第203話 ちゃんとある!
通訳の女性が訳し終わっても、誰もすぐには何も言わなかった。
一度も動いていない中継機が、置いた時とは反対側の道の前で見つかった。
「……三番と、同じだ」
口に出したのは、陸だった。三番の矢印も、右の道を指していた。帰りには、その右が壁になっていた。
ウォーカーが、斜面の下の暗がりを見た。
「入口から、この距離で」
通訳の女性の声は、低かった。
眼鏡の女性は、写真と数字の列を交互に見ていた。中継機を誰かが動かしたんじゃないか。会議室で陸が口にしたその考えは、今の数字で消えた。けれど彼女は、それ以上のことを何も言わなかった。
「この記録は、すぐに解析へ回します」
それだけ言って、彼女は端末を閉じた。
陸はサモンマップの、入口から広い空間までの線を見下ろした。さっき自分とエリナが下りてきた斜面だ。今も、印はその線の上にある。
「俺の線は、入口からちゃんとつながってます。中にいる間、ずっと見ときます。合わなくなったら、すぐ言います」
ウォーカーは陸を見て、頷いた。
「それを頼みます」
それから、彼は口の右側の岩壁へ目を移した。傾いた点検歩廊の先端が、さっきと同じ場所で、投光器の光の外に浮いていた。
「JOHN。さっきの話を」
「やります!」
作業服の男性が、ワイヤの束を抱えて走ってきた。空港で親指を立ててくれた人だった。太いワイヤの先に、輪になった大きな金具が付いている。男性はそれを陸に見せてから、手に持った細い棒の先を歩廊の先端へ向けた。棒の先から赤い光の点が伸び、先端の床の裏にある、太い鉄の輪を照らした。
「あそこに、これを掛けてほしいそうです」
「ガーゴイル、来い!」
広い空間の上を回っていたテンペストガーゴイルが、斜面の上まで滑るように上がってきた。周りにいた隊員たちが、思わず一歩下がる。陸は金具をガーゴイルの爪へ握らせ、赤い点を指さした。
「あの赤いとこの輪っかに、これ引っかけて。足場には乗るな。触らないで、横から」
ガーゴイルが翼を打った。
ワイヤを引きずりながら、白い巨体が岩壁沿いを口の奥へ滑っていく。傾いた足場の横で羽ばたきを細かくして宙に止まり、爪を伸ばした。金具が鉄の輪に当たる、硬い音がした。一度外れる。もう一度。今度は、がちん、と噛み合った音が口の中に響いた。
陸がガーゴイルを下がらせると、作業服の男性が後ろへ合図した。テントの横の機械が唸り、ワイヤが少しずつ張っていく。
傾いていた足場の先が、軋みながら持ち上がった。
手すりがまっすぐに戻り、ほかの足場と一列に並ぶ。少しして、先端の投光器が瞬いた。一度、二度。それから点いたままになり、白い光が口の奥の斜面を照らした。
テントの方から、短い歓声が上がった。
作業服の男性は機械の横で端末を覗き込み、何かを確かめてから、陸の方を振り返った。親指が立っていた。
「……カメラも、戻ったって」
通訳の女性が言った。
陸はエリナと斜面を下り、広い空間へ戻った。
さっきより明るかった。歩廊の先の投光器が、斜面の下の方まで光を届かせている。左右の口の前では、ロイヤルナイトとコボルトベヒーモスが、さっき立たせた場所から一歩も動かずに立っていた。
陸は手近な岩に腰を下ろし、スケルトンストックを開いた。さっきの戦いに出した個体を並べていくと、二つの行で指が止まった。
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フラッシュファングウルフ B Lv.46
ゴブリンホークアイ B Lv.42
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「フラッシュ、上がってる!」
最後に見た時は45だった。麻布台のソファで、上の三体はもうなかなか動かないとぼやいた時の数字のままだったのに。
「ホークアイも一個上がってる! お前ら、今日すごいな!」
広い空間の端で、フラッシュファングウルフが耳のない頭を少しだけ傾けた。ホークアイは、次の矢をつがえたまま動かなかった。
陸はサモンマップに戻り、左の線の付け根、一番の中継機が倒れていた場所にマーカーを置いた。
入口から斜面。広い空間。その奥で、左右へ短く伸びる二本の線。今日、陸の地図に描かれたのは、それで全部だった。
エリナが陸の隣の岩へ上がり、画面を覗き込んだ。前脚の先で、入口から斜面を下りてくる一本の線をなぞる。
「リク。かえりみち」
陸は顔を上げて、斜面の上を見た。
投光器の白い光が、さっきと同じ場所にあった。
「ある。ちゃんとある」
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