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チェックメイトの一手先  作者: 八海宵一
19/40

18

 ヴィスはトリアの部屋の前までいき、ドアをノックしたが、何の反応もなかった。

「入れちがいになったかな?」

 一人でつぶやいた後、すぐに首を振った。

 フロントからトリアの部屋までは、入れ違いになるような通路がない。ヴィスはもう一度ノックし、ドアノブをまわした。すると、鍵がかかっていなかったらしく、ドアは簡単に開いた。

 部屋の中は薄暗かった。ヴィスは暖炉(だんろ)から()れるかすかな()かりをたよりに、部屋のなかに進み、電灯のスイッチを入れた。

「なっ」

 目の前の光景に、驚愕(きょうがく)した。

 部屋の中央にあるソファーの近くで、トリアは仰向(あおむ)けに倒れていた。シャツが引き裂かれ、白い腹部が開かれた状態で停止していた。なかをのぞきこむと、トリチウム電池が抜き取られ、ギアも細いピストンも動いていなかった。

「トリア!」

 ヴィスは駆けより大声で呼びかけたが、トリアは反応しなかった。

「くそ!」

 部屋を見回し、ヴィスはトリアのアタッシュケースを探した。あのなかにトリチウム電池があるはずだ。だが、アタッシュケースが見当たらない。ヴィスは舌打ちしながら、ほかの部屋も探してみたが、どこにも見当たらなかった。

 襲った奴が持っていったのだろうか?

 ヴィスはトリアのところにもどり、考えた。

 とにかく電池だ。電池をなんとかしないと。

 すべての表情を消失させ、目を閉じているトリアを見て、ヴィスは(あせ)りを感じた。

 この状態は眠っているのか、それとも、死んでいるのか。

 ヴィスは昼にもらったトリチウム電池を思いだし、あわててコートのポケットから取り出した。使用後の電池だから、もう使い物にならないかもしれなかったが、それでもヴィスは、真鍮色のトリチウム電池を慎重に()めこみ、腹部を静かに閉じてみた。

 静寂。

 トリアは目を閉じたまま動かない。

「ダメか……」

 あきらめかけたとき、聞き覚えのあるギア音が鳴り出した。

 カチカチ……ギギギ、ウィーン。

 しばらくギア音が鳴り響いたあと、トリアは静かに目を開いた。

「ヴィス……おはようございます」

「おはようじゃない! 一体どうしたんだ!?」

 ヴィスの質問にトリアは半身を起こし、二度、(まばた)きをした。

「よくわかりませんが、後頭部に衝撃を受けたようです」

「よくわからない? 怪しい人影とか、気配とか、感じなかったのか?」

「ソファーで書類を読んでいたら、ドアの開く音がして、振り向いたら、後頭部に衝撃が走りました――おや?」

 トリアはいろんな間接部分を動かしながら、首をかしげた。

「おかしいですね。電池の残量が少ない。予想よりもずいぶん()りが早いですね」

「いま入れてるのは、オレが昼にもらった電池だよ。もともと入れてた電池は誰かが抜き取っていった」

「なるほど……では、すいませんが、テーブルの上に置いているアタッシュケースを取ってもらえませんか? そこに電池が入っているので」

「そいつも、なくなってるみたいだ」

 ヴィスは短く答え、フラフラと立ち上がったトリアに肩を貸し、中央のソファーに座らせた。そして、そこで妙な違和感をおぼえた。

 この部屋は、なにかおかしい。

 ヴィスは、あらためてまわりを見回した。物取りのように引っ掻き回したようすはないが、この部屋はあきらかに、なにかが不自然だった。そういえば、入ったときからなにかが変だった。思い出せ、なにがおかしかった?

 ヴィスは唇に指を当て、入ったときのことを思い出した。

 薄暗い部屋。

 かすかに部屋のようすが見えて……。

 ヴィスは電撃が走ったように目を見開いた。

「お前、暖炉の火をつけたか!?」

「いえ」

 トリアの言葉にヴィスは反射的に反応し、暖炉に駆けよった。

 どうして、エレクトオートの部屋に暖炉の火が必要なんだ。

 ヴィスは火掻(ひか)き棒を掴み、暖炉の薪をかき回した。予想通り、薪の下で灰に埋もれたアタッシュケースがくすぶっていた。ヴィスは火掻き棒をアタッシュケースの取っ手に引っ掛け、引っ張り出した。

「ヴィス、離れたほうがいいですよ。トリチウム電池は516℃を超えると、破裂しますから」

 ソファーから立ち上がったトリアは、ヴィスの足元で煙を上げているアタッシュケースを拾い上げ、ヴィスから遠ざけながら中身を確認した。端の焦げ始めた書類を確認し、焦げたトリチウム電池を確認した。

「熱くないのか?」

 ヴィスが訊ねると、トリアはうなずいた。

「ええ、そういう感覚はありませんから」

 トリアは電池が破裂しないことを確認した後、カバンごとテーブルの上に置き、フラフラとした体を投げ出すように、ソファーに倒れこんだ。

「どうやら、いくつか書類が抜き取られているようです。その事実を隠すためにおそらく暖炉に放り込んだのでしょう。もしかしたら、電池の破裂を利用して、部屋ごと火に包むつもりだったのかもしれません」

「誰がそんなことを?」

 ヴィスの質問にトリアは首をふり、肩をすくめた。

「具体的に誰かはわかりませんが、工場見学をされると困る人物でしょうね」

「どうして、工場見学をされると困るんだ?」

「そこに不正があるからです」

 トリアは淡々(たんたん)と答えた。

「不正?」

 ヴィスは突然の言葉に耳を疑った。トリアは天井(てんじょう)を見つめたまま、話しだした。

「引き算が合わないんです。仕入れている原材料に対して、生産している電池の数があまりにも少ない。一体、あまった原材料はどうしているのでしょう?」

「単に効率が悪いだけじゃないのか?」

「かもしれません……ですから、それをあきらかにするため、私は視察に来たのです」

 そして、トリアは襲撃(しゅうげき)にあった。

 ヴィスもキナ臭いと思った。

「なんだか、とんでもないことになってきたな」

「そうですね。巻きこんでしまって、申し訳ありません」

 トリアは身を起こし、頭を下げた。それを見て、ヴィスは苦笑した。

「お前が悪いわけじゃないだろう。不正を(あば)けばいいだけのことさ」

「でも、あなたに被害が(およ)ぶかもしれない」

「まあ、そのときは、そのときだ。ケーナバルト二世に会うまで、オレはお前の従者を務めるぞ」

「……ありがとう」

 トリアは微笑みながら、立ち上がった。

「では、行きましょうか」

「行くって、どこへ?」

 ふらついているトリアを心配しながら、ヴィスが訊ねた。

「夕飯をご一緒する約束でした。毒茄子の講義をお聞きしないと」

「いや、お前、それどころじゃないだろう……もっとほかになにかするべきことがあるんじゃないか?」

「起きてしまったことに対しての対処は終わりました。ほかにすることはありませんから、当初の目的を達成するべきです。それに電池も買いに行きたいですし」

「……だったら、オレの服を貸してやるよ。その格好はあんまりだ」

 ズタズタに引き裂かれたシャツを見て、トリアはうなずいた。

「でも、サイズが合うでしょうか? あなたのサイズに合わせているのなら、少し小さいかもしれません。おかしな格好にならないでしょうか?」

 妙なところは心配するんだな。

ヴィスは思った。

 ふたりは電池を買い求め、毒茄子料理を食べたあと、――トリアの服を買いに行った。

 やっぱりヴィスの上着は、少し(たけ)が短かった。

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