第4話 マザー、応答せよ
《死体があがったのね》
セシャトの声。
霧矢は壁に背中をつき、うつむき加減で答える。
「だけど、検史官でもアドバイザーでもなかった」
さらに問題なのは、死んだふたりの人間関係だった。
セシャトも、的確にその点を突いてきた。
《恋人関係のキャラが同時に殺された……ってことか》
「そこなんだけど……他殺かどうかはわからないと思う」
《どういうこと?》
これはドクターの所見なんだけど、と霧矢は前置きしたうえで、
「甘野くんの死因は、銃の暴発らしいんだ」
とつたえた。
端末のむこうで、声がしばらくとぎれる。
《……損傷部は?》
「顔」
《顔がつぶれていたの? 身元確認はまちがいない?》
「ぜんぶがつぶれてたわけじゃないから……」
霧矢がみた死体は、顔の右半分が残っていた。左半分はざくろのように弾け、頬骨が緋色の肉塊を覗かせている。眼球が吹き飛んでしまったのか、左の眼孔にはぽっかりと穴が空き、ただの血溜まりと化していた。
「それよりも……遊花さんの死体のほうが変なんだ」
《変?》
霧矢は声を落とした。
「腹部がなぜか破裂してるらしいんだ」
霧矢がみた死体は、内臓の一部が飛び出し、それを押さえるように死んでいた。
《内臓が破裂……? 外側からの傷害じゃなくて?》
「僕はそういう医学的なことはわかんないよ。でも、ドクターはそう言ってたんだ」
ふたたび端末からの音声がとぎれた。
《ねぇ……まさか、エイリアンの誕生だって言いたいんじゃないでしょうね?》
「……ありうるかも」
《キリヤくん、現場の雰囲気に飲まれてない?》
「床に血痕があったんだ。それが通気口のダクトまで続いていた」
沈黙。
「セシャトさん、こんなことってあるの? これは恋愛ゲームなんだろ?」
《……ごめんなさい、あたしがここでなにか言うと、ミスリーディングになるかもしれない。あたしはその現場をみていないから、他殺かどうかは判別がつかないわ》
「じゃあ、そっちの状況を……」
霧矢は端末を手でかくした。
ラボにだれか入ってきたのだ。
隠れていたテーブルから顔を出すと、入り口のところに箕倉が立っていた。
「あれ、キリヤくん、そんなところでなにやってるんですか?」
「あ、いや、ちょっと……」
「ははぁ、さてはみまわりのサボりですね」
そうごまかすのが得策だと思った霧矢は、うんうんとうなずいた。
たちあがって、銃をかつぎなおす。
箕倉もおなじ猟銃を携帯していた。
霧矢はそばにあった椅子をひいて、箕倉にすすめた。
「よいしょっと……ムダなみまわりほど、つかれるものはないですよ」
「トトさんとドクターは?」
「死体の処理中です」
「解剖する……って言ってたよね」
箕倉はうなずいた。猟銃をテーブルのうえにおく。
肩がこったのか、腕をぐるぐるとまわした。
箕倉は、あまり体力があるようにはみえない。
「ええ、解剖するらしいです。トトさんって、ほんとうに警察のひとだったんですね」
ということになっていた。
トトもさすがに検史官のエルフだけあって、手術の手伝いくらいはできるらしい。
もっとも、かなり怖がっていたのは事実であった。
「解剖の結果をきいてからのほうがいいのかもしれませんが……エイリアンが生まれたと、そう考えていいんですかね?」
なぜか急に推理ごっこのようなものを持ちかけられて、霧矢は警戒した。
「……なんともいえないかな」
「お腹からなにかが飛び出して、通気口に血痕が……映画のワンシーンですね」
「……」
霧矢は答えなかった。
たださきほどから、異様に天井裏が気になる。
かすかな機械の音にさえ、霧矢は敏感になっていた。
霧矢は話題を変えることにした。
「そういえば、さっきのマザーっていうのは?」
「あ、キリヤくんは最初のときにいなかったでしたか」
「……どうして茜さんになったの?」
箕倉は、なんのことか、と訊き返した。
「どうして茜さんをキャプテンに選んだの?」
箕倉は肩をすくめた。
「なりゆき、じゃないですかね」
「この緊急時に、なりゆきで選んだの?」
「そりゃ、命の危機ですから、リーダーは慎重に選びますよね、ふつうは。でも、ここにいるのはごくふつうの高校生と、現役を引退した老医だけなんですよ。茜さんは世紀末クラブの会長だし、まあ責任を取ってもらったというかたちなんじゃないですか。最善かどうかは知らないですけど」
「で、茜さんをマザーにキャプテンとして登録したわけだね?」
「あ、ちがいますよ。彼女は最初から登録されてたんです」
「登録されてた……?」
「ええ、僕たちがマザーにアクセスした時点で、彼女はキャプテンだったんです」
霧矢は、篤穂と甘野の会話を思い出した。
あのふたりは、茜がマザーに指名されたと言っていた。
その意味が、ようやく分かったのだ。
しかし、それは霧矢のなかで、ある疑念を生じさせた。
「ねぇ、茜さんのことを疑ってるわけじゃないんだけど……」
「そういう建前はいいので、はっきりしゃべってもらってけっこうですよ」
「茜さんがこっそり事前に登録していた……って可能性はないの?」
箕倉は「ある」と答えた。
「それは否定できませんね。キリヤくんもおぼえているでしょうが、この宇宙船は地面からいきなりあらわれて、僕たちをさらってしまいました。この船内への入り口をみつけるまえに、なんどかバラバラになって探しています。茜さんがこっそりメインコンピュータルームまで到達していた、というのは、ありえなくはないんじゃないですか」
「篤穂さんたちも、じつはそれを疑ってて距離をとった?」
「かもしれないです……いや、彼女の場合は茜さんに雑用を押しつけるのが目的だったのかな。まあ、僕にとってはどうでもいいですが」
箕倉は、やけにぞんざいな態度だった。
霧矢は、なぜ箕倉がそんなになげやりな態度なのか気になった。
遠回しにたずねようかと思ったとき、ラボのドアがひらいた。
トトが顔をのぞかせた。
「あ、キリヤさん、こちらにいたんですか……終わりました」
「どうだった?」
「甘野さんは頭部損傷、遊花さんは腹部の破裂です」
トトの返答に、霧矢は説明をもとめた。
「ドクターのほうがくわしいと思います」
「ドクターは、どこに?」
「コックピットで休憩中です」
霧矢は椅子から腰をあげた。
箕倉はすわったままだった。
「箕倉くん、コックピットへもどろう」
「僕はここで休んでます。探偵ごっこには興味ないので」
霧矢はもういちど声をかけようとしたが、箕倉は視線をそらした。
彼はシリンダーのなかに浮かぶエイリアンの死体をながめた。
「エイリアンに探偵ごっこなんて通用するんですかね……僕は疑問です」
☆
☆
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コックピットにもどったとき、ちょっとしたいざこざが起きていた。
茜がテーブルに座り、声をあげて泣きはらしていた。
両サイドに座ったドクターとサクラが、彼女をなだめすかしている。
茜は嗚咽を漏らしながら、
「ドクター、わたしはもうキャプテンはムリ。かわって」
と哀願した。
ドクターはタメ息をついた。
「しかし、マザーはきみを指名しておるんだ。わしは交代できん」
「わたしのせいで遊花と甘野が死んでしまった。わたしは人殺しだ」
茜はそう言って、肩をふるわせた。
大粒の涙が頬をつたう。
サクラはいかにも同情したような顔で、
「あ、茜さんのせいじゃありません。あれはエイリアンのしわざですよ」
と言った。
それとどうじに、ドクターの視線が霧矢たちのほうへ向けられた。
ドクターはサクラに茜のことを頼むと、席を立った。
霧矢とトトに話しかける。
「ごくろうさん……ちょっと廊下に出よう」
三人は廊下に出た。
ドアが自動で閉まるのを確認して、ドクターは話をはじめた。
「解剖の結果だが……そこのお嬢さんからもう聞いたかね?」
「いえ、トトさんからは、ドクターにじかに聞いてください、と」
ドクターはうなずいた。
「どうも初見とちがう結果になった」
「遊花さんはエイリアンに襲われて死亡、甘野くんは銃の暴発で死亡じゃないんですか?」
「甘野くんはそうだ……が、遊花くんはちがうと思う。遊花くんの死因は、腹部の破裂によるショック死だ。機材が不足していて断言はできないが、失血性ショック死だと思う」
霧矢はこの情報にくいついた。
「だったら初見のとおりじゃないですか。遊花さんの腹部からエイリアンが……」
ドクターは霧矢の主張をさえぎって、
「わしはその可能性は信じておらん」
と答えた。霧矢はけげんそうなまなざしを返す。
「どういうことです?」
「腹部を念入りに解剖してみたが、卵などの残骸は見つからなかった」
霧矢にとって、この情報は寝耳に水だった。
「つまり……エイリアンを産んだと見せかけた、ってことですか?」
「なんとも言えん。それはもう探偵の領域だ。解剖結果で言えるのはそこまでじゃよ」
「腹部を内側から破裂させる方法があるんですか?」
「それもなんとも言えん。えぐったようなあとはあった。しかし、それが純粋に内側からなのか、それとも凶器の形状でそうなったのかは、ここの医務室の設備ではわからん。レントゲンすら撮れんのだ」
「死体はどこに?」
「ふたつとも、医務室に併設してあった冷凍庫のなかじゃよ」
霧矢はそれを見ようかと思った。だが、蛮行であるうえに、見たところでじぶんにはなにもわからないことに気づいた。彼には医学の知識などなにもないのだ。
ドクターは首を左右にふった。
「とにかく、わしの推理では、甘野くんの死も遊花くんの死も、エイリアンがいることの証拠にはなっておらん。甘野くんは排気音に敏感になって、誤射してしまったのかもしれんし、遊花くんは……」
ドクターはそこで言葉をいったん切った。
霧矢はさきをうながした。
「遊花さんは?」
「……だれかに殺されたのかもしれん」
霧矢は沈黙した。
ドクターはポンポンと肩をたたき、
「なに、おまえさんが探偵役をしょいこむことはない。みんなで生き残ろう」
とアドバイスした。
そして、ふたたび茜をなぐさめるため、コックピットのなかに消えた。
霧矢はコックピットへはもどらず、トトのそでを引いて、廊下をすこしもどった。
できるだけ小声で話しかける。
「今の、どう思う?」
「うーん、そうですね……検死の過程で、おかしなことはべつに……」
しまったな、と霧矢は思った。
今の霧矢には、ドクターの証言を裏付けるものがなにもなかった。
「やっかいなことになった気がする」
「なにがですか?」
「すくなくとも遊花さんのほうは、殺人事件なのかもしれない」
トトはおどろきの声をあげそうになった。
霧矢はあわてて、ひとさしゆびをじぶんのくちびるにあてる。
「シーッ」
トトは声を落として、
「なんでそう思うんですか?」
とたずねた。
「一回目のアラームは、甘野さんが銃の暴発で死んだときの通知だろう。二回目のアラームは遊花さんの死亡の通知……つまり、遊花さんが死亡したのは、銃の暴発のあとなんだ。そのときにまだ生きていたら、悠長にシャワーなんか浴びてるはずがないんだよ。すぐに着替えて、そとのようすを確認したはずだ。つまり……」
「つまり、なんですか?」
「睡眠薬かなにかで眠らされていたんじゃないの?」
トトは深くうなずいた。
「たしかに……シャワールームで寝ちゃうのは、変ですね……もしかするとエイリアンさんは、遊花さんに特殊な毒液を注入して、眠らせたのかもしれないですよ?」
そう言われると困るな、と霧矢は思った。
エイリアンの特殊能力に頼るなら、推理はなんでもありになってしまうからだ。
霧矢は髪をかき乱し、目を強くつむった。
「セシャトさんと合流しなきゃ、ぼくたちだけじゃなにも……」
「キリヤ!」
篤穂の声。
ふりかえると、篤穂は茜をひきつれて、こちらにむかって歩いてきた。
「は、はい」
「マザールームへ行くわ。護衛して」
篤穂はそれ以上の説明をせず、サッとふたりのまえを通り過ぎた。
霧矢はあわててあとを追う。トトも同伴した。ラボよりも手前の分岐路を左折する。その先に、無機質な白いドアがあった。篤穂がそのまえに立つと、自動的にドアが左右にひらいた。篤穂と茜は中へと消え、霧矢とトトもあとに続いた。
そこは、それほど広くはない部屋だった。高校の教室の半分ほどの大きさだろうか。しかもかなり殺風景で、中央の事務机に一台のパソコンらしきものが置いてあるだけだった。篤穂は腕組みをして、茜にあごで指図をした。
「さ、マザーにアクセスしてちょうだい」
茜は椅子に腰かけ、キーボードを左手でかくすと、ポチポチとキーを押した。どうやらパスワードを入力しているらしい。それが終わると、茜は空中にむかって話しかけた。
「マザー、わたし」
ブンッという起動音が鳴り、空中にホログラムが投影された。
色鮮やかな光の帯。その帯はゆっくりと旋回していた。
〈パスワードを確認。声紋が一致しました。おはようございます、キャプテン・アカネ〉
無機質な女の声が、四方の壁から聞こえてきた。
「マザー、えーと……室内に……」
茜が口ごもると、うしろから篤穂が、
「監視カメラを設置していないか、よ」
と助言した。
なるほどと、霧矢は感心した。
これほどの宇宙船だ。監視カメラがまったくないとは考えられなかった。霧矢は、篤穂の行動に、頼もしいものを感じた。まるで、彼女がキャプテンのようにみえた。
「マザー、室内に、えーと……カメラをおいてない?」
光の帯は、しばらく口をつぐんだ。
どうしたのだろうか。その場のメンバーは顔を見合わせた。
篤穂はもういちど、
「茜、あんたの言い方がごにょごにょしてて、よくないんじゃない?」
と指摘した。
茜はおなじセリフを口にしようとした。そのときだった。
〈映像データへのアクセスは拒否されました〉
茜は、口をぽかんあけた。
「どうして? わたしの頼みじゃダメ?」
〈もうしわけございません、キャプテン・アカネ〉
マザーはそう言い残して沈黙した。
茜はなんどかおなじ指示を出したが、なしのつぶてだった。
困惑する茜。それから、彼女はひどくばつが悪そうな顔をした。
霧矢はなるべく同情の雰囲気が出ないように、黙っておいた。
茜は、
「マザーは、なぜイヤだと言ったんだろう?」
と、不思議そうな顔をした。
それは、霧矢にもわからなかった。
彼はスクリーンをみる。画面に光る帯も、とうに消えている。
硬質な静寂。
なにかがおかしいと思う。だが、霧矢にはその正体がみえてこなかった。
その横で、追い打ちをかけるように、篤穂が舌打ちをした。
「あんた、ほんとに役に立たないわね」
茜はびくりと背を丸めて、
「ご、ごめん……ほんとうにごめん」
と謝った。
篤穂は、これみよがしに肩をすくめてみせる。
「キリヤ、もどりましょ。いろいろ相談したいこともあるし、今後のことも含めて」
篤穂はそう言ってマザールームをあとにした。
霧矢は、茜のほうへふりむく。
トトが茜によりそい、なにやらなぐさめの言葉をかけていた。
霧矢もひとつ息を吸って、
「茜さん、ここにいると危ないかもしれないから、もどろう」
と声をかけた。
だが、その瞬間、左腕のそでをひっぱられた。
篤穂が顔をよせる。
「キリヤ、そいつは置いてっていいわよ」
生々しい女の香りをよそに、霧矢はとまどった。
「いや、でも、もしほんとうにエイリアンがいたら……」
篤穂は声を落とす。
「バカね、そのほうが好都合でしょ。あいつが死んだらキャプテンは空席になるの……わかる?」




