第二話 極道の雷王
テレビカメラの画面に映るのは、雷神を模した姿の男だった。黄金の雷紋が施された法被を羽織り、笑顔で拳を振り上げる。
笑って住む、問題「デスヨネ!」と力強くほほ笑む
低く響く声が、住宅会社「ニッコリハウジング」のコマーシャル。雷神の格好をしたその男こそ、元横綱で外国人力士の『雷王丸』だった。
彼はかつて相撲界を席巻し、圧倒的な体格と怪力で名を馳せた。しかし、八百長疑惑、弟子への暴力、違法賭博など数々の黒い噂が囁かれながらも、証拠が表沙汰になることは一度もなかった。引退後は「ニッコリハウジング」のマスコットキャラクター「ピカリン」として、住宅販売の広告塔を務めていた。
ニコッリ ニコ ニコ ニコッリハウジング!
おうちのトータルコーディネーター
お部屋探しはニッコリハウジングへ「レッツ ゴー!! 」力強く拳を上に掲げた。
テレビのコマーシャル撮影が終わると同時に、事務所の奥にある重厚な木製ドアがゆっくりと開かれた。その向こうには、この会社の社長・尾上が待っていた。
「ピカリン先生、今日は約束を守らない悪い日本人を懲らしめてほしいんですよ」
尾上はそう言って不気味な笑みを浮かべた。
雷王丸の通り名は「ピカリン」
雷の稲妻のような一撃で相手を沈めることからそう呼ばれるようになった。
「ヤクソクヲ マモラナイ、ワルイコ デスネ」
雷王丸は立ち上がる。身長2メートル50センチ、体重280キロの巨体が事務所
の天井に迫るほどだった。
「先生が本日向かうのはこの物件です。」
尾上は分厚いファイルを開き、一枚の写真を指で叩く。そこには、古びたアパートの一室が映っていた。
「この部屋の住人が立ち退きを拒否している。法的な手段はすでに試したが、どうにも埒があかない。だから、先生の出番ってわけですよ」
雷王丸はゆっくりと頷いた。
「カワイガッテ、イイデスカ?」
尾上の顔がさらに歪む。
「この悪人を可愛がりましょう先生」
雷王丸は笑った。まるで、これから始まる破壊を楽しむかのように。
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夜の街に、不釣り合いなほど巨大な2台の黒いワゴン車がゆっくりと停まった。古びたアパートの前。エンジンが止まり、車体がわずかに沈む。やがて、スライドドアが音を立てて開かれた。
そこから降り立ったのは、雷王丸かつての相撲取りの横綱であり、
今や「問題解決の用心棒」として暗躍する巨人だった。
身長二メートル五十センチ、体重二百八十キロ。その体躯はまるで山のようにそびえ立ち、スーツのジャケットが悲鳴を上げるほどの分厚い筋肉を包んでいた。
月明かりに照らされた雷王丸の顔は、かつて土俵を支配していた頃の鋭さを失ってはいなかった。ただし、今の彼が戦う場所は土俵ではない。
その瞬間、アパートの前を通りかかった一人の少年が足を止めた。
岡崎洋介。
彼は、ただならぬ気配を感じ、黒いワゴン車から降りた男を見上げた。そして、瞬時に理解した、こいつは雷王丸だ。
画面の向こうでしか見たことのない存在が、今、目の前に立っている。テレビで見せる笑顔とは違い、無表情の雷王丸はただ岡崎を見下ろしていた。
静寂。
二人の視線が交差する。
岡崎の心臓が一瞬、高鳴った。雷王丸の目が、まるで獲物を品定めするかのように細められたからだ。
この出会いが、ただの偶然で終わるのか、それとも運命の歯車が回り始めるのか。
雷王丸はゆっくりと一歩、前に出た。
岡崎の手が、無意識にポケットの中で震える。
雷王丸はじっと岡崎を見下ろしていた。巨体が生み出す威圧感は尋常ではない。岡崎は喉が渇くのを感じた。
そして、雷王丸が口を開く。
「スモウ、ハ スキ デスカ?」
低く、地響きのような声だった。まるで空気が震えるような感覚に、岡崎は一瞬、言葉を失った。
「……え?」
不意を突かれた質問だった。だが、雷王丸の目は真剣だった。
岡崎は、正直に答えるべきか迷った。相撲に興味がないわけではないが、特別好きというわけでもない。しかし、目の前の男は単なる相撲取りではない。何か裏があるはずだ。
岡崎は慎重に言葉を選びながら答えた。
「まぁ、嫌いじゃないですけど……。」
雷王丸の表情は変わらない。ただ、その巨体がゆっくりと岡崎の方へ近づく。巨大な黒い影が覆いかぶさるように広がった。
「ヨカッタ。」
そう呟くと、雷王丸は満足げに頷いた。そして、岡崎の肩をポンと叩いた。
重い。
まるで鉄塊がぶつかったかのような衝撃に、岡崎はわずかに体勢を崩した。
「アナタ、ツヨソウデスネ。」
岡崎の背筋がぞくりとした。
この出会いは、ただの偶然ではない気がする、再び会うのはそう遠くないと。




