36
中央政務室についたトリアたちは、応接室に案内された。
フラットはふたりをソファに掛けさせるとトリアのために新しい電池と服の手配をし、ヴィスのために温かい紅茶を用意してくれた。フラットはしばらくここで待つように言うと、経過報告にやって来た新任の秘書官を連れ、隣の部屋に入っていった。
よほど注意を払っているのだろう。ヴィスもトリアも耳をすませてみたが、話し声の内容はうまく聞き取れなかった。
ただ、報告を受けて出てきたフラットは、心労のせいか老けこんでいた。
「お待たせして申し訳ない。事態の収拾に予想以上の時間がかかっていましてね」
そりゃそうだろう。
ヴィスは思った。あれだけ派手にやったのだから当然だ。むしろ、フラットは的確に指示を出し、迅速に動いているほうだろう。
新しいシャツに袖を通していたトリアが、静かに訊ねた。
「ウル工場長たちがなにを企んでいたのか、わかりましたか?」
「いや、まあ……」
フラットが言葉を濁すと、トリアはさらに質問を続けた。
「電池工場を装い、軍事兵器を量産していた目的はなんだったんですか?」
応接室が静まり返った。
フラットは眉間に一層深いシワを刻みこんだ。
「大使、これだけは最初に言っておきたいのですが、今回の件はあの三姉妹が勝手に行ったことであり、ケーナバルト政府は一切、関係していません。こちらは本当に困惑しているのですよ。あなたとちがって、こちらはなにも知らなかった……あなたはすでになにかを掴んでいたようですが、どうやってそれを知ったのか教えてもらいたいぐらいだ」
フラットの言葉にトリアは応じるようにうなずき、これまでに至る経緯を語った。
輸入しているレアメタルの量が出荷している商品の量とつりあわないこと、リオットの設計どおりであれば発生することのない公害のこと、そして、ヴィスが遭遇した不気味な工員(アーミオート)のこと……説明のたびにフラットは低い唸り声をあげた。
「――最後は戦車まで持ち出し、われわれを抹殺しようとしていたのはフラット次官もご存知のとおりです。ただ、ひとつわからないことがあります。彼女たちはなぜ、エレクトリア・アンペールと戦争をしようと思っていたのでしょう?」
突然、飛躍したトリアの話に、フラットはうろたえた。
「ま、まってください。エレクトリア・アンペールと戦争をするだなんて、そんな話は……」
「では、どこと戦争をするつもりで、あれほどの軍事兵器を量産していたのですか? わたしの知る限り、近隣諸国であれだけの軍備が必要となる国はそれほどないと思うのですが」
「そ、それは……」
トリアの畳み掛けるような勢いに、フラットは言葉を詰まらせた。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。トリアは冷静にフラットのようすを眺め、答えを待った。
だが、つぎに口を開いたのは、意外なことにヴィスだった。
「ウルたちがしようとしていたのは戦争じゃない。復讐だ」
「復讐?」
トリアが眉をひそめ、聞き返した。フラットの顔が一瞬、ひきつった。
「どういう意味ですか?」
「さあな。でも、ウルはそう言ってたんだ」
ヴィスは黙ってフラットを見た。おまえはなにか知ってるんだろ、といわんばかりに凝視してみせる。フラットが深いため息をついた。
「わかりました。ここから先はかけひきなしでお話しましょう。そのほうがよさそうだ」
フラットは諦めたような口調で席を立ち、となりの部屋から何冊かノートを持ってきた。机に広げられたノートは随分古いものらしく、紙は黄ばんでいた。
「これは?」
トリアが訊ねると、フラットは疲れたようすで答えた。
「リオット・バルマーの日記です。三姉妹の屋敷からついさっき発見されたものです」
トリアはノートを手に取ると、あっという間にページをめくり、ノートの内容を記録していった。
「あなたなら、これでもうおわかりになるのではありませんか?」
フラットの言葉に、トリアはなんの反応も示さずギアを回転させていた。
「なんだ? 一体なにが書いてあるんだ?」
仲間外れにされたヴィスは、子どものように口を尖らせ説明を求めた。すると、トリアが少し哀しそうな表情で言った。
「これを読んでみてください」
ヴィスは手渡されたノートに目を通した。
特徴のある字が一面にびっしりと埋め尽くされていた。
……僕にはわからない。彼らはなにを目指しているのか? なにをしようとしているのか? 休みも眠りもしないエレクトオートは不気味だ。彼らは機械の体でひたすら生き続け、技術をどこまで向上させるつもりなのだろう……この国は脅威だ。怖ろしい。ケーナバルトは本当にエレクトリア・アンペールの後を追うだけでいいのか? もし彼らがケーナバルトに敵意を持ったとき、僕たちはどう対応すればいいのか……国に残してきた娘たちの将来を僕は守れるのだろうか……
リオットがエレクトリア・アンペールに留学していたころの日記らしく、その日アカデミーで受けた講義の感想や、ひらめいたアイディアのらくがきなども一緒に記されていた。だが、大部分は、その驚異的な技術力を畏怖するものだった。当時、たったひとりでエレクトリア・アンペールに留学させられたリオット・バルマーはその技術力に圧倒され、次第に恐怖を感じるようになっていったらしい。そして、その技術を生み出す眠らない機械人形にも不気味さを感じていたようだった。
ヴィスは顔を上げ、首をかしげた。
「リオットは五年前に亡くなってるんだろ? メリルたちが父親の意思を継いだってことか?」
フラットはゆっくりと首を横にふった。
「こちらで調べた限りでは、リオットにエレクトリア・アンペールを攻める気などなかったようです。彼はケーナバルトの工業技術を向上させることで、エレクトリア・アンペールと対等になることを目指していました」
「だったら問題ないじゃないか」
ヴィスの言葉に、フラットがまた首をふった。
「彼はエレクトリア・アンペールに追いつくために、休むことも眠ることも拒否してしまったのです」
「眠ることを拒否?」
「帰国後のリオットは一睡もしなかったようです。彼はとり憑かれたように電池工場の建設に取り掛かり――命をすり減らしていった。当時のリオットの口癖は“彼らは眠らない。眠っていては追いつけない”だったそうです」
「エレクトオートが父を殺した――あの三姉妹はそう思ったのですね」
それまで黙っていたトリアが突然、口を開くと、フラットは小さくうなずいた。
「彼女たちは父親の技術を応用して兵器を量産し、復讐の機会を狙っていたようです」
昼はトリチウム電池を量産し、夜はアーミオートや多脚形戦車などの兵器を各工場で量産していたらしい。フラットの調査によると人が立ち入らない完全オートメーション化の工場では、初めから兵器工場として稼動していた場所もあったという。
ヴィスはおそろしい話だと思う反面、三姉妹に同情した。
ケーナバルト発展のために留学することが決まった自分たちの父親。出発前はさぞ未来に夢を膨らませ、よろこんで父親を見送り、帰りを待ったことだろう。それなのに帰ってきた父親はすっかり変わり果てていた……。彼女たちの希望は打ち砕かれたのだ。
復讐だ、といったウルの顔がよみがえった。
ヴィスは小さく嘆息した。
トリアもつられるようにため息をついた。
「わたしはケーナバルトの国境から、ずっと三姉妹に狙われていたのですね」
「彼女たちにこのような狙いがあるとは知らなかったため、こちらは気にもしていませんでした。本当に申し訳ないことをした」
「フラット次官は、あの三人が姉妹だということはご存知だったのですか?」
「いや、それが……ウル工場長以外のふたりは母方の姓を使っていたので、まったく気づいていませんでした」
「母方の姓ですか……なるほど」
トリアは独り言のようにつぶやき、納得したようにうなずいた。フラットは怪訝そうに首をかしげたが、あまり深くは追求しなかった。
「……ところで大使、今回の件についてですが、どのような対応をお考えですか?」
「どのような対応とは?」
「いや、つまり、その……国家間の問題として扱うおつもりなのか、それとも、個人的な犯罪行為として扱うおつもりなのかをお聞きしたいのです」
「どちらがよろしいですか?」
意外な返答に、フラットはさらに言葉を詰まらせた。
「そ、それはもちろん、後者のほうです。最初に申し上げたとおり、今回の件にケーナバルト政府はなんの関与もしておりませんから」
「国の意思はまったくなく、あの三姉妹の暴走に過ぎないということですね」
「そういうことです」
フラットはきっぱりと断言した。トリアはかすかに眉をひそめ黙りこんだ。
黙りこんだ末に、トリアは言った。
「結論は、ケーナバルト王に直接申し上げたいと思います」
「へ、陛下に直接!?」
フラットは目を白黒させて、うろたえた。
「明日の謁見の際に、ケーナバルト王ご自身のお考えをお聞きしたうえで、今後、この問題をどうするかお答えしたいと思います」
「し、しかし、それは……」
フラットは口をパクパクさせ、なにか言おうとしていたが、言うべき言葉がうまく見つからないらしい。いつまでも金魚のように口を動かしているだけだった。逆にトリアが不思議そうに訊ねた。
「なにか問題でも?」
「いえ、問題などはありませんが……」
「では明日、謁見の間でお会いしましょう」
トリアはソファから立ち上がって微笑むと、ヴィスをつれて中央政務室をあとにした。
フラットは新任の秘書官に見送りを頼むと、隣室のデスクチェアに体を預け、深いため息をひとつついたあと、机の上の電話を引き寄せ、受話器を持ちあげた。
真夜中であるにもかかわらず、相手の侍従長はすぐにでた。どうやら電話を待っていたようだ。
「ああ、わたしだ。フラットだ。厄介なことになったよ」
状況を知りたがる侍従長の声。
「わからん。エレクトオートの考えることなんか、私にわかるわけがないだろう!」
フラットをなだめる声が受話器から響いた。
「すまんな、八つ当たりする気はないんだが……とにかく、明日、陛下の意見を聞いて大使は判断すると言っていた。だから、明日のお言葉次第というわけだ」
相手の唸り声。
「朝一番に事情の説明をしに、そちらに行くつもりだ……いろいろ打ち合わせておきたいこともあるからな」
相手の声。
「それにしても、メリルたちがあんなことを考えていたとはな……正直、ショックだよ。いや、本当に気づいてなかったんだ。うそじゃない。きみまで疑うのか?」
からかうような笑い声。
「笑い事じゃない。最悪の場合、戦争になる可能性だってあるんだ。それを忘れるな。いまエレクトリア・アンペールと戦争をしても勝ち目はない。一方的に攻めこまれるだけだ」
相手の声。
その声を聞き、フラットは自嘲気味につぶやいた。
「工場で量産していたアーミオートたちを使う? 使ったところで勝てやしないさ。彼らは我々のはるか先をいってるんだ……だが、きみの言うとおり、どうしても戦争が避けられないのなら、それも一つの手段だろうな」
相手のため息。
「おいおい疲れるのはまだ早い。本当に疲れるのは明日だ」
フラットはそう言い、乾いた笑いを漏らした。




