表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/19

第5話 食糧が尽きる日

《殺人事件の可能性がある?》

 セシャトの質問に対して、霧矢は端末ごしにうなずいた。

「可能性が大きいか小さいかはともかく、その可能性はあると思う」

 霧矢の深刻な声に、セシャトは嘆息した。

《だいぶ困ったことになったわね。死体捜索とどっちを優先するかなやましいわ》

「これはぼくの憶測なんだけど……検史官とアドバイザーも殺されたんじゃないの?」

《アマノとユウカを殺害した犯人に? しかもその犯人はエイリアンじゃなくて人間?》

 霧矢はうなずいた。

 が、それは端末越しにはわからない動作だと気づき、すぐにつけくわえた。

「うん……セシャトさんは、エイリアンのしわざだと思う?」

《現場検証をしてみないと、なんとも言えない。というか、キリヤくんはエイリアンの犯行をうたがってたんじゃないの? どうして急に否定的になったの?》

 霧矢は事情を説明した。彼とトトは、事件現場のあとかたづけと称して、遊花と甘野のコンパートメントを念入りに調査した。血や肉片が飛び散っている箇所もあったが、こうなっては臆病になってはいられなかった。

 そして、三つの重要なことを発見した。

 ひとつめは、どちらの部屋にも出入り口はひとつしかないこと。入り口のドア以外に、人間が通れそうなスペースはなかった。天井に通気口が通っているらしかったが、その穴は鉄格子でしっかりとふさがれていた。霧矢とトトはそれをはずそうと試みたが、できなかった。それに、むりやりはずしたようなあともなかった。

 ふたつめは、ドアがオートロックではないこと。内側からロックを自主的にかけないと、自動ドアのように勝手に開いてしまうことがわかった。その証拠に、霧矢とトトが遊花の部屋に入るときは、マザーの許可を再度取る必要はなかった。つまり、事件当時、遊花はドアを内側からロックしていたが、甘野はしていなかった、という事実を意味していた。

《となると、サクラさんの証言にはいちおう整合性があるわけか》

「だね。彼女は発砲音を聞いて甘野の部屋のようすを見に行ったら、勝手にドアが開いたって言ってる。甘野がドアを内側からロックしなかったのなら、そうなるよね。遊花さんがシャワーを浴びようとしていたのなら、内側からロックしたのは納得がいくよ。ただ、そうなると……」

《現場は密室ってことになるわね……で、みっつめは?》

「これが一番ぼくのなかで不思議なんだけど……シャワーはわざと冷水になってた」

《わざと?》

「シャワーは自動温度調節で、ふつうはお湯が出る仕組みなんだ。冷水に切り替えるときは温度設定をさげないといけないんだ。つまり……」

《つまり、()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()、ってことね?》

 セシャトの解釈に、霧矢も同意した。

「だから、ぼくの意見を言わせてもらえば、これはエイリアンの襲撃にみせかけた殺人事件だよ。しかも密室殺人なんだ。甘野のほうは単なる事故死かもしれないけど、遊花さんのほうはそうだとは思えない……ところで、こっちとは合流できないの?」

《いろいろやってるんだけど、入り口は全部ロックされてるの。パスコードも通らない》

 その情報に、霧矢はふと思い当たることがあった。

 いちど、みまわりで行けるところまで行ってみようと思い、ラボを通り過ぎてさらにその奥へ足を運んだことがある。ところが、そこから百メートルもしないところでシャッターが降りており、そのシャッターがまったく開かないのだった。

 霧矢は甲板の町並みを思い出した。あれはどう見ても、大きな街の一区画以上の広さがあった。機関部や電気系統がどうなっているのかは分からないが、船内の居住部分は、これまで見てきた面積よりも遥かに広いはずである。

「もしかして、茜さんはぼくたちの移動範囲を制限してる……?」

《茜さんが、どうかしたの?》

「うん、じつはさっき……」

 霧矢は、マザーと茜とのやりとりを説明した。

 すると、セシャトは大声で、

《中央制御されてるわけねッ! どうりで開かないわけだわッ!》

 とさけんだ。

《霧矢くん、その茜さんが音声認識でロックをはずしてたのは、まちがいないのね?》

「うん……あ、待って、そのまえにパスワードを入力してた」

 セシャトの舌打ちが聞こえた。

《2段階認証か……両方手に入らない?》

「音声はHISTORICAで録音できるけど、パスワードはさすがに……」

 銃声。霧矢は通話を切って、ラボをとびだした。コックピットへもどる。

 硝煙をくゆらせる銃を天井に向けた茜と、それを見守る乗組員たちの姿があった。

「茜さんッ! なにがあったんですッ!?」

「キリヤ! 気をつけてッ! アイツが出たッ!」

「アイツ?」

「エイリアンだッ!」

 ところが、茜の必死の形相とはうらはらに、箕倉とドクターはしらけたような顔をしていた。霧矢は、茜に確認する。

「茜さん、エイリアンはどこにいるの?」

「あそこッ!」

 霧矢は、茜が指差した天井の一角を見上げる。格子状の鉄棒をはめた通気口が、人間ひとり入れそうなほどの口を開けていた。

 照明の角度のせいで、通気口のなかがどうなっているのかを伺い知ることはできない。ネズミが顔を出したとしても、注意深い人間だけが気づくであろう、そんな暗さである。

「……逃げたの?」

 霧矢の声は、とうに興奮からさめきっていた。

「わたしが撃ったら、逃げていった」

 茜の解説は、霧矢の疑念を晴らさなかった。

 見間違えではないのか――他のメンバーも、内心そう疑っているように見えた。

「姿を見たの?」

「あ、頭部のでっぱりを……すこし」

「ほかに見たひとは?」

 霧矢は箕倉、ドクター、トト、篤穂、サクラの順番に目をくばった。だれも答えない。それどころか、篤穂は「バカバカしい」と言わんばかりに、テーブルの席にのけぞっていた。

 この霧矢の態度は、茜を傷つけたらしかった。

「……信じてくれない?」

「そ、そうじゃないけど……」

 じぶんの台詞の白々しさに、霧矢はどぎまぎしてしまう。

「じゃあ物音は? 鳴き声とか? ……トトさん、なにか聞いた?」

「……いえ」

 トトは首をふって答えた。

 茜はどもり始める。

「ほ、ほんとうだ。音がしなかったのは、遠かったから」

 茜の弁明は、その感情的な動揺を除けば、ある程度の説得力を持っていた。天井までは3メートル近くあり、この距離で物音が聞こえるかどうかは、あまり定かではない。それにエイリアンが鳴き声をあげるのかどうかも、霧矢は知らなかった。

 それにもかかわらず、霧矢の中では、信頼よりも不信の方が優勢になりつつあった。

 だが、ここはひとまず茜を落ち着かせることがたいせつだと考え、

「わかった……おたがいに気をつけよう……」

 とフォローした。

 茜はすこし気が楽になったらしく、うんうんと首をたてに2度ふった。

 茜は銃を持ったまま、箕倉に話しかける。

「わたしはドクターと見回りにいく。食事をお願い」

 茜はドクターといっしょに、コックピットを出て行った。

 箕倉は、昼食とも朝食ともわからない食事の準備をはじめた。

 篤穂は席を立つと、

「あのバカから銃はとりあげたほうがいいんじゃないの」

 と言って、個室へもどろうとした。

 サクラはそれをみて、

「て、手伝わなくていいんですか?」

 とたずねた。

 篤穂はうしろ髪をなでながら、

「キャプテンは箕倉を指名したんでしょ。それに、サクラ、あんたはわたしが頼んだ衣服のつくろい、さっさと終わらせといてね。着替えはないんだから」

 と言って、個室に消えてしまった。

 箕倉はキッチンで洗い物をしながら、

「いいですよ。衣食住の衣もだいじです」

 とつぶやいた。サクラはしばらく迷ったらしかったが、個室にもどった。

 霧矢はしばらくボーッと立っていたが、やがて箕倉のそばに歩み寄った。

 ちょうど食料の箱を開けていた箕倉は、あまり感謝のこもっていない調子で、

「キリヤくん、手伝ってくれるんですか。ずいぶんと親切なんですね」

 と言った。

「手持ち無沙汰ぶさただからね」

「動機はどうだっていいですよ。労働量の減り方は同じです」

 食事の用意と言っても、極めて簡単なものだった。箱を開けて中から機内食のような安っぽいタッパーを取り出し、それを電気コンロにかけるだけである。

 火の番はトトに任せて、霧矢と箕倉は、貯水タンクの水を汲み上げていた。ステンレス製の銀光りするコップに、オイルポンプのようなもので水を流し込むのだ。衛生的に大丈夫なのかと、霧矢はすこしばかり不安になる。さいわいなことに、油の皮膜は見当たらなかった。

 2杯目に取りかかろうとしたとき、コップを持った箕倉が口をひらく。

「キリヤくん、通信機みたいなもので、だれかと連絡をとってますよね?」

 ポンプを手放しそうになった霧矢は、あわてて柄の部分をにぎりなおした。

「そんなにおどろかなくても、いいじゃないですか」

 箕倉は顔もあげずに、そうつぶやいた。

「あ、茜さんもこのことを?」

「彼女は知らないですよ。っていうか彼女じゃ気付きっこありません」

 気付きっこないという言い回しに、霧矢はなんとなく納得した。

 彼女にはあまり観察力があるように見えなかったからだ。

 箕倉は、さらにセリフを継いだ。

「ねぇ、キリヤくんも、もう気づいてるんでしょう」

「……なにに?」

「茜さんが、ずいぶんニブいってことに、です」

 茜がにぶいという指摘に、霧矢はとまどいを覚えた。

「そうかな、茜さんはキャプテンとして、よくやってると思うよ」

「茜さんなりによくやっている、というのは認めます。彼女は境界知能(ボーダー)ですからね」

「ボーダー?」

「かろうじて知的障がいじゃないと認定される、そういうIQレベルってことです」

 霧矢は、あやうくコップのひとつを落としそうになった。

 箕倉は平然とつづけた。

「IQが七〇から八〇くらいのひとを言うんですがね……まあようするに平均よりだいぶ下なんですが、知的障がい者じゃないんです。それに、僕はそのことで茜さんをどうこういう気はありません。だいたいIQなんて人間の属性のひとつでしかないんです。ただ、彼女は純粋にちょっと足りてないんです」

 この情報は、霧矢にとってはショックだった。

 箕倉はそれを見透かしたように、

「ルッキズムの偏見ってありますよね」

 とつぶやいた。

「ルッキズム?」

「見かけがなによりも優先、ってやつです」

 霧矢は、茜に対して抱いた第一印象を、よくよく思い出してみた。

「……そうかもしれない」

「もし茜さんが冴えないおじさんだったら、あんなに優しく接してもらえませんよ。まあ僕くらいしかあいてにしないんじゃないですかね」

「まるで、じぶんだけは偏見をまぬがれてるみたいな言い方だね」

「イヤみに聞こえましたか? それはすみません」

 ますます嫌みったらしいように、霧矢は感じた。

 二杯目のコップがいっぱいになり、霧矢は手を休めた。

「箕倉くんは、ずいぶんと落ち着いてるんだね。遊花さんたちが死んだときも……」

「僕は気が強くないですからね。だからでしょう」

 からかわれているのだろうか。霧矢には意味がわからなかった。

「どうかしましたか? ……ああ、僕が矛盾したことを言ってると思ってるんですね? 違いますよ。僕みたいなタイプは、こういう事態に直面すると、恐怖よりも諦めが先に来ちゃうんです。まあ、死んでも仕方ないかな、って。人間、死ぬときは、どこにいてもなにをしていても、死にますからね」

 あまり好ましくない話題だと、霧矢は気まずくなった。

 だが、そんなことは気にも留めず、箕倉はしゃべり続けた。

「遊花さんたちがだれに殺されたのかは、それは知りませんけどね、エイリアンだろうが、このなかのだれかだろうが、僕らを待っている運命よりは百倍マシですよ。そりゃあ、斬られたときは痛かったかもしれませんが、ドクターの話では、気をうしなってシャワールームに倒れこんでいたんでしょう? 苦しみもなにもありません」

 箕倉の話に聞き入っていた霧矢は、ポンプに最後の余計なひと絞りを入れてしまい、コップから水があふれた。

「ご、ごめん」

「かまいません……最後の最後で、この一滴を後悔するかもしれないですけど」

「……最後の最後?」

 箕倉は三杯目のコップを添え、水の出を待つ。

 霧矢が作業を再開したところで、箕倉も話をもどした。

「餓死ですよ」

 箕倉の言葉に、霧矢はハッとなった。船倉を一瞥する。

「まさか……食糧が……」

「ええ、そのまさかです。ここを見つけたとき、最初になにをしたと思います? もちろん、水と食糧の確保ですよ。それがないと死んじゃうんですからね。この倉庫はすぐに見つかりました。ところが、ほかの備蓄がさっぱり見当たらないんです。仕方ないので、マザーにそのことを尋ねました」

 霧矢は、ごくりと唾を飲んだ。その先は分かり切っている。

 箕倉は、確認のためだけに、言葉を紡ぐ。

「そしたらどうです。食べ物はここにしかないんですってね。まあ、水はシャワーや洗面所で調達できますけど、それも永久にあるのかどうか……というか、あの水を飲んでも大丈夫なのかどうかすら検証してないんです。いずれにせよ、ここの食糧が尽きたら、僕らはもう終わりなんです」

 そこで、箕倉の話は終わった。

 どう反応すればいいのか、霧矢には皆目見当がつかない──いや、本当は、質問すべきことに薄々カンづいているのだが、それを口に出すのがはばかられたのだ。

「……訊かないんですか? いったい、何日分の食糧があるのかって?」

「……何日分なの?」

 箕倉ははじめて、霧矢の顔を見あげた。

「だれも知らないんですよ。怖くて、数えられないんです。死刑執行の日付を確認するようなもんですからね。教えてもらわないと不安になる。でも、じぶんからは訊けないんです」

 霧矢は、頭のなかで計算を始めた。一箱にタッパーが五〇前後。それがこの居住スペースに……いくつあるのだろうか。一日二食と仮定して、一一人x二食=二二食。

 つまり、二日に一箱のペースで消費することになる。

 だとすれば……霧矢の脳は、考えることをやめた。

「で、でも、この船は楽園に向かっているんだろう? だったら、そのうち……」

 箕倉は視線をコップにもどす。水があふれそうだ。

 霧矢は蛇口をひねる手をとめ、箕倉がコップを交換した。

「楽園ですか……あるといいですね」

「船はあったんだ、楽園だって……」

「箱舟があるかどうかと、楽園があるかどうかは、べつの問題です」

「……どういう意味?」

「非常口が見つかったからって、その先が安全とは限らないってことですよ。火事をふりきったら、そこで強盗に遭うってこともありえるでしょう。そもそも、楽園ってなんなんですか? このようすだと、どこかの惑星なのかもしれないですね。そこに人間は住めるんですか? 大気は安定してるんですか? 人間が食べられるものはあるんですか? 凶暴な生物や、細菌、ウイルスはいないんですか? ……だれも知らないんです」

 箕倉の言葉の説得力に、霧矢はなにも言い返せなかった。

「ねえ、キリヤ先輩、茜さんのこと、どう思います?」

 どこかで聞いた台詞。

「なんというか……その……頼りないけど優しいひとだと思う」

「そうですかね。無知は無力を正当化しますか?」

 評価のちゃぶ台返しの連続に、霧矢はついていけなくなった。

「そもそも僕たちは、なぜここにいるんですかね?」

「そ、それは……」

 そういえば、なぜだろう? 霧矢は疑問に思った。

 どうやって茜は、この方舟を見つけたのだろう?

 霧矢が返事をするよりも早く、箕倉はじぶんで答えを言った。

「茜さんの妄想のせいですよ。茜さんは、地球が環境破壊で住めなくなると不安になって、キーテジ号をさがそうなんて言い出したんです。地球温暖化で人類が滅びるから、ほかの星に移住するつもりだったんですよ」

「妄想? ……でも、環境破壊が進んでるのは、事実だよね?」

 霧矢はテレビや新聞で報道されていることを、いくつか挙げてみた。

「あんなのはインテリのヒマつぶしでしょう。ああいうエコロジストは、いつもひとの不安を煽るんですよね。お金になるのかな」

 箕倉は、すこし興奮しているようだった。

 だが、言葉のはしばしからそう感じられるだけで、声量はいつもの箕倉だった。

「茜さんはこう言ってました。世界は、人間も動物も住めなくなってしまうんだって。僕は訊きましたよ。なんでそう思うんですか、って。なんて答えたと思いますか。かわいそうなウミガメの写真を見たことがある、ですって。それが彼女の限界なんです。簡単な空想以上のことが考えられないんだ。ねぇ、キリヤくん、地球の温度なんて一定していないんですよ。きみなら知ってますよね、地理かなにかで習ったはずですから。もっと暑い時代もありました。白亜紀とか。人間は死ぬかもしれませんが、生物は死滅しませんよ。もしかすると彼女のなかでは、人間は地球ができたときからいることになってるのかな。聖書の物語みたいに」

 自分たちを箱舟という牢獄に閉じ込めてしまった、茜の無知。

 その無知に対して、箕倉は怒りよりも諦念の感情をあらわにしていた。

 霧矢は、この押し問答に耐えきれなくなり、話題を変えた。

「そう言えば、どうやってこの船を見つけたの?」

「知りませんよ。茜さんに聞いてください、そんな不幸な発見のいきさつは」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=77028358&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ