36話
「それでは、開封いたしましょうか」
奴隷商『ザ・ハウス・オブ・バスカビル』の豪華な応接室で、店主のデルモンドがトレードマークの蛇の目を細めて言った。
オークション会社に依頼していた魔武器の鑑定結果が、ついさっき届いたのだ。そこで関係者が一同に会し、一緒に中身を確認しようというわけである。
デルモンドのねっとりとした視線は、いつだって緑田の背筋をぞわぞわと波立たせる。
そもそも、なぜこんな得体の知れない男と一緒に結果を見なければならないのか。理由は単純、それが大金を借りるための条件だったからだ。
デルモンド曰く「一緒に一喜一憂したい」のだそうだが、全くもって意味が分からない。とはいえ、たったそれだけの条件で無利子無利息の五百万ゴールドを貸してくれるというのだから、断る理由などどこにもなかった。
封筒を握りしめた緑田の喉が、ごくりと大きく鳴る。
「何してんだい、さっさと開けちまいなよ」
魔武器・魔道具の買い取り販売店『リトルフラワー』の店主・ミナエが、トレードマークのもじゃもじゃ頭を揺らしながら、じれったそうに急かしてくる。
彼女がなぜここに同席しているかといえば、オークションへの出品手続きにあたって代理人(名義貸し)をお願いしているからだ。店を通した方が出品手数料が安く済むという理由からだった。
こうして二人の視線を一身に浴びながら、緑田は緊張で震える手で封蝋を剥がし、中から一枚の書類を取り出した。
「こ、こ、こ、これは……!! ああ……ああ……」
「ねえちょっと、自分ひとりで眺めてないで、私たちにも見せなさいよ」
「あああ……」
震える手で、緑田はその書類をテーブルの上にそっと置いた。
そこに記されていたのは——『依頼された商品の、オークションへの出品を認めます』という確かな文面だった。
「おめでとうございます!」
「よかったじゃないか!」
ミナエとデルモンドが、揃って明るい声を上げた。
それはすなわち、持ち込んだ『追炎のナイフ』が、オークションに出品されるだけの価値を持っていることが、認められたという事だった。
「ああぁ!!」
緊張と興奮のあまり、まともな言葉すら紡げなくなった緑田が、次に封筒から引き抜いたのは分厚く立派な羊皮紙で作られた『鑑定証』だった。
これ一枚を手に入れるために、自分の身体を、尊厳を、そして人生そのものを担保に入れてまで大金を借り入れたのだ。
——『火炎のナイフ』
羊皮紙にはそう記されていた。
(……あれ? 『追炎のナイフ』じゃなかったか?)
首を傾げる緑田をよそに、ミナエが目を輝かせて紙面を覗き込む。
「ちょっとここを見てごらんよ!『ランク2』って書かれてるじゃないか! すごいよ、これはかなりの高値が期待できるよ!」
「そ、そうなんですか……?」
「そりゃそうさ! 市場に出回る魔武器の圧倒的大多数はランク0で、取引額なんてせいぜい数千ゴールドがいいところなんだ。それがランク1になれば一気に百万の値を跳ね上げ、ランク2ともなれば……一千万ゴールドを超える代物だって珍しくないんだからね!」
「おおう……! おおううううう!?!?」
特殊スキル『開示』を信じている。
しかし、世の中は正しい事が正しいと認められないことも知っている。もし万が一、なにかのミスや手違いがあったとき、自分は奴隷落ちする。どこの誰とも分からない輩に全てをゆだねることになってしまう。それがあまりにも恐ろしかった。
恐怖が一気に融解した瞬間、緑田の脳内には怒涛のようにドーパミンが溢れ幸福感で満たされた。
「それに『火炎のナイフ』とは、いかにも見栄っ張りな貴族様方が好みそうな響きです。オークションでも間違いなく高値がつきますよ」
ミナエの興奮に続くように、デルモンドも満足げに太鼓判を押した。
「おうぅううううう!!おぅううううううん!
おぅうううううううううんんんんん!!!」
限界突破した感情を抑えきれなくなった緑田は勢いよく椅子から立ち上がり、興奮したアシカのような甲高い歓声を部屋中に響かせたのだった。
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