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下町へ 3

(この人たち、もしかして……?)


 もしかしなくても、ローラの捜索のために伯父が雇った者だろう。

 男は二人連れで、よく言えば用心棒、悪く言えばならず者のような雰囲気だ。

 もう少しましな人選はなかったのかと思うが、表稼業の探偵に依頼すると費用が嵩むうえに、ローラが家出した背景も当然追求される。

 姪を使用人として長年働かせて、さらに悪い噂のある貴族に売るところだったなんて言えるはずがない。

 だから、命令するだけで事足りるグレーゾーンの商売人を利用したのだろう。


「ど、どうし……」

「静かに、ローラ。大丈夫、バレっこない」


 フレディがさりげなくローラを背に隠して、顔を伏せろと言うのになんとか頷いた。

 タイミングが悪いし、なんて迷惑な――というか、この乱入者が自分(ローラ)を捜しているのだから、ローラが原因である。

 せっかく皆楽しそうに盛り上がっていたのに水を差してしまい、非常に後ろめたい。

 不幸中の幸いは、下町の酒場でもめ事は日常茶飯事だから、客の誰もが「またか」程度の薄い反応しかしていないことだろう。


 こそりと隙間から盗み見ると、男たちの背後、開け放ったままの扉の向こうには犬が――シリルが低く唸ってこちらを向いていた。乱暴されたりちょっかいをかけられたりした様子はなさそうで、それだけはほっとする。

 店奥まで入ってこようとする男たちを、客席に下りて歌っていた女将が遮った。


「あんたたち、また来たの」

「こっちも仕事でね」

「いないもんはいないのよ。営業妨害してないで、さっさと出ていって」

「そう言うな、女将。一刻も早く娘を連れてこいって依頼人がお冠でな。そろそろ獲物を渡さないと、契約がパアだ。……邪魔するとこの店、潰すぞ」


 すごみの効いた脅しは口だけではない迫力で、女将がチッと舌打ちをする。

 しんと静まりかえった店内で、男たちは店のなかほどに立って客たちをじっくり窺い始めた。


(これは、危ないかも……)


 フレディが背に隠してくれていても、酒場に女性客は少ない。ローラに目を留めるのは時間の問題だ。

 彼らがどの程度ローラの特徴を掴んでいるかは分からないが、近くで見られたら変装していることが見破られてしまうかもしれない。

 そこから正体に疑問を持たれたら――心臓がどくんと鳴り、腕に鳥肌が立つ。

 ホイストン卿と会った時のような、嫌な予感がローラの全身を走り抜けた。


「ま、まずいかもです、フレディさ、」

「……おい。そこの女」


(見つかったぁ!?)


 女将を乱暴に押しのけて、男たちがこっちに向かってくる。

 フレディが「そのまま動くな」とアイコンタクトで伝えてきた。ここで慌てたりしたら、怪しいと自分で言っているようなものだ。

 ローラとフレディの前に、腕っ節の強そうな男二人が立ちはだかる。


「金髪か……違うようだな。なあ、お前くらいの娘っ子で茶色い髪の奴を見てないか」

「さ、さあ」


 伏し目がちに視線を外して、ローラは言葉少なに首を横に振る。


「兄さん、誰か女の子を探してるの?」

「ああ、そうだ。ローラとかいう名前の、痩せた女でさ。この店によく来るらしい」

「じゃあ、僕らは違うよ。この店に来たのは今日が初めてだし」


 無関係だとすっとぼけるフレディに合わせて、ローラもうんうんと頷く。

 後ろから女将も「その子は違うよ」と言ってくれたが、男は腕組みをしたまま頭を傾げた。


「どうする、兄貴」

「……別人だとしても、さすがに今夜も手ブラで戻るわけにいかないな」

「えっ?」

「人違いでもなんでも来てもらおうか」


(そんなむちゃくちゃな!)


 男は、間に合わせでいいから若い娘を連れて行きたいらしい。だが、ローラは探されている本人だ。伯父の前に出されたらどうしたってバレてしまう。


「ちょ、あの、困ります!」

「うるせえ」


 伸ばされた腕を、身を引いて避ける。と、男の顔色がさっと変わり物騒な気配が立った。

 殴る勢いで二度目に出された腕を、ぱしりとフレディが掴んで止める。


「……てめぇ……」

「この子は別人だって言っただろ? それに、嫌がってる」

「邪魔すんのか?」


(うわ、駄目!)


 苛ついた声を上げた男の腕は、フレディの二倍ほども太い。力では勝てっこないだろうし、それ以前に暴力は見るのも嫌だ。

 ――まわりの誰かが怪我をするくらいなら、自分が。

 他の人を巻き込むわけにいかない。ローラは一瞬で心を決める。


「あの、私――」

「黙って」


 背中に呼びかけるがフレディは振り向きもせずに軽く返して、男の懐へ踏み込んだ。次の瞬間、どうと大きな音と共に、男の巨体が床に伏す。


「あ、兄貴!」

「は!?」

「行くよ!」

「は、え、ええっ?」


 連れの兄貴分が倒されたのが理解できないのか、もう一人はぽかんと大口を開けて突っ立っている。

 その隙にフレディに腕を引っ張られ、男の体を乗り越えて店の外に向かう。店内にはわっと喝采が上がり、通り過ぎる間際に女将がパチンとウインクをよこした。


「ま、待て、こらぁっ!」


 ようやく起き上がった男たちは、常連客のさりげない妨害にも負けずに追い始める。転びそうになりながら夜の下町を走るローラたちのもとにシリルも来たが、すぐにぴたりと足を止めた。

 くるりと後ろを向き、まっすぐ男に飛びかかる。


「な、なんだこの犬――うぐっ!?」


 尻餅をつかせ、すかさず喉元を足で踏みつける。そのまま、もう一人に向かって牙を見せつけ唸り声を上げた。


「おい、離せ……ひっ」


 変身したシリルは犬にしては大きく、狼にも見える。王都でも身近な獣として、狼の怖さは知られている。男たちはすっかり怯んでいた。

 足を止めて目を丸くするローラにシリルが大きく咆えて、はっと我に返る。


「今のうちに行くよ」

「でも、置いていくなんて!」

「また抱き上げて運ぶ?」

「そ、それは――」


 ひょい、と持ち上げる仕草をされて、初めの晩を思い出す。そういえばフレディは細腕のくせにけっこうな力持ちだった。

 言い合っていると、待ちきれないようにシリルがもう一度咆えた。男たちがビクリと体を震わせる。


「ほら。男爵までここに来たらどうするの」

「うっ」


 小声で刺され、後ろ髪を引かれる思いでフレディと一緒にその場を走り去る。逃げることしかできない自分が、すごく嫌だった。







 シリルがローラたちに合流したのは、貴族街を駆け抜けてダンフォード侯爵家の門をくぐるときだった。


「ふわああ! 侯爵様! 大丈夫でしたか!?」


 怪我がないか全身を確かめようとしたが、抱きつこうとしたとたんにスッと離れられてしまった。悲しい。


「シリルは大丈夫だってば、ローラ。ほら見て、怪我ひとつしてないだろ」

「でもでも!」

「僕もシリルも、それなりに荒事には慣れてる。これまでも何事もなかったわけじゃないから」


 そうだ、と言うようにシリルもふん、と顔を上げる。


「……本当に、どこも痛くないですか?」

「本当だって」


 シリルの代わりにフレディが答えて、シリルもその通りだという顔をしている。

 大丈夫だと重ねて言われて、ようやくほっとしたローラは、体から力が抜けてその場にしゃがみこんでしまう。


「そんなに心配しなくていいのに」

「だって……!」


 よくあることだ、と呆れたように言われるが、自分が原因で怪我などされたら本当に詫びのしようがない。


「侯爵様、本当に怪我とかないですか……?」


 顔を両手で押さえたまま、同じ目線の高さのシリルにおずおずと訊くと、少し時間をおいてから困ったようにワフ、と軽く返事があった。

 無視しようとしたらしいが、あまりにローラが蒼白になっているから不憫に思ったのかもしれない。


「……せっかく行ったのにごめんなさい」


 本当なら、もっと女将の歌を聞けたはずだ。

 シリルの呪いを解くヒントを見つけに行ったのに、こんなことになってしまって申し訳なくて仕方ない。

 ローラの変装は見破られずに済んだが、トラブルがあったことで伯父は女将の店をこれまで以上にマークするだろう。

 しばらくは店に近寄らないほうが安全だ、ということはフレディとも意見が一致した。


「まあ、今日それなりに聞けたし。ひとまずはそれの解析をしようか。ま、でも今夜はもう休もう!」

「……はい」


(私のことがなければ……)


 罪悪感に押しつぶされそうになりながら頷くローラを、シリルは黙って見上げていた。




あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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