第八話 剣道の決闘
高校へ走って向かうのは刑事の土方敏夫だった。彼は校門の前に並ぶ黒スーツの男たちに気づき、目を細める。
「……指定暴力団 坂本組のやつらじゃないか。四国のヤクザがなぜここにいる?」
その中心にいる男に目を向けた瞬間、土方は息を呑んだ。
(まさか……あの男は坂本龍太郎! 坂本組の若頭で、いずれ組長の坂本忍の跡を継ぐと言われている男……!岡崎がいるところには、必ず何かが起きるな。)
土方は授業が終わる放課後まで校門の前で待っていた。
土方敏夫が高校の正門をくぐると、異様な熱気が漂っていた。剣道場へと歩くにつれ、ざわめきが大きくなり、剣道場の前には多くの生徒たちが群がっている。
「なんだこれは……?」
土方は近くにいた生徒を捕まえて尋ねた。
「何があるんだ?」
「 岡崎と転校生の坂本が剣道で決闘するんですよ!」
「……は?」
土方は眉をひそめた。岡崎は確かに向こう見ずな性格だが、
よりによって暴力団の坂本と剣道で対決とは
「岡崎はとんでもないトラブルメーカーだな……」
そう呟きながら、人だかりをかき分けて剣道場の中を覗くと、そこには竹刀を構え、一触即発の雰囲気を漂わせる二人の姿があった。
坂本龍太郎は余裕の笑みを浮かべ、竹刀を軽く回しながら言う。
「ほう、ようここまで来たのう。男なら逃げんと勝負せんといかんぜよ、岡崎!」
岡崎洋介は息を整えながら、竹刀を握る手に力を込めた。
「美香を極道の妻になんかさせない……!」
その瞬間、剣道場の空気が張り詰めた。
竹刀を構えた岡崎洋介と坂本龍太郎の間には、張り詰めた空気が漂っていた。
剣道場の観客席には、クラスメイトたちが固唾を飲んで見守る中、土方敏夫は腕を組みながら呟いた。
(……北辰一刀流か。まさか、こんな高校でこの流派の剣を目にすることになるとはな……。)
坂本龍太郎の構えを見て、土方はすぐにその流派を見抜いた。
北辰一刀流は幕末の新撰組隊士たちも学んだ剣術であり、尊王攘夷の志士が多く学んだことで知られている。
坂本は竹刀を軽く回し、土佐弁で笑った。
「岡崎、おまんの覚悟、見せてもらおうかのぅ?」
岡崎は答えず、ただじっと坂本を睨みつける。
審判役の剣道部顧問が二人を見て、深く息を吸った。
「――始めッ!」
掛け声とともに、坂本が鋭く踏み込んだ。
バシュッ!
空気を裂く竹刀の音。岡崎は瞬時に防ごうとしたが、坂本の打ち込みは速すぎた。
「無効!」
岡崎が顔を横にずらしたが面が大きく揺れ、衝撃が頭に響いた。観客席からどよめきが上がる。
「くそっ……!」
岡崎はすぐに体勢を立て直し、竹刀を構え直す。
坂本の構えは、まさしく北辰一刀流の特徴を備えていた。
剣道の型に収まらない、その流儀の奥深さ。
北辰一刀流には、居合術の技法も含まれている。
納刀状態から一撃で相手を仕留める技術、それは幕末の志士たちが暗殺や護身のために磨いたものだった。
「……なるほどな。」
岡崎は竹刀を構え直しながら、坂本の剣の流れを読もうとした。
今の一撃をもらったのは、速さに圧倒されたからだ。次は、捉えなければならない!
「はっ!」
今度は岡崎が先に動いた。
彼の竹刀が坂本の小手を狙うが、その瞬間、坂本は竹刀を鞘に収めるような動きを見せた。
「なっ!?」
次の瞬間、坂本の竹刀が一閃し、岡崎の胴を捉えた。
「胴あり!」
観客席から歓声が上がる。岡崎は信じられない表情で、坂本を見つめた。
「いまのは……居合術の動き……!?」
「気づいたか? これが北辰一刀流の真髄ぜよ。」
坂本は余裕の笑みを浮かべ、竹刀を肩に担ぐ。
「まるで幕末の剣士みたいだな……。」
岡崎は悔しそうに拳を握るが、同時に坂本と自分との実力の差を認めざるを得なかった。
観客席からは、悲鳴のような歓声が上がる。
「洋介ーー!!!」
伊藤美香が立ち上がり、叫んだ。
「負けないで! 絶対に坂本に、なんか負けちゃダメ!」
「おおっ! これはまるで恋愛ドラマのような展開……!」
クラスメイトたちがざわめく中、岡崎は竹刀を握り直した。
(まだ終わってない!)
岡崎の目が燃え上がる。
「次の一本で決めるぜよ。」
坂本が再び構えた。
幕末の剣士たちが命をかけた北辰一刀流の剣と暗殺武術の剣が、現代の高校剣道場で再び交錯する!




