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翌日、ふたりは予定通り謁見の間に案内された。
宮殿は隣接する中央政務室とはまたちがった雰囲気の建物だった。アーチ状の天井はかなり高いところにあり、流線型の模様が刻まれた柱が何本も並んでいる。白い大理石の壁や柱とは対照的に床には緋色の絨毯が敷かれ、天井には神話の一場面を切り取った絵が描かれていた。なにもない、ただ広々とした空間に柱があるだけなのに独自の世界を作り上げている。
ヴィスは足を踏み入れた瞬間、その雰囲気に息を呑んだ。そして、自分が緊張していることに気づいた。だが、緊張しているのはヴィスだけではない。正装に身を包み、玉座の脇に立っているフラット次官の表情もかなり硬くなっているのが見えた。
目があったフラットは黙ったまま、目礼をしてきた。しかたなく、ヴィスはそれに答えた。すると、それが合図であるかのように、報せの鐘が鳴り、ケーナバルト二世が姿をあらわした。
奥の扉から白髪の侍従長を従え、やや小柄な少年が玉座に腰かけた。華奢な体つきだが、理知的で意思の強そうな目をしていた。
静まり返った謁見の間に、声変わりの終わっていない少し甲高い声が響いた。
「遥か遠方エレクトリア・アンペールの大使、それに従者の方よ。この度はご迷惑をおかけしました」
トリアが恭しく頭を下げ、ケーナバルト二世の言葉に答える。ヴィスもそれに倣い頭をさげた。
「陛下の御世が常しえに栄えますように」
トリアの挨拶にケーナバルト二世は微笑み、片手をあげて制した。
「ありがとう。ですが、こちらの作法にあわせていただく必要はありませんよ。エレクトオートは効率を最重要視されるのでしょう? こちらの作法は無駄が多いからお気遣いなさらず、いつもどおりお話しください」
「――では早速、お聞きします。昨夜起こった国立電池工場での一件はすでにご存知でしょうか?」
ケーナバルト二世は力強くうなずいた。
「この国に責任はないとお考えですか?」
「……」
トリアのあまりに単刀直入な問いかけに、広い謁見の間が凍りついた。
「いかがですか?」
「……責任は感じています」
ケーナバルト二世はトリアをまっすぐに見つめ、答えた。
「あなたがたにはもちろん、リオット・バルマーにも申し訳ないことをしたと思っています」
「リオットにも?」
「はい」
ケーナバルト二世は非難されるのを承知で言ったようだった。侍従長とフラットが顔を見合わせ、慌てふためいていた。うら若い国王の口を制止したいようすだったが、そんなことができるはずもない。ケーナバルト二世は構わずに、話を続けた。
「リオットに留学を勧めたのは、私です。私が彼をエレクトリア・アンペールに送らなければ、今回のことは起こらなかったでしょう。あなた方に多大な迷惑をかけることもなかったし、一人の男と、その娘たちを追い詰めることもなかった。私は自国の発展を急ぐあまりに大切なものを見落としてしまった――ですから、私は全責任を取るつもりでいます。国家問題として責任をお求めならば、それに応じるつもりです」
ケーナバルト二世の真摯な態度にトリアはギアを高速回転させたあと、淡々とした口調で結論を述べた。
「今回の件は不問にします」
「不問!?」
突然の発言に、ヴィスもフラットも思わず声を漏らした。
「一体、どういうことだ!? なぜ、責任を問わない? 国家問題にしたかったわけではないのか?」
「フラット次官!」
抗しきれず問いかけるフラットに、ケーナバルト二世の鋭い叱責が飛んだ。
「で、ですが陛下、これにはなにかウラがあると考えるべきです」
「ウラなどありませんよ。フラット次官」
トリアはかすかに笑い、すぐに哀しそうな表情をみせた。
「陛下がリオットを留学生として送り出したように、我々も彼を受け入れた事実があります。我々が彼を受け入れなければ今回の悲劇は、やはり生まれなかったでしょう。人をエレクトリア・アンペールに迎え入れるのは、まだ早すぎたようです。その点ではこちらにも責任があります。だから不問にすると申し上げているのです」
周囲にざわめきが起こった。誰もが予想していなかった展開に居並ぶ大臣、武官たちが驚愕の表情をあらわにしていた。無理もないことだった。ふつうなら国際問題に発展してもおかしくない事件のはずだ。それなのに今回のことはなかったことにするという。
一体、トリアはなにを考えてるんだ。
ヴィスは眉をひそめた。
「どういうつもりだ? それにそんなこと勝手に決めていいのか?」
「私はエレクトリア・アンペールの特命全権大使として、判断し、最終結論を出す権限を得ています」
トリアはにこやかに微笑み、あらためてケーナバルト二世のほうをむくと襟を正した。
「ですから陛下、私の判断はそのままエレクトリア・アンペールの判断と思っていただいて結構です」
「わかりました――ミレッド大使の言葉を信用しましょう」
ケーナバルト二世は安堵の表情をうかべた。少年らしい屈託のない顔が垣間見え、震えるようなかすかな吐息が聞こえた。国の運命を左右するやり取りに重責を感じないものなど誰もいない。張り詰めていた緊張の糸が緩み、場の空気が少し和んだ。
「ところで陛下」
唐突に明るい口調で、トリアが切り出した。あまりに軽快な口ぶりに、ケーナバルト二世は戸惑ったようすで、首をかしげた。
「なんでしょうか?」
「ひとつ余興におつきあいいただきたいのですが、お願いできませんでしょうか?」
「余興?」
おうむ返しの質問に、トリアはうなずいた。
「実は隣に控えているヴィス・クロットには占いの特技がございまして、ぜひ、陛下にお目にかけたいと思っているのですが、いかがでしょう?」
「な!?」
フラットと侍従長が身を乗り出し、なにかを言おうとしたが、すでにケーナバルト二世の腕があがりふたりの口を封じていた。声を漏らしたのはほかでもない、たったいま紹介されたヴィス自身だった。
な、なにを考えてるんだ!
このタイミングで占えっていうのか? 冗談じゃない。昨日の一件のせいで、どう伝えるべきか、まだ考えてないんだぞ。いくらなんでも、この場で“死を意味する凶相が出ています”なんて言ったら、どうなるかわかったもんじゃない。
占いの結果を伝えるつもりでいたヴィスだったが、さすがに心の準備が出来ずに目を白黒させ、トリアを見た。トリアは笑っていた。
「大丈夫ですよ、ヴィス。いつもどおり占ってみてください」
「なにが、どう大丈夫なんだ!」
ヴィスは器用に小声で叫びながら、トリアをにらみつけた。だがトリアはヴィスの視線を無視し、ケーナバルト二世に返答の催促をした。
「いかがですか? 陛下。これでなかなかよく当たるので、ぜひ陛下の将来を占ってみたいのですが」
「……そこまで、おっしゃるのなら占っていただきましょうか?」
まだ困惑気味のケーナバルト二世は、ヴィスに問いかけるような視線を投げかけた。ヴィスは覚悟を決めるしかなかった。その瞳の奥に好奇心に満ちた輝きが宿っているのに気づいたからだ。消極的なそぶりを見せてはいるものの、内心では興味津々らしい。ここで頑なに断れば、それはそれでいい結果にならないような気がした。つまり、日をあらためて出直す機会はないということだ。
ヴィスは黙ってうなずき、懐から骨の入った麻袋と羊皮紙を取りだすと、床の上に置いた。
両腕を天井にむけて突き出し、ゆっくりと精神を集中し始める。宮殿の神聖な空気がヴィスの体にまとわりつき、周囲の邪魔な思念が次々に取り除かれていった。やがて自分自身の存在も意識に底に沈んでいった。
静かに目を開き、床に胡坐をかくと、麻袋に手をいれ一掴みの骨を取りだした。そして、そのまま、羊皮紙の上にばら撒いた。
乾いた骨の音があたりに響き、ケーナバルト二世の将来があらわれた。
「えっ!?」
ヴィスは占いの結果に、思わず声をもらした。
いままでに見たこともないような吉相(良いことが起こる前兆)があらわれていたからだ。子孫繁栄、長命の相がはっきりと出ていた。
どういうことだ。以前の結果では確かに死を暗示していた……それがどうして覆ったりしたのだろうか。ヴィスは何度も骨の位置を確認し、その意味を読み取った。だが、どう読み取ろうが、死をあらわす骨は、一片も見つからなかった。
「どうかしましたか?」
ヴィスのあまりに深刻な顔つきに、ケーナバルト二世が不安そうに尋ねた。
「なにかよくないことでも、出ているのですか?」
「あ、いえ。そういうわけではありません……」
ヴィスは相手の不安を打ち消すように強く頭をふり、占いの結果を述べた。考えていてもしようがない、今は結果を伝えることに専念しよう。
「陛下はこの先、大きな病にかかることもなく立派に国を成長させ、国民から信頼される立派な賢君になられる――と占いは告げています」
「ありがとう。私もそうなるよう努力しようと思います」
ケーナバルト二世はうれしそうに顔を輝かせ、ヴィスに祝福の言葉を述べた。ヴィスは恭しく頭をさげ、しばらく逡巡したあと言葉を続けた。
「それから、もう一つ」
「もう一つ?」
「陛下は初恋の方と結ばれ、多くの王子、王女に囲まれて暮らすようです」
「そ、そうですか……では、慎重に初恋をしようと思います」
まだ少年であるケーナバルト二世が顔を真っ赤にして答えると、周囲の者たちに笑いが起こった。
親しみのこもった温かな笑いだった。みんな、ケーナバルト二世が好きなのだ。
ヴィスはその和やかな雰囲気のなかで達成感を感じ、みんなと同じように微笑んだ。
ただ隣にいたトリアだけは、なにがおかしいのかわからない、といったようすで首をかしげていた。




