第2話 極道の雷王
テレビカメラの画面いっぱいに映し出されたのは、雷神を模した男の姿だった。
黄金の雷紋が縫い込まれた法被。
裸同然の胸板。
異様なまでに太い腕を振り上げ、男は白い歯を見せて笑う。
「ワラッテ スム。
モンダイ、デスヨネ!」
低く、腹の底から響く声。
住宅会社「ニッコリハウジング」のコマーシャルだった。
雷王丸。
元横綱。
外国人力士として相撲界に現れ、規格外の体格と怪力で土俵を蹂躙した男。
だが、彼の伝説は勝利だけではない。
八百長疑惑。
弟子への凄惨な暴力。
裏社会との違法賭博。
どれも噂止まりで、証拠は一度も公にはならなかった。
消えた弟子。
口を閉ざした親方。
黙るしかなかった協会。
引退後、雷王丸は「ニッコリハウジング」の広告塔――
マスコットキャラクター「ピカリン」として再生された。
「ニコッリ、ニコ!
ニコ、ニコッリハウジング!」
陽気なジングル。
カメラに向かって拳を突き上げる。
「オウチノ、トータルコーディネーター!
オヘヤサガシハ、ニッコリハウジング!
レッツ・ゴー!!」
監督の「カット!」の声が響く。
その瞬間、雷王丸の笑顔は消えた。
まるでスイッチを切ったかのように。
撮影スタジオの奥、重厚な木製ドアが静かに開く。
中にいたのは、ニッコリハウジング社長・尾上だった。
「先生」
尾上は、媚びるように頭を下げる。
「今日は、約束を守らない悪い日本人を
少し“懲らしめて”いただきたい」
雷王丸は無言で立ち上がった。
身長二メートル五十センチ。
体重二百八十キロ。
天井が、わずかに軋む。
彼の通り名は「ピカリン」。
雷の稲妻のような一撃で、相手を沈めることから付けられた名だ。
だが、その一撃は土俵の外でも振るわれてきた。
「ヤクソクヲ、
マモラナイ……
ワルイコ、デスネ」
片言の日本語。
だが、声に宿る冷酷さは、言語の壁を軽々と越えてくる。
尾上は分厚いファイルを差し出した。
中の写真を指で叩く。
「この物件です。
立ち退きを拒否している住人がいる。
法的手段はすべて尽くしましたが……」
言葉を濁す尾上を、雷王丸はじっと見下ろした。
「ワタシノ、シゴト、デスネ」
「ええ。先生の“得意分野”です」
雷王丸は、口角を歪めた。
それは笑顔ではなかった。
獲物を前にした、肉食獣の表情だった。
「カワイガッテ、イイデスカ?」
尾上の顔が、期待と恐怖で歪む。
「……ええ、存分に」
雷王丸は低く笑った。
◇◇◇
夜の街。
場違いなほど巨大な黒いワゴン車が、二台。
古びたアパートの前で止まる。
エンジン音が消え、
車体が、ずしりと沈んだ。
スライドドアが開く。
降りてきたのは巨大な岩山のような男だった。
雷王丸。
かつての横綱。
今や「問題解決の用心棒」。
スーツのジャケットは、筋肉に引き裂かれそうになっている。
腕には無数の古傷。
骨を折った跡。
歯形のような痕。
月明かりに照らされたその顔には、
テレビの中の“ピカリン”はいなかった。
その時だった。
アパートの前を通りかかった一人の少年が、足を止める。
岡崎洋介。
異様な気配。
本能が警鐘を鳴らした。
雷王丸だ。
テレビ画面の向こうの存在。
だが、実物は、まるで別物だった。
二人の視線が交差する。
雷王丸の目は、人を見る目ではない。
壊していいか、値踏みする目だ。
静寂。
雷王丸が、一歩、前に出る。
アスファルトが軋む。
岡崎の喉が、ひくりと鳴った。
「スモウ……
ハ、スキ、デスカ?」
低い声。
空気が重くなる。
「……え?」
岡崎の返事を待つ間、雷王丸は瞬き一つしない。
「……まぁ、嫌いじゃないですけど」
その瞬間、雷王丸の口元がわずかに動いた。
「ヨカッタ」
次の瞬間
巨大な手が、岡崎の肩に置かれる。
重い。
骨に直接触れられたような圧力。
岡崎の膝が、反射的に沈む。
雷王丸は力を抜かない。
逃げれば、潰せる距離。
「アナタ、
コワレニクソウ、ツヨソウデスネ」
囁くような声。
だが、その内容は明確な暴力の予告だった。
岡崎は悟る。
この男は、人を壊すことに躊躇がない。
雷王丸はゆっくりと手を離した。
そして、アパートへ視線を移す。
「マタ、アエソウ、デスネ」
それは約束ではない。
宣告だった。
岡崎の背中に、冷たい汗が流れ落ちる。
この出会いは偶然ではない。
雷は、一度落ちた場所に、必ず、もう一度落ちる。




