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調査開始 2

(これにもないなあ……)


 何冊目か分からなくなった本を静かに閉じて、ローラは肩を落とす。

 シリルが言った通り、呪いや魔女に関して公式の文書はほぼなく、あるのは個人の記録が主だった。

 その中のどこかに魔女の名前やヒントがないかと色々探したが、これというものは見つからない。


(最初から、「ここに手がかりはないだろう」って言われたじゃない)


 何度も調べたシリルがないと言っているのだから、すぐ見つかるわけがないのが当然だ。

 なのに「少しくらい手応えがあってもいいのに」などと思ってしまうなら、ローラの気が短いのだろう。


(……いやいや。私ってば、何年も根気よく探している侯爵様たちに失礼でしょう!)


 顔を上げて振り向くと、シリルも同じように本をぱたんと閉じたところだった。


「こんな時間か」

「あ、本当ですね。一度休憩にして、お昼をいただきましょうか」


 壁の時計を見ると、探し始めてから三時間ほどが経過していた。

 フレディはまだ戻っていないし、朝食の後片付けついでにパイ生地も仕込んであるから時間的に余裕はあるが、一息いれるのにいい頃合いだろう。

 持っていた本を棚に戻すとき、一冊の本がローラの目を引いた。


(なんだろう?)


 引き寄せられるように手が伸びる。取り出して開くと、可愛らしいイラストが目に入った。

 簡単な手順説明文と共に、野菜や肉、それに調理器具などの絵が描いてある。


(わあ、レシピブックだ!)


 ローラは勢いよく振り返り、弾んだ声を出す。


「侯爵様、歴史書の前にこちらをお借りしてもいいですか?」

「料理の本? 構わないが、なんでそんなところに置いてあったんだ」


 そんなところ、とシリルが言うのは、ローラがいるのは領地の穀物収穫量などの統計資料が並んでいる棚の前だからだ。


「ええと、表紙とタイトルのせいかも……?」


 このレシピブックは業務報告書のような装丁で、そっけなく『食卓年鑑(覚書)』と書いてあった。

 中身を見なければローラだって料理の本だとは思わなかったし、この場所にあってまったく違和感はないだろう。


「なんだそれ、紛らわしいな!?」

「ま、まあまあ」


 いくらこの図書室を調べたと言っても、さすがにこのタイトルの本に魔女や呪いのことは書いていないだろうと、中身を見ていなかったに違いない。

 困惑しつつ脱力するシリルを、苦笑しながら慰める。


「呪いに関しての手がかりはまだ見つかりませんが、新メニューのヒントはこの中にあるかもしれませんよ」

「せめてそうだといいが……待て。タイトルと中身が一致しない本があるなら、もしかして全部確かめる必要があるのか……?」


 ――言われて気づいたが、そうかもしれない。

 ぎっしりと本の詰まった書棚を眺め回し、二人で顔を見合わせる。


「……がんばりましょう、侯爵様」

「……言い出した張本人のフレディを連れてこないと」


 ぼそりと呟いたシリルと一緒に、ローラは古そうな料理指南書を大事に腕に抱えて図書室を出た。





 キッチンに戻り、昼食の支度を始めてまもなく。すっかり聞き慣れた声がローラの耳に届いた。


「たっだいまー! お、いい匂いー、お腹すいた!」

「フレディさん、お帰りなさい。もうすぐ出来ますので」


 戻ってきたフレディの顔はやりきった感にあふれていて、徒労に終わったローラたちとは正反対だ。


(……なにかいいことがあったのかな?)


 ローラに頼まず自分でコップに水を汲むと、フレディはシリルの向かいに座る。


「さて、報告をさせてもらおうかな。まず王立図書館のほうだけど、閲覧制限のかかっている閉架書庫の利用申請も出してきた。早ければ来週に許可が下りる予定。それと、オルグレン魔術伯には、秘書の役人に手紙を預けに行ったんだけど」

「預けに?」


 料理を皿に盛り付けながら首を傾げるローラに、フレディが「ああ」と相づちを打つ。

 説明してくれた内容はこうだ。


 超がつくほどの実力者であるエドガー・オルグレン魔術伯は、王宮魔術師長ではあるが、かなり自由裁量で仕事をしている。

 城にある立派な研究室に来るのは月に数回程度で、しかも不定期。普段は自宅で研究をしているが、その自宅は関係者であっても基本的に立ち入り禁止なのだそう。


「妙なものを送りつけられたことがあって以来、郵便配達人も出入り禁止なんだ。魔術の罠とか大量に仕掛けているし、ダンフォード(うち)が可愛く見えるほどの要塞ぶりだよ」

「へ、へえ……」

「だから、オルグレン卿と連絡を取るには手紙を預けて、向こうからのリアクションを待つしかないんだ。まあ、いつ読んでくれるか、それ以前に本当に秘書が彼に渡してくれているかは、神のみぞ知るなんだけど」


 フレディは前回の訪問を実現させるために、今言った手順を踏んだのだが、かなり時間も労力もかかったという。


「だからまたしばらくかかるだろうって思ったんだけど、なんとその秘書がさあ、オルグレン卿からシリル宛に伝言を預かっていて」

「伝言だと?」

「ああ」


 頷いて、フレディはシリルに向き直る。


「それってもしかして、呪いの解き方が分かったとかじゃないですか!?」


 期待したのだが、盛り上がるローラとは反対にシリルは落ち着き払っている。


「そんな内容なら人前で伝言するんじゃなくて、手紙に書いて内密に渡すだろう」

「そ、それもそうですね」

「シリルは少しくらい期待しろよ!」


 可愛くないなどと言いながらやはりスルーされているフレディは、こほんと咳をして気を取り直し、思わせぶりな笑みを広げた。


「で、問題の伝言。『解消は不可能だが、対象の固定なら可能と思われる』だってさ」


 秘密事項に関する伝言だけあって、非常に遠回しな言い方だ。シリルはハッとした顔をしているから意味が分かったに違いないが、ローラは首を捻る。


「すみません、分かりません」

「パッと聞いてなんのことか分からないように言っているのだから、それで正解だよ」


 むぅ、と眉を寄せるローラに、フレディが説明を足してくれる。


「呪いの力を消すことはできないけれど、その力の方向は魔術で誘導できそうなんだって。つまり、シリルが『なにに』変わるのかをひとつに決められる、っていうことだよ」

「そんなこがとできるんですか?」


 今は毎晩、なんの姿に変わるか分からない状況だ。

 もし固定化できるのなら、心理的負担は多少軽くなるのではないだろうか。


「話したときは解呪についてしか考えなかったけど、後からこういう方法もあるって思いついたそうだ。ただ、実際にシリルの変身するところを何度か見ないと術式が組めないから、それに協力する気があるならば、ってさ」

「なるほどな……考えておく」

「即決しないんだ?」

「前もって変わる姿が分からない現状は不愉快だが、それぞれで使いようがあるしな。なんにせよ、一長一短だ」

「あー、まあ、それもそうか」


 変身後が子どもなら子どもの、動物なら動物の姿を生かした活動ができるため、なにかひとつに固定されるとそれはそれで不便らしい。


(ああ、まあ、そういうこともあるかも)


 ローラもなんとなく納得したところで、二人はまた話を続ける。


「よし、この件についてはまた後で考えよう。それで、図書室のほうはなにか見つかった?」

「今のところはまだ、そこのレシピブックだけです」

「これ?」


 フレディは、テーブルの隅に置いてある本を取り上げる。


「統計の棚にあったんですよ」


 中身とタイトルが一致しないこと、図書室の他の本も調べる必要がでてきたことを話すと、フレディもやはり盛大に引いた。


「そ、そうか……いいよ、やるよ。やるけど、せめてこの本になにか美味しくて目新しい料理が載っていると救われるな」

「あはは、そうですね!」


 引きつった笑顔で図書室調査の協力を了承しながら「そういえば」とフレディは話を変える。


「ローラが下町で聞いた魔女や呪いの話は、例の名前のことのほかにない?」

「ええと、魔女のことが出てくるのは、あとは歌……でしょうか」

「ああ、そういえば子守唄って言っていたね」

「でも、歌詞にそのまま『魔女』ってあるわけじゃないんです」


 歌詞の流れや雰囲気が魔女や魔法のことを言っているようで、そう感じるのかもしれないということも正直に伝える。

 ローラが知っている歌は、だいたい酒場のおかみの鼻歌がもとだ。

 レモンを都合してくれたおかみは声が良くて歌がうまい。客に請われて歌って、売上の足しにしていることもある。


「でも、私が知っている歌って、そんなに多くないです」

「楽譜はある?」

「多分ないと思います」


 そう話すと、ふむ、とフレディも考え込み、シリルに顔を向ける。


「じゃあ、行くか。それが一番手っ取り早くて確実だ。よし、善は急げだ、今夜にしよう」

「おい、フレディ?」

「僕とローラは確定。シリルは場合により、だな。今夜の変身が子どもだったら連れて行けないし」

「ちょっと待て。また勝手に決め――」

「ローラはそのままじゃダメだからね」

「えっ?」


(行く? 行くって、おかみさんの店に? それに、そのままって?)


 止めるシリルを手のひらで制して、またフレディがどんどん話を進めていく。対して、ローラの首もどんどん傾げられていく。


「待てって。ローラが外にいるところをリドル男爵やホイストン卿に見られたら――」

「だからさ、おめかししよう。ぱっと見じゃローラだって分からないくらいにね」


 ぱちんと片目を瞑って不敵に微笑むフレディの妙な圧に、ローラは頷くしかできなかった。


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