41話
さあ、朝だ。
呼び鈴につられて扉を開けると、そこには予想通りユウタの姿があった。ただ、いつものラフな格好ではなく、ビシッとキマった正装姿である。
「どうやら準備万端みたいですね、アーサーさん」
同じく正装に身を包んだ緑田を見て、「よくできました」と褒める学校の先生のような顔をしているように見えるのは、気のせいだろうか。
今日は、オークションの売り上げ金を受け取る日だ。その足でデルモンドと合流し、祝勝会と称したレストランでの食事の席で、借金五百万ゴールドを一括返済する予定になっている。
どちらの用事も、薄汚れた格好で行けば門前払いを食らいかねない。そのため、身なりを整えるための服を新調したのだ。この街に来てからというもの、やたらと服ばかり買っている気がするが、それには明確な理由がある。
この国では「着ている服でその人間の価値を判断する」のが当たり前の文化なのだ。だから、動きやすいからといって粗末な格好ばかりしていると、どこへ行っても足元を見られ、まともな対応すらしてもらえなくなってしまう。
「あれ、お勉強ですか?」
部屋に入るなり、机の上を一瞥したユウタが首をかしげた。
「ああ、先日のオークションの出品・落札記録さ。これを見れば、どんな魔具がいくらの値で、どういう客層に落札されたのかがわかるんだ」
「へえ、勉強熱心ですね」
「当面は魔武器や魔道具の売買を軸に資金を稼いでいこうと思ってるからな。そのためには市場の相場やトレンドを頭に叩き込んでおく必要がある。それに、そろそろ本格的に護衛用の奴隷も買わないといけないし……」
「そうですか……決心がついたんですね」
「ああ」
緑田は気恥ずかしそうに頬を掻きながらうなずいた。
「奴隷を買うべきだ」という提案は以前デルモンドからもされたが、その時は拒絶した。他人の人生の責任を背負うことなどできないし、何より人間の命や運命を金銭で売買することに抵抗感があったからだ。
だが、昨日の早朝に路地裏で味わった屈辱と恐怖が、その甘ったれた迷いを綺麗に吹き飛ばした。
綺麗事を言っている余裕などない。自分の身すら守れない無様な現実を突きつけられた今、生き残るためには手段を選んでいる場合などなかった。
「すごくいいと思いますよ、その決断は」
「それじゃあ、そろそろ行くか」
「あ、その前に……アーサーさんにどうしても見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「自慢、って言ってもいいかもしれませんね」
悪戯っぽくニヤリと笑ったユウタは、自分の鞄から一本のナイフを丁寧に引き抜いた。
「それは……!」
「じゃーん!」
鞘から抜き放たれた刃を見て、緑田は思わず絶句した。それはどう見ても、昨日自分が出品したばかりのナイフだった。
「俺が出品したナイフじゃないか!」
「そうなんです! 実はこれ、あのデルモンドさんが落札したんですよ」
「嘘だろ……? あいつ、そんな素振りは微塵も見せてなかったぞ」
「アーサーさんをびっくりさせたかったみたいです」
「驚かせたいからって……そのために二千万ゴールド以上も叩き出したってのかよ!?」
「そうなんですよ。僕なんか買い物のたびに数枚の銅貨で悩むのに、お金持ちのスケールって本当にすごいですよね」
「で、デルモンドがそれを護衛用の俺に貸してくれたのか?」
「いえ、もらったんです」
「……もらった!?」
「僕もびっくりしました!『日頃の頑張りへの褒美だ』って言われて……」
「すご……」
言葉を失った二人は、太陽の光を妖しく反射するナイフの刀身をじっと見つめた。
二千万ゴールドという途方もない金額が適正な価格なのかどうかは分からない。だが、魔力を帯びたその武器には、確かに一目で周囲の目を釘付けにする圧倒的な魔力と魅力があった。
「すみません、つい見とれちゃってました」
「俺もだ……」
「そろそろ行きましょうか、レストランの予約時間もありますし」
「そうだな」
上質な正装に身を包んだ二人は、高鳴る胸を抑えながら、賑わいを見せる昼前の王都へと繰り出したのだった。……ここから、怒涛のような予測不能の展開が待ち受けているとも知らずに。
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