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第六話 劇的の出会い


 式神の蝶に導かれ、たどり着いた先の光景に結月は言葉を失った。

 

 紗和と叔母が地面にうずくまり、肩を震わせて泣いている。

 叔父は呆然と天を仰ぎ、何かを呟いているようだった。


 そのそばには軍服を着た五人の男性。

 滅妖師(めつようし)だろう。

 彼らは刀に手を添え、張り詰めた空気をまとっていた。   

 その緊迫した気迫が肌にじわりと伝わってくる。

 

 そして彼らの視線の先──屋根の上にあやかしがいた。

 

 ──やっぱり……! あの土蜘蛛!

 

 胴体にある深い傷口は、滅妖師の父がつけたものに間違いなかった。

 三本しかない手足が怨念のように(うご)めいていて、それがまた恐怖を(あお)るようだ。

 

 ──お父さん、お母さん……!

 

 土蜘蛛は復活し、またこの御屋敷へと襲来した。

 けれど、両親はもう帰ってはこない。

 悔しさと居た堪れなさで、結月はまた巫女服の上から(かんざし)を握りしめた。


 

 結月が土蜘蛛の存在を確認したその頃、暁生(あきお)は戻ってきた式神の気配に気がついた。

 気取られる前にと瞬時に式神を解き、その方向へ目を配る。

 そして、屋敷の隅から屋根を見上げている一人の巫女装束の女性が視界に入った。

 

 ──銀髪の巫女!

 

 頭に黒い布を(まと)っていたが、あの繊細な蒼玉色(せいぎょくいろ)の瞳と儚げな顔立ちは彼女に間違いない。

 恐々とした表情を浮かべていながらも、土蜘蛛を見据える瞳は激昂(げきこう)し、青い炎が揺らめいているかのようにも見える。


 そして、暁生が彼女を認識したのとほぼ同時に、土蜘蛛もまた結月の存在を感知した。


「女……! あの女の気配がするわ!」

 

 四つの目がぐるりと屋敷の隅へと移り、雄叫びが闇を震わせる。


 折り込んでいた三本の手足にぐぐっと力が込められていき、バネのように弾けた。

 屋根を蹴り、土蜘蛛は結月へと跳躍する。

 数年の恨みを込めた一撃が鋭利な刃となって、彼女に振り下ろされた。


 だが、結月は咄嗟に動けなかった。

 四つ目と視線が合った瞬間、どす黒い光が全身を射抜き、足が硬直していたのだ。

 そのまま振り下ろされる手足を、ただ見つめていた。

 

 ──死……。

 

 両親と同じ結末を想像し、何も考えられなくなった刹那。


「伏せろ!」


 男性の叫び声と、金属と硬い表皮がぶつかり合った鈍い音で結月は正気を取り戻した。

 

 滅妖師の一人が土蜘蛛の手足を弾き返し、こちらを守るかのように立ちはだかっている。

 激しい衝撃でマントがひるがえり、一房にまとめている青みがかった黒髪が揺れていた。

 

 結月は簪を握りしめたまま、その男性の背中を見つめる。

 気迫に満ちた立ち姿だったが不思議と恐ろしさはなく、彼に頼もしさを感じた。

 震えていた足が止まり、胸の奥に安堵が広がる。


「怪我は!?」

 

 低く、力強い声が聞こえた。

 土蜘蛛を見据えたまま彼は問いかける。

 結月は一瞬遅れて、はっと口を開いた。


「ありません。助けてくださり、ありがとうございます」

「ならよかった」


 視線の先にいるあやかしから目を離すことなく、暁生は短く答えた。

 背後から届いた彼女の声は、驚くほど澄んでいた。

 そして恐怖心こそ多少あるものの、この状況に取り乱すことなく落ち着いている。

 その声を聞いた暁生は眉の力を抜いた。


「暁生様! ご無事ですか!?」


 すぐに藤仁(ふじひと)と護衛三人が駆けつけ、暁生たちを守るように前に立つ。

 四人は抜いた刀に指先を滑らせた。

 撫でるように触れたところから呪文が浮かび上がり、刀身が(あか)く染まる。

 そして、燃え立つ炎のような輝きを放った。


「おのれ滅妖師! またしても我の邪魔をするか!」


 土蜘蛛は怒りに任せ、さらに咆哮(ほうこう)を轟かせた。

 これ以上、土蜘蛛の好きにさせるわけにはいかない。

 不完全体とはいえ、ここで仕留めなければ被害は広がり、街までも巻き込む。

 

「藤仁、少し時間を稼いでくれ」

「承知しました」


 暁生の命に従い、四人は臨戦態勢を取る。

 いつ襲撃されても応じられるよう、土蜘蛛と睨み合いながら間合いを計った。

 

 その隙に暁生は巫女へと振り返り、『手短に話す』と告げ、問いかける。

 

「名はなんという?」

「……結月、と申します」

「結月、土蜘蛛に結界を張ってくれるか? いや、張ってほしい。結月にしかできない」


 結月は驚いた。

 振り返ったその男性が美しいほど端正な顔立ちだったからとか、いきなり名を尋ねられたからとかではない。

 

 まっすぐに自分を見つめるその瞳に、今まで感じたことのない尊敬の念が込められていたからだ。

 けれど、『自分に結界を張れ』という頼みには困惑があった。

 自分にはその力がないとわかっていたからだ。

 ましてや相手が土蜘蛛ならば、その結界はすぐに破られてしまうだろう。

 

「私……巫女としての力は全くなくて。お力になりたい気持ちはもちろんありますが、私では、きっと……」


 結月はうつむき、目の前の男性から視線を逸らした。


「そんなことはない。結月にならきっとできる。俺の式神を見破り、打ち消したほどの巫女だ」

「式神……。もしかして、あの蝶は貴方様のものだったのですか?」

「そうだ。神力の強い巫女へと飛ばした式神だ。それに反応した巫女が結月だった」


 男性はにこりと微笑みながら答えた。

 優しさと信頼に満ちた瞳。

 こんな暖かな瞳で自分を見つめてくれた人は、両親以外にいなかった。

 

「……貴方様のお名前は?」


 結月は自然とそう尋ねていた。

 初対面だったのに、自分を巫女として認めてくれたこの男性を信じてみたいと思った。

 

「暁生」


 ゆっくりと、穏やかな表情をしながらも真剣な眼差しで名乗った暁生に結月は釘付けになった。

 その名が彼女の胸に深く響く。

 どんな暗闇の中だろうと誰よりも輝いて、自分まで照らしてくれそうな、そんな名前だ。

 

 そのとき、誰かの切羽詰まった声が耳に届いた。


「暁生様! まだですか!?」


 土蜘蛛が襲いかかってきて、皆が必死に応戦していた。

 暁生は視線をその声の方へ向け、静かに刀を握り直す。

 緋く染まっている刀は、彼の闘志を反映させているかのように(きら)めいていた。


「結月、準備ができたら結界を張ってくれ。……頼んだ」


 そう言ってふっと微笑んだ彼はすぐに顔つきを鋭いものへと変え、地を強く蹴り出し土蜘蛛へと駆け出す。

 赤い刀が閃光のような光を残していった。

 

 滅妖師五人は土蜘蛛を包囲するような陣形を取り、被害を最小限にするよう食い止めている。

 土蜘蛛は巫女を殺り損ねた(いきどお)りから大きな唸り声を出し、怒り狂うように手足を振り下ろしていた。


 その光景を目の当たりにした結月は立ち尽くしながらも、今までに感じたことのない感情が芽生え始めているのがわかった。

 

 このまま土蜘蛛の好き勝手にさせてしまっていいのか。

 両親の仇を打ちたくはないのか。

 自分を巫女として認めてくれ、信頼を託してくれた人の気持ちを裏切っていいのか。

 

 ──私だって……巫女よ!

 

 必ず結界を張ってみせる。

 そう決意した青い瞳は、(にご)りのない澄み切った色をしていた。

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ここまで見ていただきありがとうございます。 lzr3fhf9mbocebklfb6pbyeh9n5k_h0q_1ao_1ao_ppfv.png
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