エピローグ
「しっかし、わからないな」
目的を果たした二人は、ケーナバルト中央駅のカフェでくつろいでいた。例によってヴィスの前にはサンドイッチやスコーンが並べられ、トリアの前にはなにもなかった。ヴィスは手近にあった玉子サンドに手を伸ばし、もう一度「わからない」とつぶやいた。
「なにがわからないのですか?」
興味深そうにヴィスの食事を観察していたトリアがテーブルに肘をつき、指を組んだまま、たずねた。
「占いの結果だよ。どうしてあんな正反対な結果になったのか、わからない」
ヴィスは不思議そうに首をかしげた。
「なにがあったんだろう?」
「それはたぶん、あなた自身が関係しているのだと思います」
「オレ?」
意外な答えにヴィスは目を丸くして、自分を指差した。
「オレはなにもしてないぞ。どういうことだ?」
「……」
珍しく、トリアが黙りこむ。
「おまえ、なにか知ってるな。だから、あのとき、占いをしろって言ったんだな」
「……これから、お話しすることは秘密にしておいてくれますか?」
いつになく真剣な表情に、ヴィスは驚きながらうなずいた。トリアは姿勢を正し、あたりを窺ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「本当なら、今頃ケーナバルト二世は戦争で命を落としているはずでした」
「なんだって!?」
大声を上げるヴィスにトリアは人差し指を唇にあてた。
「エレクトリア・アンペールのシミュレーションではそうなるはずでした……と、いうか、私たちはこの国を滅ぼすつもりでいました」
「……」
ヴィスはその事実に絶句した。
トリアは話を続けた。
「この国がエレクトリア・アンペールに対抗すべく、軍事兵器を秘密裡に量産しているのは明らかでしたが、戦争をする以上、確証を得る必要がありました。一国を滅ぼすには、それなりの正当性が必要ですから――だから、私が使者として送られたのです。あなたがユエラで見た占いの結果は、このことをあらわしていたのだと思います」
「でも、おまえは戦争を回避したよな? なぜだ」
「この件にリオット・バルマーが絡んでいたからです。首謀者がリオットなら私たちの計画に変更はなかったでしょう。しかし、リオットは首謀者ではなかった。彼はただひたすらケーナバルトの発展に尽力しただけです。寝る間も惜しみ、命を削って、彼はエレクトリア・アンペールで得た知識を活かした――そのこと自体に罪はありません。むしろ罪があるのは、我々のほうです。彼にエレクトリア・アンペールの技術を見せ、教えなければ、このような結果になることはなかったでしょう。我々に脅威を感じることもなかったでしょうし、憑かれたように近代化に取り組むこともなかった。そして、娘たちがそんな父親の姿を見ることもなく、エレクトリア・アンペールに恨みを抱くこともなかったでしょう――我々は彼と彼女たちに申し訳ないことをしたと思っています。もっとも、最終的に戦争をしないと決めたのは、ケーナバルト王の言葉を聞いてからですがね」
「だから、最後の最後で占いの結果が変わったのか」
ヴィスがひとりごとのようにつぶやくと、トリアがうなずいた。
「今回の留学に、ケーナバルト王も責任を感じておられました。だから、戦争を回避したのです。リオットがたどった運命を教訓にして、二国はさらに成長する――私はそう判断しました。もっとも、あなたがいなければ、このような結果にはならなかったでしょうが」
「……オレ、なにかしたっけ?」
ヴィスは頭をかきながら、一連のできごとを思い返した。
一国の運命を変えるような偉業をしたつもりはないのだが……。
「あなたのおかげで、私はなんども窮地を切り抜けることができました。もし私が三姉妹に殺されていたら、エレクトリア・アンペールはまちがいなく、真相を知る前に戦争を引き起こしていたでしょう」
トリアはイスから立ち上がりヴィスに手を差し出した。そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「本当にありがとう」
ヴィスは同じように立ち上がり、トリアの礼に握手で答えた。
「オレのほうこそ、おまえがいてくれてよかったよ。オレ一人じゃ、なにもできなかったと思う……まあ、占いの結果が、おまえの考え次第で変わる、ってのには驚いたけどな」
ヴィスが苦笑すると、トリアもきまりが悪そうに苦笑し、肩をすくめてごまかした。
「そろそろ、時間のようです」
トリアが言ったあと、遠くのほうで構内アナウンスが流れていることに、ヴィスも気づいた。次発の大陸鉄道がもうすぐ出発すると告げている。トリアはその列車でエレクトリア・アンペールに帰国する予定になっていた。
「あなたはこのあと、どうするのですか?」
床に置いていたアタッシュケースを手にしたトリアが聞いてきた。ヴィスはこれからの計画を楽しそうに話し始めた。
「しばらくケーナバルトを観光してみようと思ってるんだ。自動馬車に乗って、あちこち見てやろうと思ってる。まずリーデリア湖だろ、それから――」
「……どこにそんなお金があるんですか?」
あきれたようにトリアが聞くと、ヴィスはにやりと笑った。
「実はケーナバルト王から褒美をもらったんだ。占いの礼に麻袋いっぱいの金貨をな」
「いつのまに……」
トリアは非難の視線をヴィスに浴びせかけたが、ヴィスはしれっとした顔で言った。
「いいじゃないか、くれるって言うんだから」
「エレクトリア・アンペールの従者として、そんな勝手なことをして……」
「細かいこというなよ。もう、もらっちゃったんだし」
「……」
トリアはなにか言う代わりに、大きなため息をついた。確かにいまさら、なにを言っても手遅れだ。それにヴィスはもうトリアの従者ではない。
トリアはもう一度鋭い視線を浴びせてから、釘を刺した。
「無駄遣いはダメですからね」
「ああ、わかってる。それよりもトリア、最後にひとつ聞かせてくれないか?」
「なんですか?」
「どうして、あのときオレを従者にしてくれたんだ?」
王宮の前で困っていたヴィスを、トリアはあっさり従者にしてくれた。なぜあのとき、トリアは断らなかったのか、ずっと頭の片すみに残っていた疑問を口にした。
トリアは微笑んだ。
「あなたが観光目的でケーナバルトに来たわけでないのは、わかっていました。路銀に見合わない移動手段、何かを思いつめ血走った目、後先を考えない行動……なにかしでかすつもりでいるのは明らかでした」
「だったら、なおさら従者になんかしないだろ!?」
トリアは頭をふった。
「逆です。王宮の前であなたがもめているのを見た瞬間、監視下に置かなければ危険だと思いました。あなたの突飛で脈絡のない行動が、私の計画の邪魔になるような気がしたからです。あなたは自覚していないようですが、あなたの行動原理は非常に不可解なものでした。連続性から行動を類推するエレクトオートにとって、その場の閃きで動き出す人間は脅威そのものだったのです。結局、私たちの計画は、あなたの行動によって大幅に変えられてしまいましたが――」
トリアはそこで言葉を区切り、逡巡したあと、照れくさそうに付け足した。
「でも、それでよかったと思います」
「おまえにそう言ってもらえると、うれしいよ」
ヴィスはトリアの目をまっすぐ見つめ、そして、最後に感謝の言葉をつぶやいた。
トリアはとてもうれしそうに微笑んだ。
*
トリアと別れたヴィスは、途中だった食事を再開する前にふと思い立ち、懐から骨の入った麻袋と羊皮紙を取り出した。そして、そのまま一掴みの骨を羊皮紙の上で転がした。
「ん!?」
骨が告げる運命に、ヴィスは思わず声を漏らした。
いまだかつて見たことのない凶相が、そこにあらわれていた。
あまりの悪相に、ヴィスの表情は凍りついた。
これはマズい。
ヴィスは唇を噛んで、考えこんだ。
一刻も早く、このことを相手に伝えるべきだろう。伝えることさえ出来れば――あいつのことだ、きっと、なんとかするにちがいない。
ヴィスが占った相手は――トリアだった。
たった今、そこで別れたエレクトオートの運勢を軽い気持ちで占ってしまったヴィスは、散らばった骨をすばやく片付け、コートとトランクを引っ掴むと、カフェを飛び出した。
「トリア、待て。列車に乗るな!」
すでに大陸鉄道に乗りこんでいるはずのトリアにむかって、ヴィスは叫んだ。
「このまま国にもどったら、おまえの身が危ない。だから列車に乗るな!」
プラットホームに出た瞬間、発車のベルが鳴り響いた。大陸鉄道列車のドアがいまにも閉まろうとしている。
考えているヒマはなかった。
ヴィスは全力疾走で列車に飛び乗った。
〈了〉
これでヴィスとトリアの冒険譚はおしまいです。
最後までおつきあいいただきありがとうございました!




