第16話 答えをください
茜は腹部をおさえ、その場に倒れこんだ。
血だまりがひろがる。
一瞬、霧矢はじぶんが殺してしまったのではないかと思った。
その誤解は、意外なかたちで解消された。
「ようこそ、私のキーテジ号へ」
聞き覚えのある声が、倉庫のすみから挨拶をした。ただ、その口調だけは、彼が記憶しているものとは全く異なっていた。はっきりと透き通った女の声。
「サクラさん……?」
霧矢が振り返ると、そこにはサクラが立っていた。以前までの彼女とは別人のような、自信に満ちあふれた表情。本当にあのサクラなのかと、霧矢は自分の眼を疑った。サクラは猟銃を立て、銃口のけむりを吹いた。
「なんで……きみは死んだはずじゃ……?」
「動かないで」
サクラは、黒い小箱を突き出した。霧矢は、すぐさまその正体に気付く。
HISTORICAだ。
「……まさか……そんな」
霧矢の頭の中で、トトの声がリフレインする。
きっと犯人は、登場人物のふりをしてるんですよ
「きみが……行方不明のアドバイザー?」
サクラは、馬鹿にしたようにフッとタメ息をもらした。
「他にどんな可能性があるの?」
「どうして……こんなことを……?」
「どうして? 理由は簡単。この船は楽園に向かってるの。それなら、乗らない手はないじゃない? 事件を解決してご褒美をもらうより、ずっと賢い選択でしょう?」
サクラは、それが常識だと言わんばかりに、すらすらと言葉を継いだ。
「賢い……? ひとを殺してまで楽園に行くことが賢いのかい……?」
サクラは、ふたたびタメ息をついた。あきれた調子が混じっていた。
「よくいるのよね。あなたみたいな正義感ぶった人間が……それにねえ、ここはゲームの中なのよ。人間を殺すのとはわけが違うわ。FPSの要領でやっちゃえばいいの。それで現実のくだらない苦しみから逃れられるなら、安いもんでしょう?」
「……確かに、ここはゲームかもしれない。でも、きみが殺したキャラクターは、ぼくたちと同じ感情と意志を持ってる存在だった……いくらゲームだからって、そんな……」
サクラは、HISTORICAを構えたまま、肩をすくめて見せた。
「じゃあ、あなたは勝手にそう思ってればいいわ。私は、二度と来ないこのチャンスを利用させてもらうから」
「そりゃ……二度とないだろうね……こんなことは……捜査に来た世界の登場人物が、たまたま瓜二つだなんて……」
霧矢の言葉に、サクラは不敵な笑みを浮かべる。
「たまたま? たまたまだと思う?」
サクラが何を暗示しているのか、霧矢には判然としなかった。アドバイザーと登場人物の容姿が完全に一致しているなど、偶然以外には考えられないではないか。霧矢がそう言おうと口を開きかけたとき、先に言葉を発したのはサクラだった。
「そうね……奇跡と言えば奇跡よね、じぶんのゲームの中に入れるなんて」
「……じぶんの?」
霧矢はその意味をすぐには理解しかねた。
「き、きみはまさか……ッ!?」
サクラは、ニヤリと口の端をゆがめた。
「そう、私がこのゲームの製作者……いわばこの世界の神と言ったところ」
霧矢は、この事件の全貌を理解した。この女は、自作のゲームに自分とそっくりなキャラクターを、毎回登場させていたのだ。霧矢たちがサクラだと思っていた人物は、サクラではなかった。このゲームの製作者だった。コックピットで見つかった死体こそ、このゲームの登場人物であるサクラだったのだろう。製作者は茜たちよりも先にサクラを捕獲し、コックピットの個室に隠しておいた。ベッドの下のほこりは、眠らされたサクラを押し込めていた跡だ。そのあとで、あたかもサクラであるようなフリをして、茜たちに見つけてもらったのだ。
サクラは嬉々として、動機を語り始めた。
「最初から説明してあげる。私がアドバイザーに選ばれたのは、今から5年も前のことよ。あるマイナーなインディーズゲームで起こった事件に巻き込まれたの」
サクラは、昔を懐かしむように目を細めた。
「その事件を解決してから、私は優秀なアドバイザーとして、第五課の専属になったわ。三回解決したあとも、アドバイザーはやめなかった。じつはね、それ以降も協力すると、お金がもらえたりするのよ。一年に二週間程度しか働かないで、他人の年収分が手に入ったわ」
そこまで言って、サクラは突如、顔を曇らせた。
「でもね……つまらないのよ……命を賭けて事件を解決しても、大した生活ができないなんて……そりゃ、一回の事件で何百万ももらえるんだから、破格よね……でも、もっと楽をして稼いでるひとだって、いるじゃない? 命を賭ける価値が、そんなにあるかしら?」
霧矢は、黙ってサクラの自白を聴き続けた。
「だから、思ったのよ。物語の中で一生楽に暮らせないかって……本庁に頼んだら、アドバイザーが物語の中に留まることは禁止されてるって言われたわ。そこで、今回の手口を思い付いたってわけ」
「自分でゲームを作って……その中の登場人物に成り済ます……」
霧矢とサクラの視線が交叉した。
「ようやく理解できたみたいね。そうよ、私は前回の報酬でゲーム会社を立ち上げたの。正直、こんな短期間でうまく行くとは思ってなかったけど……まさか、五作目でヒットしてくれるなんて」
「だ、だけど、自分が担当に選ばれるかどうかなんて……分からないだろう……? それも運任せだったってこと?」
なんだそんなことかと、サクラは空いている手で前髪をはらった。
「この手のジャンルで事件が発生すれば、私が毎回担当になるのよ。今の日本で、ラブコメSFなんて、流行ってないじゃない。異世界ファンタジーと学園モノの全盛期なんだし……これが八〇年代だったら、そうもいかなかったんでしょうけど」
「でも、この方舟が楽園に到着する保証はないんだろう」
「バカね。そんなのシナリオで設定してあるに決まってるじゃない。この方舟は、楽園に到着するわ。人間が居住可能で、しかも贅の限りをつくせる星にね」
霧矢は、ドクターの悲壮な言葉を思い出した。神にうらぎられた被造物。
すべてが自己満足のための捨て石だと分かり、霧矢は怒りを感じた。
「そんな……きみはこの世界を、そんなことのために……」
そのときだった。足もとから、かすかな震動がつたわってきた。
揺れは次第に大きくなり、霧矢はバランスを取ろうと両腕を宙に挙げた。
平衡感覚がいいのか、サクラは少しも姿勢を崩していない。
「……始まったわね」
「始まった? なにが?」
「予備区域の切り離しよ。私たちがいたところは、居住区域なんかじゃないの。ただの物置なのよ。そもそも、この船があんなに狭いわけないじゃない。あのうるさい連中とも、これでおさらばってわけ」
「!」
犯人との遭遇に、霧矢はつい忘れかけていた。犯人は、登場人物であり、アドバイザーであり、そして、この船のキャプテンなのだ。
よく見れば、倉庫の片隅に、画面の明るくなったパソコンが置いてある。
「ぼ、ぼくらをどうする気だ!?」
「切り離された区画の奴らは、そのまま野垂れ死によ。空調も利かなくなるし、半日も持たないでしょうね」
サクラは、慈悲のない冷徹なまなざしに変わる。
「霧矢くん、あなたともここでお別れ。服従の意志なしと判断したから。もうすこし聞き分けがよければ、同乗者にしてあげたのに……女だけの旅ってのも冴えないし……それによく見たら、オタクっぽいけど、そんなに悪い顔してないじゃない……でも残念……」
サクラは、端末をかまえなおす。
霧矢は、息を呑んだ。
「さよならね」
霧矢は死を覚悟した。この女は、自分を眠らせた後、息の根を止める気なのだろう。猟銃からHISTORICAに持ち替えたのは、おそらく温情からではない。動き回る人間に命中させるには、連写の効くHISTORICAの催眠弾のほうが便利だからだ。
そう悟った霧矢は、居住まいを正し、サクラと向き合う。
「……ひとつだけいいかい?」
少年自身が驚くほど落ち着いた声音に、サクラは下ろしかけた親指を止めた。
「なに? 命乞い?」
「ぼくを殺すなら殺せばいいよ……どうせ前回の捜査で死にかけたんだ。二回連続で奇跡が起こらないって思えば、そんなに惜しくもない……だから……」
コトン
ふと、霧矢は物音を聞いた。トトが目を覚ましたのだろうか?
コトン
いや、違う。霧矢は、その音源が遥か頭上であることに気がつく。
なにかが天井を這っているようだ。
……まさかちはるたちが? その可能性に、霧矢は望みを賭けたくなった。サクラは目の前の敵に神経を集中し過ぎて、周りが見えなくなっているらしい。物音に気付いている気配がない。
「だから、なに? さっさと言いなさい」
時間を稼がねば。霧矢はやみくもに舌をうごかす。
「だから、今回のトリックを教えてくれないか? どうやって遊花さんを殺した?」
「金属ナトリウムを飲ませたの。カプセルが溶けたら爆発するって寸法」
「甘野くんは?」
「あいつは銃の暴発で勝手に死んだのよ」
その返答は、霧矢の心に、いちまつの不安を感じさせた。
「暴発……? あれはほんとうに事故だったの?」
「そうよ」
「だけど、甘野くんは、なんで通気口に向けて銃を……?」
「そんなの知らないわ……そろそろこの問答も飽きてきたわね」
サクラは液晶画面に親指を伸ばす。
その瞬間だった。
天井からサクラ目がけて、なにかが舞い降りた。
甲高い悲鳴をあげて、サクラは転倒した。HISTORICAがカラカラと音を立て、床の上を滑る。うまく自分の爪先にぶつかってくれたそれを、霧矢は急いで拾い上げた。
霧矢は、目の前に立っているはずのちはるに礼を述べようとした。
「ありが……」
わずか5秒足らずのアクションに、霧矢は事態を把握できていなかった。サクラを襲ったモノの正体を目にしたとき、霧矢はその場に立ち尽くしてしまう。
甲殻類の頭部に三つ爪の鎌を備えた生き物が、少年の前で、血塗れになったサクラの顔を執拗に斬りつけていた。
「助けて! お願い! 助けて!」
血が目に入ったのか、サクラは闇雲に手を伸ばし、救助を求めていた。急所こそ外れてはいるものの、深々と抉られた頬からは、うっすらと白いものが顔を覗かせている。
霧矢は我を忘れて、なす術無くその惨状を見つめ続けた。
「死にたくない! 助けて! 霧矢くん!」
名前を呼ばれ、霧矢はようやく我に返った。
HISTORICAの画面に触れ、攻撃モードへと切り替える。
しかし、霧矢の行動は、あまりにも緩慢過ぎた。
エイリアンはサクラの喉元に噛み付き、頸動脈を引き千切った。
鮮やかな血飛沫が、放物線を描いて噴き上がる。
パニックになった霧矢は、目の前の怪物目がけてメチャクチャに催眠弾を放った。殻におおわれているせいなのか、それとも神経構造が人間とは違うのか、エイリアンは一向に動きを止めなかった。
「このポンコツ!」
サクラはもはや悲鳴も上げず、四肢をだらりと地面に投げ出している。頭部を中心に血溜まりができており、絶命しているのが一目で理解できた。
どうする? どこに逃げる? 霧矢の中で、もうひとりの自分がたずねた。入り口へ駆け出したいところだが、どびらが開く保障はない。もし開かなければ、通路は袋小路だ。
決めかねている霧矢のまえで、怪物は粘液質な音を立てながら、サクラの肉を味わっていた。吐き気をもよおしつつ、霧矢は頭をフル回転させた。
「……!」
霧矢は天井を見上げた。この倉庫は、吹き抜けの二階建て構造になっている。エイリアンが飛び出して来たのは、その吹き抜けにそって巡らされた柵の向こうがわだった。その柵のむこうがわにはテラスがあって、エンジンルームのそれとそっくりだった。つまり、つながっている可能性があった。その証拠に、テラスは壁のくぼみに消えていた。
霧矢は、倉庫の中にある大量の物資に目を走らせた。
「!」
一ヶ所だけ、吹き抜けのギリギリ下まで、コンテナがピラミッド状に積み上げられていた。霧矢はサクラの死体を尻目に、その脱出口へと駆け出す。
コンテナには一メートルほどの高さがあった。階段のようにスムーズにはのぼれない。両手で全身を支えながら、ひとつひとつ這いあがって行く。こんなことなら、日頃からもっと体力をつけておくんだったと、霧矢はつまらない後悔に駆られた。
霧矢は、なんとか三段目に足を乗せることができた。残るは、あとひとつ。
生きる希望が見えかけた瞬間、背後で硬質な金属音が聞こえた。
ふりかえると、エイリアンはすでにふたつ目のコンテナをのぼり終えていた。
「くそッ! 来るなッ!」
霧矢が投げつけた端末は、エイリアンの頭上を空しく飛び越えて行った。コンテナの影で、液晶の割れる音が響いた。
無駄な時間を食ってしまった霧矢は、慌てて四段目に手を掛ける。
だが、エイリアンの敏捷な動きは、霧矢の予想を遥かに上回っていた。霧矢が体を持ち上げている間に、すぐ後ろで軽快な着地音がする。視界で捉えずとも、霧矢は背中にソレの気配を感じ取ることができた。
もうダメだ! 霧矢は、目を閉じた。
そのまぶたの動きにあわせて、銃声が鳴り響く。
カエルの潰れるような悲鳴とともに、エイリアンの頭部が吹き飛んだ。
泥のような粘液が、霧矢の背中に降り掛かる。
霧矢がふりかえると、そこには地面に伏せ、銃をかまえた茜の姿があった。
エイリアンが倒れるのを見届けると、茜はうつ伏せになった。
「……あ、茜さんッ!?」
霧矢はコンテナからとびおり、茜にかけよった。
抱き起こすと、口から血があふれていた。
大きく咳込み、霧矢の顔に血しぶきが飛ぶ。
霧矢は気道を確保しようと、上半身を高くさせた。
茜は、かろうじて目をひらいた。
「みんなで……地球に……」
「しゃべらないで。すぐにセシャトさんたちを……」
「地球に……」
ムリだ。霧矢は思った。真のキャプテン、この世界を創ったサクラは死んだのだ。
もう船の暴走をとめられる者はいない。
そう考えた瞬間、しずかな機械音声が聞こえた。
〈こちらマザー。切り離し作業を中止します。進路をテラ系第三惑星に変更〉
倉庫の揺れは次第に収まり、もとの静寂が訪れる。
〈正規ユーザの死亡を確認。キャプテン・アカネを正規ユーザに昇格させました〉
霧矢は、奇跡の正体を理解した。
笑って茜に声をかけようとしたとき、マザーの声がふたたび聞こえた。
〈キャプテン・アカネ、次の指示を……キャプテン・アカネ? ……そうですか、おやすみなさい、キャプテン・アカネ、よい夢を〉




