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第四話 屋敷の中で渦巻くもの


 ごくごくありふれた、普通の見合いが進んでいく。

 自己紹介から始まり、趣味や好きな食べ物、休日は何をするかなど、何も心惹かれない表面上の会話。

 暁生(あきお)の興味はただひとつ、銀髪の巫女の存在だけだった。


「銀髪の巫女だなんて、紫明野(しめの)家にはおりませんよ。暁生様も面白いことをおっしゃいますね」

 

 暁生の問いに、黒留袖で口元を隠した母親が目を細めて答えた。

 紗和という娘は一度小さく頷いてまたこちらに視線を戻し、父親は咳払いをする。

 

 ──なるほど、何かあるな。

 

 やましい気持ちを隠した人間の行動はとてもわかりやすい。

 そのまま問いただしてもよかったかもしれないが、おそらく「いない」の堂々巡りだろう。

 それに、これ以上深追いしたら「何故それを知っているのか」と逆に問い詰められて面倒そうだ。


「そうでしたか。失礼いたしました、あやかしの幻覚でも見てしまったのかもしれませんね。最近は制御の効かないあやかしも多くて」


 暁生が頭に手を当てながら微笑むと、三人は安堵したかのような表情を浮かべてその話題はすぐに終わった。


 ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──


「忌巫女さん、ちょっと来てくれないかしら?」


 小屋にやってきた一人の侍女が、腰に両手を当てながら結月を見下ろしている。

 

 この御屋敷で「結月」と名を呼ぶのは、紗和と義両親だけだ。

 侍従たちは結月のことを「忌巫女さん」と呼んでいた。

 

 幼少期から、侍従たちに影で「忌み子の巫女様」と呼ばれていたのを結月は知っていた。

 忌み子とはいえ、巫女である以上は体裁で「様」を付けていたのだろう。

 だが両親が死んでしまったと同時に、その体裁もなくなってしまった。

 

 しかし、結月はそれでいいと思っている。

 紗和や義両親がわざわざ「結月」と名を呼ぶのは、決まって自分を蔑むとき。

 両親からもらった大事な名まで蔑まれているようで、彼女たちから自分の名を呼ばれるのは嫌だった。


 侍女はため息をつき、吐き捨てるように続ける。

 

「猫の手でも借りたいくらいなんだけど、そんなわけにはいかないでしょう? さすがの忌巫女さんでも、猫以上の働きはしてくれますよね?」

「承知しました」

 

 ふんっと鼻で笑う侍女に、結月は頭を下げて答えた。


「じゃあ、台所まで来てくださらない? ああ、でもそのまま来られては困るので、覆い布はしてきてくださいね」


 彼女の銀髪をまじまじと見据えた侍女は、嫌味を込めた口調で一方的に言葉を発する。

 そして「早くしてくださいね」ときつく言い残し、小屋の扉を閉めた。


 御屋敷での結月の仕事は「巫女」ではなく「侍女」そのものであった。

 掃除に洗濯、食事の後片付けなど、本来ならば巫女のする仕事ではない。

 他に行く場所のなかった結月が、御屋敷に留まっているために行っていただけなのだ。

 

 だが、それも今日で終わる。

 両親との思い出が詰まったこの屋敷で過ごすのも、これが最後だ。


 結月は幼少期の記憶に思いを馳せつつ、急いで覆い布を頭に巻き台所へ向かった。




 台所はなかなかに悲惨な状態だった。

 下げ膳はそのまま乱雑に積まれ、流し台は様々な調理器具で埋め尽くされている。

 調理場では包丁の音と鍋を火にかける音が絶え間なく響いていて、それはまるで戦場のようだ。

 見合いにどれほどの品数が出されているのかは、容易に想像ができた。


「ちょっと! 突っ立ってないで洗い物してよ!」


 鍋を抱えた別の侍女が、苛立った声で怒鳴りつける。


「すみません、すぐに」


 結月はたすき掛けをし、巫女服の袖を手早くまとめた。

 その様子を見た侍女は彼女を睨みつけ、忙しなく隣を通り過ぎる。

 

「まったく。どうして巫女装束で来るのかしら? 忌巫女であって、巫女じゃないのに」


 横切る間際にはっきりとそう聞こえた言葉は、結月の尊厳を踏みにじるようなものだった。

 

 ──私だって……巫女よ。

 

 どんなに蔑まれても、忌み子と言われても、決して自分が巫女であることを否定しない。

 否定してしまったら、母の存在まで否定することになってしまう。

 その思いが、結月の巫女としての尊厳に繋がっていた。


 唇をわずかに噛み締めて、流し台の中へ手を入れた。


 ──✩₊⁺⋆☾⋆⁺₊✧──


 暁生と紗和は庭園の中を並んで歩いていた。


「後は若い二人で」とお決まりの台詞とともに両親が席を外してから、しばらく経つ。


 だが暁生は心ここに在らずといった様子で、庭の景色をただ眺めるばかりだった。


 ──大して興味もない女と何を話せというのか。

 

 紗和に向き合う気も起きず、池の中を泳ぐ鯉に視線を落とし続ける。

 

 一方で、紗和は緊張しながらもこの機を逃すまいと必死だった。

 相手は有名な一族の次期当主。

 なんとしてでも嫁いで、富と名声、そして寵愛(ちょうあい)を手に入れたかったのだ。


「暁生様のお写真は拝見していたのですが、それ以上にかっこよくて品があって……。お会いして、ますます惹かれてしまいました」


 紗和は顔を赤らめて、伏し目がちにそう言った。


「ありがとうございます。紗和さんも、写真以上にお綺麗ですよ」


 微笑んだ暁生の顔は張り付けたような、外面のいい笑顔だった。

 その完璧な笑顔に紗和はまた顔を赤くする。

 

 ──写真、か。見たような気もするが、全く覚えていないな。

 

 これまで何十枚と見合い写真を見せられてきた暁生にとって、一つひとつを吟味するのはもはや苦痛でしかなかった。

 

 そうした中でも、暁生は銀髪の巫女の存在をなんとかして探ろうとしている。

 この場をなんとか切り抜け、彼女に直接会いに行きたい。話がしたい。

 

 藤仁(ふじひと)もいない今ならまた式神を飛ばせるのではないかと思った瞬間。


 何かが地面を這うような音が微かに聞こえた。

 それに連なって、池の水面もゆらゆらと揺れ始める。

 

 その音は次第に大きくなり、ついには屋敷全体にまで轟く。

 そして一瞬にして、屋敷が不気味な気配に(おお)われた。

 陽光が差し込んでいたはずの庭も暗闇に沈んでいく。

 

 ──この気配……あやかし!

 

 暁生は腰にさしてる刀に手をかけ、静かに息を整え始めた。

 幾度となくあやかしを消滅させてきた彼だったが、突如として現れたこの禍々しさは、ここ数年では感じたことのない不気味さだと感じ取っていた。

 その妖力に、自然と身体に緊張が走る。

 

 隣にいた紗和は恐怖に顔を引きつらせ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 紗和がこれほどまでに凶悪な妖力を浴びたのは、恐らく初めてだろう。


「暁生様!」


 藤仁と護衛三人が駆けつけてきた。

 ただならぬ気配を感じているのは皆同じようだ。


「一体何が起きたんですか!?」

「わからん。急に屋敷が妖気に包まれた」


 暁生が気を引き締めろと声をかけると四人はうなずき、無言で刀に手を添えた。


 屋敷の上から巨大な影が動く。

 その先に視線を向けると、屋根の上からあやかしがぬらりと姿を表した。

 

 黒光りする巨体は鋭い棘のような毛で覆われている。

 胴体に深い傷跡があるようで、そのからは皮膚のようなものが剥き出されていた。

 そこから鋭利に伸びている三本の手足。

 胴の右に一本と左に二本、釣り合いの取れていない手足は不穏さを(かも)しだす。

 そして敵を物色するように、ぎらりと四つの目が光った。

 

 ──土蜘蛛か!

 

 禍々しい妖気の正体に気がついた暁生はさらに身構える。

 

 ──手足が八本揃っていない。手負いか? なぜここに?

 

 冷静さを欠いては勝てるものも勝てない。

 過去の経験から、沈着に今の状況を見定める。

 

 すぐに土蜘蛛が咆哮(ほうこう)した。

 

「我の手足と胴体を(ほふ)った二人はどこだ!?」

お読みいただきありがとうございます


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ここまで見ていただきありがとうございます。 lzr3fhf9mbocebklfb6pbyeh9n5k_h0q_1ao_1ao_ppfv.png
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