幕間2、オルソー・レッダ
この休暇を終えれば、自分が次にエラズの町に帰るのは何年も後になるだろう。
オルソーはぼんやりと考えながら乗合馬車に揺られる。
人数ギリギリまで乗せる馬車は長距離移動には向かないが、各町それぞれに配置されているので乗り継ぎを繰り返せばかなり遠くまで出向くことができる。
王都アレンジュから東の辺境ナスタチウムの境までで二日、そこから更に海側のトラジア地方まで更に二日、この四年ですっかり慣れた道のりだ。
少ない荷物を肩に掛け、オルソーは両親や傭兵仲間の待つエラズの町に帰る。
たいして大きくない町だ。
町に入るなり、通りかかる人々が声を掛け、久しぶり、お帰りと言ってくれる。
それにいちいち返事をしつつ、きゃあきゃあと駆け寄ってくる少女を何人か躱して、オルソーは家ではなく傭兵ギルドに向かう。両親がいる確率はそちら方が高い。
「よう!オルソー」
「お帰り!」
「またでかくなったか」
扉を開けるなり暇を持て余した様な年上の傭兵達が賑やかに声を掛けてくる。
同時に古い建物に染み付く汗と埃と酒、そしてかすかな血の匂いがむわっ、と鼻を襲ってきた。久しぶりの匂いにオルソーは鼻に皺を寄せる。
「ただいま、何だよサボってんのか?」
「サボってねぇよ!待機だ待機、いつ依頼が来るか分からんだろうが」
「サボりじゃねぇか、小物狩りでもやってろよ」
「儲からんだろう!」
がはは、と笑う年配の傭兵達は昼間だというのに酒を飲んでいる。それでもいざとなれば酔っ払いのカケラも見せずに魔物へまっすぐに向かえるので、中々の手練れではあるのだ。
変わらないやりとりにオルソーは肩にかけた荷物を背負い直し、軽く笑う。
「まあいいや、親父とお袋は?」
「二人とも奥にいるぞ、お前の帰りを待ってるらしい」
「あ?珍しいな」
オルソーの父シュリークはギルドの職員、母アナダは傭兵だ。今までの帰省で、わざわざ両親に待たれた事など無かったのだが。
オルソーが不審に思う間にも傭兵達は奥へ向かって大声を出している。
「おーい、オルソーが帰ってきたぞー!」
オルソーは威勢の良い声に押されるようにギルドの奥へ向かう。職員の控え室か、それとも来客室か、ギルド長室か。
「やあ、予定通りじゃないか。お帰り」
控え室の扉が開き、杖の音と共に迎えてくれたのは父シュリークだ。オルソーが子供の頃に討伐の仕事で片足を失い、今はギルド職員として働いている。
オルソーの容姿はこの父からの遺伝だ。
皺ひとつない制服をピシリと着用して長い髪をきちんと束ねた姿勢の良い姿は「良いトコ出身」だとありありと分かる。
「ただいま。珍しいな、出迎えなんて。お袋は仕事じゃないのか」
「お前が今日帰ると言うから、休んだんだよ」
「…怪我じゃねぇよな?」
「まさか」
怪訝そうに、しかし気遣う様子の息子の言葉にシュリークは笑う。
「アナダがそんな怪我を負うならこの町はもう無くなっているよ」
オルソーはずっと母をバケモンだと思って生きてきたが、どうやら父もそうらしい。訳がわからないぐらい強いニンゲンなのだ。
「お帰り」
バケモン、もとい、母アナダが扉の枠に腕を掛けて覗いている。
細い体躯の双剣使いで、感覚がおかしいのか真冬なのに長袖一枚でケロリとしている。
「ただいま。…なんか企んでるか?」
本当に今まで帰省を出迎えられた事など無いのだ。オルソーは警戒してしまう。歩みを止める息子に、シュリークとアナダは顔を見合わせ、笑った。
「お前に報告する事があってね」
おいで。
肩を叩いて先に部屋に入ってしまう父親に、オルソーは首を傾げながら続いた。
「はぁ!?…苗字!?」
じゃーん、と、シュリークとアナダが机の上に広げた紙切れに眉を顰めたオルソーは、両親の報告に瞠目して大声を出した。
何と、オルソー達家族がトラジア地方の市民として正式に戸籍を取得して姓ができた言うのだ。
「いつから住んでるかとか過去の納税の履歴とか、仕事の合間にやってたから時間が掛かってね。身元の保証は領主様が直々にして下さったから、そこは早かったんだけど」
シュリークはにこりと説明する。
オルソーはまだ混乱中だ。
苗字?俺に?
「お前が騎士になって嫁を取るなら、正式にアルストロメリアの国民になった方が都合が良いだろ?シュリークが気付かなかったらヤバかったよ。私だけなら全然思い付かんから」
アナダがにやりと告げる。
当初の目的だった魔道士でもなく町に戻って傭兵になるでもなく、恋人のために王都で騎士を目指すと宣言していたオルソーに、両親は一切反対しなかった。「頑張れ」と、応援してくれていた。
しかし、まさか、戸籍まで。
「でも、良いのかよ。お袋はそういうの嫌だと思ってた」
しがらみを嫌い大暴れして祖国から逃げたのだと、かつてアナダは息子に教えていた。
シュリークの怪我もありこの町に家を買ったが、この国に滞在するための許可証を得てまで戸籍を持たなかったのは、いつでも別の国へ行けるようにするためだと思っていたのだが。
「別に良いよ、ここはまあまあ過ごし易いし、オルソーも楽しそうだしね」
ニッ、と口の端を上げて息子を見る。
「マジかー」
オルソーは驚き過ぎてどうしたら良いか分からない。後頭部をがりがりと掻いて、天井を見上げる。
「お前はこれからはオルソー・レッダだよ。そう名乗って行け。ちなみに姓は領主さんが考えてくれた」
「マジかー」
トラジア領主マース・クルガには世話になりっぱなしだ、礼とかどうしたら良いんだ。フォルセアに聞いた方が良いか?
オルソーは天井を見上げたままため息を吐く。頭が働かない。
何も分からん。
「で、オルソー」
「ん?何」
シュリークはファイルからいくつも書類を並べていく。
「お前の苗字の変更届とか、正式な戸籍の証明書とか、たくさんあるから無くさないように王都へ持って行きなさい。変更手続き頑張って」
「…は!?」
机の上と両親を交互に見る。
「俺は後三ヶ月で卒業…ってか、騎士課程の書類も全部書いて出してあるんだけどよ……」
全部、修正していかなければいけない。
「頑張れ」
アナダがグッと親指を立てた。
オルソーは降参するように両手を上げた。
「マジかー」
オルソー・トラジア改め、
オルソー・レッダ
彼は王都中央学園に在籍し、騎士を目指すアルストロメリア王国の国民である。




