ムアルは目をこすりながら、尋ねた。バリアーノを現世に引っ張り出すため、頑張ってしまったので、まだ疲れも残っていたし、眠かった。移動の疲れも重なっていたかも知れない。
イヴァル男爵から提供された携帯食のシチューが温まる。
砦を守った礼、とのことだ。
ギリューレたちも、無事に解放されたらしい。
本来は、イヴァル男爵も、悪人では無いのだ。
シィアーヌと関わったために、悪魔の邪気にあてられたのだろうと、ミムとアマランスの話を聞いて、皆、推測していた。タペストリー越しの接触でも、それだけ人を惑わすのだ。悪魔というものは本当に恐ろしい。
この、のどかな朝の風景に、アマランスは、いない。パリスが来て、嫌がる彼女を精霊界へ連れて行った。
「やだあ~せぴあちゃんたちと、いっしょがいいのぉ~」
『いいから来なさい! 俺たち精霊狐は、あんまり人間界に干渉しちゃいけないの!』
……と、こんな按配だ。
「放浪者なら、昨夜、何処かに行っちゃったよ。生きた幽霊を探すんだって」
「ちょ! 何で行かせたのよ! あたしは母さまをどうしたらいいって言うの!?」
思わず、セピアに食ってかかる。ムアルは、放浪者がメルロン本人であったことに、執着していた。
母さまを救える唯一の手がかりだと、思い込んでいたのに。
「諦めたらいいんじゃないか?」
ぬっとその場に現れたのは、ムアルを追っていたかつての刺客、フレイムエルフのファウだった。
「旅の途中で耳に入れたんだが、亜人と魔物の軍勢が、凄い勢いで、戦を潰して歩いているって話だ。指導者は樹エルフらしい。俺も参加してみようと思う。争いを止めるために、圧倒的な力で双方をねじ伏せるやり方は、野蛮だが、効果的ではあると思う。喧嘩両成敗とも言うしな」
「私は、賛成できないわ……憎しみは、憎しみを、生むもの。その軍勢も、いつか崩れるわ。より圧倒的な戦力によって」
憂いを帯びた目で、ミムが呟いた。
誰も触っていないのに、琴がぽろんと音を立てた。
舞台はフォスファーの軍勢へと移る。
フォスファーと、軍師アイゼニアの戦略により、亜人・魔物混成軍は、絶大な戦果をあげていた。
だが元がはぐれ者たちの混成軍。戦にも、容赦が無かった。
「双方を滅ぼしてしまえば、復讐の意志すら湧かないだろう」
軍勢の行軍は過激を極めた。それは、フォスファーの意図していた方向性ではなかった。
「誰も、皆殺しにしようなんて、言ってない!」
「この戦乱を止めるための戦争では無いのか? 誰も生き残らなければ、戦乱の起こしようがない」
「僕は、抑止力になれれば、それで良いと思っていたんだ……!」
徐々に徐々に、フォスファーに寄せられる仲間からの信頼が、崩れていく。
ファウが参戦する頃には、軍勢の指揮を取りきれずに苦しむフォスファーがいた。
指導者が揺らぐと、どうなるか。
秩序ある軍ではなく、破壊と殺戮のための集団が出来上がる。
まして構成員は亜人と魔物。
シィアーヌの影響があろうが無かろうが、関係なく、元より性質が荒い者たちばかりだ。
彼らは、残虐な行為にも抵抗が全く無かった。
フォスファーの軍は、世界に殺気と邪念を撒き散らす大きな要因に、変貌していった。




