第一試合 二回戦(下)
「これよりは生まれ変わった岡田以蔵が、嘘つきのお前に天誅を下す。」
岡田以蔵の叫びが地下闘技場に響きわたった。
鼓膜が破壊され平衡感覚のない老人には、その声がどこから発せられているのか分からない。
だが、確かに感じた。
まぎれもない死の気配を。
暗殺武術奥義 舌抜き!!
ギィンッ!
空気を切り裂く鋭い音がした。
「……ッ!?」
次の瞬間、焼け付くような激痛が舌を貫いた。
鎖鎌の刃が、鈴木の舌に突き刺さっていたのだ。
「ぐがぁぁあッ!!!」
老人は悶絶した。
だが、それすら一瞬のことだった。
「地獄の閻魔がお前の嘘つきの舌を早く抜きたいと待ってるぜ!」
岡田以蔵の声が響くや否や
ガンッ!!!
鎖鎌の鎖が一気に引かれた。
舌が引きちぎられる感覚。
口の中が一気に鉄臭くなる。
視界はない。聴覚もない。
だが、分かる。
血を吐きながら老人は崩れ落ちた。
だが、そのまま倒れ込む直前に、一つの事実に気づく。
「……鎖鎌は、2つあったのか……」
岡田以蔵は背中に折りたたんだ鎖鎌を隠しもっていたのだ。
老人の口から血が溢れながらも、かすれた声でつぶやく。
そして、倒れている人物にもう一度注意深く目を向けた。
審判員だ。
「……嘘つきの わしを、騙したな……」
老人の顔が、ひび割れた笑みを浮かべる。
岡田以蔵のの狂った笑いだけが静かにこだました。
老人・鈴木修は、血まみれの床に倒れ込んだ。
口元からは大量の血が流れ出し、もはや声を発することすら困難だった。
「令和の人斬り……見事、わしをだましたな……」
かすれた声でつぶやく。
「わしは……嘘をつくのに、疲れたんじゃ……」
老人は、もはや何も見えぬ目を天井に向けながら、最後の言葉を紡いだ。
「お前に頼みがある……」
岡田以蔵は無言で耳を傾ける。
「このトーナメントで優勝したら……鈴木保奈美という、わしの孫娘に……500万円、寄付してくれんか……心臓移植のために……基金を募っとる……最後の……お願いじゃ……やってくれるか……?」
その目からは、涙とも汗ともつかぬものが流れ落ちた。
岡田以蔵は、静かに答えた。
「……ああ。」
老人は、どこか安堵したような表情を浮かべた。
「ありがとうよ……」
そして──
ズブッ!!
老人の左手が不気味な輝きを放ち、毒手を自らの首に突き刺す。
「ぐ……あぁ……」
老人の体が痙攣する。
そして、そのまま静かに動かなくなった。
死んだ。
岡田以蔵は、血に塗れた老人の亡骸を見下ろしながら、ぼそりと呟いた。
「じいさん……死んだら、それは嘘か本当か……確認できないぜ……」
その言葉を最後に、岡田は地下闘技場を後にした。
場内が静寂に包まれる。
しかし、たった一人だけ、その勝利を心から喜んでいる男がいた。
尾上組の尾上哲夫だ。
「ハッハッハッ! さすがは令和の人斬り! これでオッズはどうなるかな? 面白くなってきたぜ!」
尾上は上機嫌に笑いながら、次なる戦いを楽しみにしていた。
死んだ者と、生き残った者。
戦いは、まだ終わらない。
第一試合2回戦は、令和の人斬りが暗殺武術 舌抜きより勝利となった。
次の3回戦は、死のフラメンコダンサー VS 槍使いの又坐の選手が格闘闘技場の入口へと足を進めた。




