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第五話 復讐の妖


 空気をびりっとひりつかせる咆哮(ほうこう)だった。

 そのまま土蜘蛛は怒声を上げ続ける。


「あの巫女と滅妖師(めつようし)だ! 今すぐ連れてこい!」


 怒りに満ちた様子で手足の一本を瓦屋根に振り下ろす。その一撃で砕けた瓦が四方へと飛び散った。

 

 土蜘蛛から否応なしに感じる、巫女と滅妖師への執念。

 その憎悪に満ちた妖気は周囲を圧倒し、より一層空気を重くする。

 

 その二人に復讐するために土蜘蛛はやってきたのだと、暁生は即座に察した。


「暁生様! 早く滅しましょう!」

「待て。迂闊に手を出すな。手負いとは言え、土蜘蛛は厄介だ」

 

 痺れを切らしたように言った護衛の一人を、なだめるように制止する。

 

 土蜘蛛が厄介なのは、単純に妖力の強さだけではない。

 奴は死ぬ時に小さな蜘蛛を撒き散らす。

 その蜘蛛たちが時を経て再び集まり、やがて土蜘蛛へと姿を変える。

 

 滅するには結界を張り巡らせた中で倒し、それを浄化させなけらばならない。

 巫女と滅妖師が共同しないと消滅しないあやかしなのだ。

 

 ──この女、紗和にそれができるか?

 

 座り込んでがくがくと震えている紗和に目を配る。

 無理矢理やらせることもできるが、万が一彼女の張る結界の力が土蜘蛛に及ばなかった時のことを考え、諦めた。

 

「申し訳ございません! あの二人はあなた様の傷にやられ、五年前に亡くなりました! どうか、お許しを!」


 切羽詰まった声で情願するのは、紗和の両親だった。

 地面に身体を伏せ、必死に頭を下げている。

 

 その光景を見た暁生は全てを理解した。

 だが、そんな嘆願で土蜘蛛が許すはずもないことも彼にはわかっていた。

 

「ならば違う女を寄越せ! さもなくば皆殺しだ! 我の怒りや苦しみ、お前たちにわかるまい!」


 再度手足を振り下げた土蜘蛛は、次々と瓦屋根を崩壊させていく。

 暁生はどうしたら土蜘蛛を消滅させられるか、思慮を巡らせていた。


「どうしてここに入ってこれた? この屋敷には結界札が張ってある。巫女の結界を破るなんて、そうできる芸当ではないはずだが?」


 わずかな疑問を口にしつつ、思考を整理するため暁生は冷静に土蜘蛛に問う。


 すると何を思ったのか、土蜘蛛はガハハと大声を上げ空気を振動させるような笑い声を響かせた。

 

「まさに今日よ! 結界札があの忌々しい巫女のものから張り替えられていた! だから入ってこれた! この数年、虎視眈々と待っていた甲斐があったわ!」

 

 暁生は見合い前に見た正門の真新しい結界札のことを思い出す。

 何か知っているのではないかと、紗和の方を一瞥(いちべつ)する。

 彼女は顔を蒼白とさせ、身体を抱きながら先ほど以上に大きく震えていた。


「紗和……もしかして、あなた!?」


 その異変にいち早く気がついたのが紗和の母親だった。そして、彼女の肩を力強く掴む。

 震えるばかりで何も言わない紗和のそれは、もう答えのようなもの。


「あなたがやったのね!? どうして遥香(はるか)の結界札を取ったの!? 彼女の力がどれだけ偉大だったか、知ってるでしょう!?」

「……違うの。もう忌み子もいなくなる……。だから、遥香伯母(おば)様の結界札だって、もう必要ないかと思って……。忌み子の血なんて……」


 呟くように言う紗和の頬を、母が強く叩いた。

 頬を抑えて放心状態になった紗和だったが、ほどなくして大粒の涙を流し始める。

 突然の出来事に暁生は少し動揺したが、安堵もした。

 

 ──やはり、この女の結界は土蜘蛛には効かない。

 

 下手に土蜘蛛を刺激しなくてよかったと思いつつも、それで状況が変わったわけではない。

 

 ──あの銀髪の巫女なら、どうだ?

 

 式神を見破った巫女。

 彼女がどうしてここにいないのか不思議だったが、巫女としての力は申し分ないはず。

 もはや残された手は、それ一つのみ。

 

 誰にも気づかれないように暁生は片手で白札を握り、蝶の式神を彼女へと向け放った。


──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──


 食器の洗い物をしている最中、屋根の方から大きな揺れが伝ってくるのがわかった。

 

 台所にいる人たちは「なんだ?」と不審そうに上を見上げる。

 結月も同じように上を見上げたが、埃が落ちてきただけだった。その埃に「こほん」と咳き込む。

 

 それ以降の異変がなかったので皆作業に戻ったが、すぐにまた屋根の方から大きな揺れと音がしたのがわかった。

 只事ではないと、侍従たちの顔がいよいよ険しくなる。


 それと同時に、混乱と恐怖の入り混じった侍女の声が聞こえた。


「大変よ! あやかしが! あやかしが屋敷に!」


 断片的に発する言葉がいかに緊迫しているのかを表していた。

 

 ──どうしてあやかしが? お母さんの結界札は?

 

 結月はここにいる誰よりも焦燥に駆られた。


 勢いで外に飛び出し、やっと異変に気がつく。

 つられるようにして出てきた侍従たちも、外の様子を見て唖然とする。

 

 御屋敷は夜の帳が下ろされたかのように暗かった。

 結月はただならない不気味な気配の断片を感じ取る。

 思わず身震いしてしまうほどの、禍々しい雰囲気だ。


「なあに、今日は見合いの日! 滅妖師様がいらっしゃるんだ! すぐに退治してくれるさ!」


 そう声を張り上げた調理人の言葉に、皆胸を撫で下ろす。

 しかし、結月は母の結界札がどうなっているのか気になってしょうがなかった。

 もし母の結界を破ってきているのなら、それは恐ろしいほどの妖力を持ったあやかし。

 

 ──まさか……。

 

 結月は一つ、そのあやかしに心当たりがあった。

 

 ──土蜘蛛。

 

 あの日のことは、忘れもしない。

 十一歳の時、巫女の血肉を狙って突如として御屋敷に現れた。

 両親が立ち向かい、深手を負わせた、が。

 あと一歩のことろ。

 

 母が浄化を始めたその時に、恨みのこもった土蜘蛛の最後の一振りが両親を貫いた。

 土蜘蛛のぎらついていた目から光が消え、身体が黒い粒子となりながら霧散(むさん)していった。

 

 残された巫女たちが急いで浄化をしたが、完璧に浄化したとは言えない状況だった。


 そして治療の甲斐もなく、しばらくして二人は息を引き取った。

 結界札はそのとき最後の力を振り絞った母が数十枚と残していったものだ。


 昔を思い出した結月は胸が張り裂けそうになり、ぎゅっと巫女服の上から母の(かんざし)を握り締める。

 すると、目の前にまたあの蝶が現れた。

 でも物置小屋で感じた、見られているという感覚ではなかった。

 

 ──私を、呼んでいるの?

 

 まるで案内するかのように蝶はひらりと飛んでいく。

 困惑を隠せない結月だったが、その蝶が導く方へと駆け出した。

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ここまで見ていただきありがとうございます。 lzr3fhf9mbocebklfb6pbyeh9n5k_h0q_1ao_1ao_ppfv.png
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