笑顔の返し方
「同志ビルギッタ。一千の兵を失った責任を取っていただきたい」
「私の他にこの連邦を担える者などおらぬ! 責任は減給三か月を自らに課したッ!」
「甘い、甘いですぞ同志ビルギッタ!」
唾を飛ばして檄するのは、ここぞとばかりに息を吹き返した反主流派の男であった。
「衛兵! 再教育志願者だッ! 連れて行け!」
ビルギッタは声も低く、押し殺す。
「はッ!」
対する衛兵の返事は高らかであった。
だが、衛兵に抱えられて部屋を辞しようとした反主流派の男は、無礼にも乱暴に開け放たれた扉から入って来た事務員に突き飛ばされる。
事務員は言い放つ。
「で、伝令あり!」
「なにごとだ騒々しい!」
「書記長閣下、ランゴバルド帝国の侵攻です! 暁の関が破られたとのことです!」
「黒熊どもめ! 中立条約を無視するとは!」
◇
「大和全権大使」
「はい?」
「ダーザッハ連邦の国境付近で紛争が発生したようです」
「それが?」
「この邪馬台国県の直ぐ近くなのです!」
「なんですって?」
「彼ら、ダーザッハ連邦が第十三軍管区と呼ぶ地域で紛争は発生しました。未明の今朝の事です」
「どこの武装勢力ですか? もめ事を起こしたのは」
「彼らがランゴバルド帝国と呼ぶ地域の住人です」
◇
「第十三軍管区長、バルナルト・ヴァルセルは日本国に捕らわれたままです。至急、近隣の軍管区から軍を引き抜き対応して頂かない事には、埒があきません!」
「大義は我らにあり! 第十三軍管区、暁の関が破られたとなると、首都ボルナルを落とされるのも時間の問題……外交官を呼べ!」
そして、連れられてきた外交官。ひょろく冴えない男であった。
「書記長として命ずる。第十四軍管区の割譲を条件に、日本国と和議を結べ! 軍事条約を結ぶのが一番望ましいが、安全保障条約が無理であるのならば中立条約を結べ! 平和条約でもいい、とにかく戦線を一つにするのだ! どうせ奴ら、日本国からは攻めかかって来るまい!」
ビルギッタの読みは当たりに近い。
しかし、できれば同盟を結びたい。
あの軍事力、できれば仲間に引き入れたかった。
「外交官、意気はあるか!」
「必ずや目的を果たしてごらんに入れます同志ビルギッタ!」
「よろしい、行け! 行って日本国と和議を結び、ランゴバルドの出鼻をくじいてやれ!」
──そして……。
「次! 武官! 首都防衛隊に出動要請をかけたか!? そして書記長親衛隊に号令しただろうな! まだなら急げ!」
「失礼しました! 直ちに仰せのままに致します、同志ビルギッタ!」
壁に張り付いていた武官の一人が弾け飛ぶように一礼し、ビルギッタの執務室をあとにする。
「無能しかおらんのかこの国は……いや、この国をこうしてしまったのは我が不徳か。貴様ならどうするのだろうな、ヤマトタイシ……」
「伝令!」
ビルギッタは山と積まれた書類に隠れつつも、執務室に飛び込んできた伝令に目をやる。
「何事か!」
「伝令! 書記長閣下、ランゴバルド帝国皇帝ジークムントより親書です!」
「なんだ、もう泣きを入れて来たのか」
「そこまでは……」
「黙れ! 伝令、貴様の意見など聞いていないッ!」
と、行ってしまってからハッとするビルギッタ。
「……すまない伝令。気を悪くしたか? こういった私の度重なる態度こそが我が国から有用な人材を奪っていたのだな。許せ」
「同志ビルギッタ?」
「……何でもない! 職務ご苦労!」
ビルギッタは皇帝印の押された蜜蝋を外し、封を切って親書を見据える。
それにはこうあった。
『親愛なるビルギッタ書記長へ
この度、不幸な事故が起こり、我が国の人民が貴国の人間に殺害された。これは報復であり、貴国が不当に占拠しているメラポニア地方を我が手元へと取り戻すための正当な戦いである。ダーザッハ連邦は我がランゴバルト帝国に対し、メラポニア地方を割譲し、賠償金を払うべし。
ランゴバルト帝国皇帝 ジークムント』
読むなりビルギッタは怒りのあまり親書を破り捨てそうになった。
動機は嘘に決まっている。そして、彼らがメラポニア地方と呼ぶ第十三軍管区は神話の時代よりダーザッハ連邦に属する固有の領土だ。酷い言いがかりである。ジークムントのカイゼル髭を今すぐ切り取ってやりたい衝動にかられたが、何とか抑えた。
「書記官! 返書を送る。口述筆記せよ!」
「は!」
『ランゴバルド帝国偽帝ジークムントに告ぐ。
欺瞞と虚偽に満ちた親書に礼を述べる。我がダーザッハ連邦はいかなる恫喝、軍事的圧力にも屈しない。最後に辛酸をなめるのは貴国だという認識を持て。異議があるなら百万の軍勢を持って攻めて来るがいい。我が勇猛なる赤軍が貴国の黒軍を粉砕しよう。今すぐ謝罪し、占拠している第十三軍管区より立ち退くことを望む。
ダーザッハ連邦連邦評議会書記長ビルギッタ』
「以上だ、書記官!」
「宜しいので?」
「当然だ!」
伝令、今すぐこの親書を不埒な偽帝ジークムントの元へ送れ! しかる後、通常の任務に戻ることを許す!」
「八ッ!」
伝令は深々とお辞儀をし、直立不動の体制を取ったのちに百八十度回転してビルギッタの執務室を出て行った。
その表情は、気のせいか晴れやかであったかに思う。
「ふむ。部下の顔色一つ窺うことが出来んとは、私も追い込まれていたのだな。余裕が足りないのだよ、この国には何もかも。さて、敵戦力の概要はわかった。ならば迎え撃つ軍の編成は……」